人類のほぼ全てが視力を失った終末世界──『トリフィド時代―食人植物の恐怖』(基本読書)

トリフィド時代―食人植物の恐怖

今回は冬木糸一さんのブログ『基本読書』からご寄稿いただきました。

人類のほぼ全てが視力を失った終末世界──『トリフィド時代―食人植物の恐怖』(基本読書)

トリフィド時代 (食人植物の恐怖)【新訳版】 (創元SF文庫)*1

英国SF界にその名を轟かすジョン・ウィンダムの代表作『トリフィド時代』の新訳版が出た。僕も三本足の動く植物がまあなんかスゲーんだよ!! という雑な評判は知っていたのだが読むのは今回がはじめて。第二次世界大戦の爪痕が色濃く残る1951年に刊行された作品だけれども、今読んでもめちゃくちゃおもしろい。
基本的には終末世界をわずかに生き残った人間がロードームービー的に旅をしていくのだが、その世界には人間を食べる凶悪な植物〈トリフィド〉がいて──と、今でいうと終末ゾンビ物のゾンビがトリフィドに入れ替わったような感じか(内容はずいぶん違うが)。ゾンビだと「死」の象徴としての側面が強いし、手垢がつきすぎていることもあって、今読むことの鮮明さ、新しさといったものもあるかもしれない。

終末もの

それにしても個人的に驚きだったのは、この『トリフィド時代』が終末物だということは知っていたのだが、その終末に至る理由が基本的にはトリフィドそれ自体とは関係ないところにある。え、じゃあどうやって終末的状況に陥ったの? と思ったら、物語冒頭で突如緑色の大流星群の中を地球が通過し、その光景を見た人間は全員視力を失ってしまうのだ。現代でも視力を持たない人は大勢いて普通に生活をおくっているが、ほぼ全員が視力を失ってしまう状況だと当然ながら秩序は崩壊する。

それだけではなく、世界では植物性油を得るために改良された、トリフィドと呼ばれるようになる種子が世界に溢れ出し、流星群以前から猛威を奮っていた。三本の小さな棒状突起と漏斗状の構造を持ち、自分で根を引っこ抜くことで”移動することができる特異な植物”である。最初は注目されなかったトリフィドだが、その驚異的な繁殖力と動く植物という特殊性、さらにはトリフィドの茎の頂部にある渦巻きが、人間を殺し得るほどの毒を放出でき、腐敗した肉であれば食いちぎるだけの力を備えていることも判明し、メディア大きく取り上げられ、人間に排除されることになる。

トリフィドについて

この設定のおもしろいところは、いくら動く植物、人ひとりを死に至らしめる攻撃をしてくるとはいえ、目が見える時は人類を追い詰めるほどには危険ではないという点にある。動けるとはいえ頻繁に動くわけではないから毒のある刺毛をあらかじめ切除しておけば無害だし、何よりもともと植物性の油採取のために創造された植物であり、繁殖させる利益もあるので一躍トリフィドは産業として成立することになる。

ところが盲目の人間にとってはトリフィドの危険性は格段に上がる。生活するだけでも困難なのに、外に出ればトリフィドたちが一発即死の毒を飛ばしてくるかもしれないのだ。それだけでも脅威だが、彼らが時折会話のようなものをしており、知能を持っているのではないかと仮説を立てるものもいる。何しろ人間の頭を的確に狙ってくるし、集まるのだ。目が見えないだけなら人類はなんとか文明再建をこなせただろうが、この未知なる侵略者のせいでその道程は著しく困難になるのであった──。

あらすじとか

さて、そんな世界を旅する中心人物となるのは、たまたま怪我をし頭を包帯で覆っていたがために流星群を目撃せずにすんだトリフィドの研究者であるウィリアム・メイスンである。ほとんどの人が盲目となっているこの世界で目がみえるというだけで莫大なアドバンテージだが、トリフィドに詳しいこともあってこの過酷な世界をサバイブするには最重要なスキルセットを持つ人間の一人になってしまった。

本書が傑作なのはいうまでもないが、なんといっても冒頭のつかみが素晴らしいと思う。『たまたま今日は水曜日だと知っている日が、まるで日曜日のような物音ではじまったとしたら、どこかでなにかが、ひどくまちがっているということだ。』という書き出しからはじまって、頭を包帯でぐるぐる巻きにしたメイスンが、誰も自分の世話をしにこない、それどころか普段は絶えない町の喧騒が絶えていることに気づく。車の往来が絶えている。呼び鈴をならしても誰も来ない。外の世界が一変してしまったことを薄々感じつつ、恐る恐る包帯をとる。誰もいない。たまたま人を見つけたらその人間は盲目になっており、窓はどっちだね? と聞かれ、正直に答えるとその人物は有無を言わさず窓へむかって身を躍らせる。そこは6階だったので、即死だ。

この、徐々に世界が崩壊していっていることを理解していく序盤のシークエンスが本当に最高でね。その後、目の見える例外的存在として町を歩き回りながら盲目の人々が死んでいくのを眺め、助けるべきか助けないべきかを葛藤しつつ、自分と同じように目が見える女性ジョゼラ・プレイトンと出会い、急速にその仲を深めていく──。

さまざまな思想

もちろんこの世界にはジョゼラ・プレイトンやメイスンの他にも目の見える人たちがおり、たいていの場合組織を組んで生き残りを図っている。時には目の見えない人たちをチームに入れているケースもあるが、何しろ極限状態なのでそこで定められるルールは特殊なものにならざるを得ない。ある組織は盲目の女性たちを集めてきて、子供を産むことを強制し結婚システムを廃止させようとする。ある組織は封建主義社会を作って、トリフィドを食材にし、盲目の人々を家畜のように扱う構想を語る。

「彼はいろいろと苦労するだろう。でも、彼のグループは選択をした。ここの連中は消極的だ」と、わたしは指摘した。「ここにいるのは、どんな計画にも反感をいだくからにすぎない」いったん言葉を区切り、それからこうつけ加える──「あの娘も、ひとつの点では正しかったよ。きみはビードリーのグループといっしょのほうがいい。きみは自分の流儀でここの連中をあつかおうとしたら、どういう反応が返ってくるか、あの娘が身をもって示してくれたわけだ。羊の群れを一直線に市場へ追い立てることはできないが、市場へ連れて行く方法はひとつじゃないんだ」

ある者は救助がくることを祈って待ち、ある者は特になにも出来ずに籠城する。それぞれのグループごとに固有の決断がある。そうこうしているうちにトリフィドの数はさらに増え、排除された刺毛を再生させた個体が現れ始める。はたして、人類は視力を失う大災害後に訪れる、植物との戦いに勝つことができるのか。

おわりに

この手の終末物っていったん終末的状況を生き延びちゃうと後は農業を再建して組織を作り直して、それが終わると語るものがなくなってしまうことがあるんだけど(あとはその繰り返しだしね)、本作の場合生活を立て直した後トリフィドとの戦いがやってくるから、構成としての緊張感が絶えないのがいいんだよね。しかもトリフィドはゾンビと違って知能があるかもしれないわけで、極端に強いわけでも弱いわけでもなく、じわじわと勢力を拡大してくる、敵としても申し分ない強さと異様さだ。

*1:「トリフィド時代 (食人植物の恐怖)【新訳版】 (創元SF文庫)」–2018年07月30日『Amazon.co.jp』
https://www.amazon.co.jp/dp/4488610048

執筆: この記事は冬木糸一さんのブログ『基本読書』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2018年8月4日時点のものです。

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