なろうと思ってなれるものではない 翻訳家という仕事

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なろうと思ってなれるものではない 翻訳家という仕事

出版業界の最重要人物にフォーカスする「ベストセラーズインタビュー」。

2009年にスタートしたこの企画も、今回で100回目です。

節目となる第100回のゲストは、アメリカ文学研究者であり翻訳家の柴田元幸さんが登場してくれました。柴田さんといえば、翻訳書だけでなく自身が編集長を務める文芸誌「MONKEY」でも知られています。

今回はその「MONKEY」のお話を軸に、お仕事である翻訳について、そして研究対象であるアメリカ文学についてお話を伺いました。最終回の今回は、柴田さんが翻訳の世界に入ったいきさつを語っていただきました。(インタビュー・記事/山田洋介)

■「As if there were no tomorrow.」というつもりで

――柴田さんが翻訳の世界に入ったきっかけについてお聞きしたいです。

柴田:なろうと思ったことはなかったんですよね。会計士や弁護士とちがって翻訳者は資格があるわけではないから、なろうと思ってなれるわけでもありません。

まして、僕が大学生や大学院生だった頃はポストモダン文学が全盛で、先端的なものは翻訳不可能に思えるような作品ばかりでしたから、全然なれる気がしませんでした。「翻訳の世界」という雑誌が当時あって、翻訳者の仕事がどんなものかはなんとなくわかったんですけど、それで食べていけるとは思わなかった。

ただ、とりあえず英文科に行って、その後に大学で英語やアメリカ文学を教えたりしていると、アルバイト的に翻訳の仕事が回ってくるんですよ。もちろん、最初は自分が訳したいものを訳せるわけではないけれど、そうやって回ってくる仕事をちゃんとこなしているうちに編集者からの信用みたいなものを得て、だんだんと自分のやりたいものができるようになっていきました。

表紙

――下積みをこなしつつ、力をつけていった。

柴田:あとは運の部分も大きかったです。1980年代の後半に白水社が「新しいアメリカの文学」というシリーズを始めて、その仕事が、当時訳書が一冊もなかった僕と、やはり一冊あったかどうかだった、今明治大学で教えている斎藤英治君に回ってきた。

白水社の平田さんという編集者から「君たち二人でこのシリーズを動かしていくんだ」と言われて次々に本を渡されて報告を書かされて、ごほうびに自分でも好きな本を二冊訳していいということになったので、僕はまだその時点では翻訳がなかったミルハウザーとオースターを選びました。今実績ほぼゼロの人間にそんなことをやらせてくれる出版社はないでしょうね。

――影響を受けた翻訳家はいますか?

柴田:まず思い浮かぶのはブローティガンなどを訳した藤本和子さんです。こんな風に生きた日本語が翻訳でも可能なんだと思いました。

――人生で影響を受けた本がありましたら、三冊ほど紹介していただければと思います。

柴田:夏目漱石の『吾輩は猫である』とブローティガンの『アメリカの鱒釣り』、あとは北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』か赤塚不二夫の『おそ松くん』かなあ。

『どくとるマンボウ青春記』と『おそ松くん』はある意味で同じです。自分がユーモアとセンチメンタリズムの組み合わせに弱いというか、好きなんだなというのがわかります。

『吾輩は猫である』もユーモアですね。人間のやることをありがたがらないという姿勢がいい。『アメリカの鱒釣り』は「翻訳でこんなにいい文章ができるんだ」というお手本でしたし、当時のアメリカの小説の基本形として「大きなアメリカを語る」というのがあるなかで、「小さな端っこのアメリカ」がシュールな形で語られているのが新鮮でした。

――最後になりますが『MONKEY』の読者の方々にメッセージをお願いいたします。

柴田:みっともないからあまり言わないけども、「毎号全力投球」でやっています。月刊誌だと、年に12回出すことを考えて力の「入れどころ」「抜きどころ」を作らざるをえないのかもしれませんが、「MONKEY」は4カ月に1冊なので、「As if there were no tomorrow(明日がないかのように)」というつもりです。一度読んでみていただけたらありがたいですね。

■取材後記

毎号バラエティに富んだ企画特集、紙面レイアウト、翻訳作品のチョイスと、すべてが独創的な「MONKEY」の内側が垣間見える楽しい時間でした。こちらが知らない作家についても丁寧に説明してくださり、ありがたいのと同時に読書家としての好奇心も大いに刺激されました。

2009年にはじまったこのコーナーもついに100回目。101回目以降も豪華なゲストが続きますので、どうぞ期待していてください。(インタビュー、記事/山田洋介)

第一回 ■「MONKEY」創刊は「魔が差した」 を読む

第二回 ■「誰もが高度なことをやっていた時代」1950年代アメリカ文学の凄み を読む

第三回 ■日本は翻訳者へのリスペクトが強い国 を読む

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元記事はこちら

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