「こんな薄いコーヒー誰が飲むの?」その答えは働く人々の“現場”にあった|サントリー「クラフトボス」発売秘話

「こんな薄いコーヒー誰が飲むの?」その答えは働く人々の“現場”にあった|サントリー「クラフトボス」発売秘話

「サントリーのBOSS」といえば、パイプをくわえた男性のアイコン、渋さとコクを持った大人の缶コーヒー、そんなイメージが浮かびます。「BOSS」が誕生したのは1992年、味とともに数々のユニークなCMも記憶に残るビッグブランドです。そのラインから2017年4月に登場したのが「クラフトボス」シリーズでした。透明ペットボトル、500mlの大容量という従来の「BOSS」イメージとは違うコンセプトながら、発売後1年で1500万ケースを売り上げる大ヒット。コーヒー業界に衝撃を与えました。

現在は他社からも多くのペットボトルコーヒーが出ています。それはサントリーが「ペットボトルで時間をかけてコーヒーを楽しみたい」という新しい顧客層を開拓したからこそ。しかし伝統的なブランドで画期的な商品を打ち出すまでには、さまざまな試行錯誤があったのではないでしょうか。商品開発を行ったジャパン事業本部 ブランド開発第二事業部 課長 大塚匠さんに当時の裏側を聞きました。

大塚匠(おおつか・たくみ)

2004年に現サントリースピリッツに入社し、ビールなどの商品開発を担当。2010年からは現サントリー食品インターナショナルでジャンルに囚われない新規飲料開発に携わり、2014年からBOSSグループリーダー に。

「缶」ではなく「ペットボトル」でコーヒーを売る理由

大塚さんが「BOSS」の担当になったのは2014年4月。コンビニエンスストアが販売するカウンターコーヒーが注目を浴びて前年よりコーヒー消費量は上がったものの、経済誌では「缶コーヒーを減らした人が30%」と大々的な記事が出るような厳しい時期でした。

「そのときに出したのが缶コーヒーの『プレミアムボス』です。ブランド最高峰のコクを追求したもので、缶コーヒーでもまだまだできることを伝えたいと思いました。発売から20年以上が経ち、BOSSのユーザーも20代から飲み続けて40代や50代を迎え、缶コーヒーを愛してやまないヘビーユーザーにフィットする味わいを提供したかった。コーヒーで自分のランク感、達成感のようなものを感じていただきたい、というコンセプトでした」

「BOSS」のブランド力もあり「プレミアムボス」の売上は順調に伸びます。しかし缶コーヒー自体の市場はやはり少し元気がなくなっていました。この先、BOSSブランドはどうあるべきか、2015年には次の手の議論が始まっていたといいます。

「蓋つきのボトル缶コーヒーを出したときは、僕たちの中では従来と違う新しいモノだと捉えていました。でも“缶コーヒーはノーサンキュー”という世代のお客様の声を聞くと『缶はどんな形状でも古臭い感じがする』という声が多かった。缶ではない何かでわれわれができることは何か、と考えたときにまずペットボトルが浮かびました」

すでに若い人たちには飲料をペットボトルで持ち歩いて飲む文化が定着しています。しかし新コンセプトのペットボトル製品を「BOSS」で展開する価値があるのか、社内でも意見がありました。

「当時の反論は2つの意味を持っていました。1つは、本丸から逃げてよいのかという疑問です。やっぱり『缶コーヒーのBOSS』という看板があり、そこにいるお客様にきちんと梯子をかけるのは第一の仕事です。缶コーヒーでまだやれることがある一方で別の選択肢を拡げてよいのかどうか。もう1つは、ペットボトルでないとすくえないニーズが確実にあるのかという疑問です。2015年の段階では十分に詰め切れないまま進んでいた側面はありました」

別ベクトルから見えてきた新商品のニーズ

従来の「BOSS」に続く新商品については、開発部門のほか研究所やデザイン部とも部門を横断した開発チームが構成され、議論がなされていました。

「研究所の担当者が、香り高いけれど飲みやすい味を提案したのもそのころです。苦みが少なく、飲み口が軽い。『プレミアムボス』は香りも苦みもしっかりある味でそれが好評だったんですが、一方で消費者調査をしてみると軽めの味わいも人気がある。缶コーヒーとコンビニコーヒーの違いを聞いてみると『缶コーヒーは眠気覚ましに飲むけれど、コンビニコーヒーは気持ちが爽快になる』と言う方がいました。この時、爽やかさを求めるゾーンは行けるかもしれないと確証を持ちました」

これまでと違う味わいなら、缶コーヒーを飲まない顧客層、特に若い人たちに飲んでもらえるかもしれない。しかし大塚さんには気をつけていた点があります。

「たしかに若い皆さんに飲んでいただけるよう開発は進めます。でも『若い人向け』と設定した商品はあまりうまくいかないんですよ。若い人たちも別に『若い人向け』の商品がほしいわけではありません。ただ自分たちが共感できるものがほしいだけであって、ユニークな共感性があれば20代にも50代にも響く価値観を創造できる。『BOSS』には世代を超える魅力があると伝えなければいけないし、それを見つけるのが当時の課題でした」

のちのコンセプトにつながる「クラフト」というワードにもたどり着きます。

「あまり缶コーヒーを飲まず、逆にペットボトル文化が浸透している層としてITワーカーの皆さんに注目しました。ヒアリングで皆さんが大切にしているものを聞くと『祖父からの万年筆』『友達の革職人が作ったベルト』『手書き文字』など、アナログなものや手作り感を大事にする感性が見えてきた。デジタルな仕事だからこそ日常では人とのつながりを大切にする気持ち、それを込められる言葉を探して『クラフト』に行き当たりました」

職人の技を前面に出す「クラフトボス」というネーミング、すっきりとした味わいと大容量、機動性が高く気軽に飲めるペットボトル容器。商品の原型は発売を決める3カ月前に整ったといいます。しかしまだ一つ問題が残されていました。

「新商品を展開する広告や販促をどうするかを話し合っていたとき、宣伝担当者から『なぜBOSSブランドでペットボトルなのか?』と疑問が投げかけられました。これについてまだ明確な答えが出ていなかったんです」

働く人に寄り添う、というブランドコンセプトに立ち返る

たしかに消費者の好みや流行から商品設計は決まりつつあります。ただ社内でも「こんな薄いコーヒーは誰が飲むのか」「なぜこの量が必要なのか」「なぜペットボトルなのか」という疑問はずっとくすぶっていました。

「そこで立ち返ったのが、BOSSの『働く人の相棒』というブランドコンセプトです。時代によって働き方が変わり、働く人の悩みやニーズも変化します。『BOSS』はその時代の働く人に寄り添っていけばいいと考えたとき、この商品が纏うべきパーソナリティが定まりました。つまり、今の働く現場にあるような閉塞感をクリアにしたり、人の温もりを感じさせてくれたりする新しい相棒でありたいと規定をしました」

一気に飲み干す缶コーヒーとは違い、常にデスクに置いて喉を潤せるよう大容量で長く楽しめる飲み口にする。安心感を演出するためラベルを透明にして中身も見せるようにする。社内でも気軽に持ち運べるようペットボトル容器にする。「クラフトボス」のあるべき姿が全社で共有されたのは発売決定の1カ月前でした。

「これを開発しようと目指したのではなく、バラバラだった要素や点がいろんな人の思考を通過した結果、『クラフトボス』という一つの輪になった感じです。うちの会社は仮説を立てて動いていくのが特徴かもしれません。商品開発のどのフェーズでもいろんな部門で議論を重ねて『この仮説がいける』となったら動いてみる。もちろんそれが外れることもあるので、その仮説検証の繰り返しです」

大塚さんもこれまで、「コーヒー入り炭酸飲料」の開発や魔法びんメーカーと協力した「温度重視の次世代飲料」などを手がけましたが、大きなヒットにはつながらなかった経験があります。

「ビール開発のときから数えたら、本当にたくさん失敗していますよ。でもそのプロセスで学んだ流通企業との連携、お客様に興味を持っていただくための仕掛けなど、現場での知恵の使い方は血肉になっています。他企業と協業すれば全く違う視点を教えてもらえる。その時その時で必死にやっていることは、何かどこかに結びつきます」

経験を積むにつれて、今まで「失敗」だと思っていた事柄も捉え方が変わったといいます。

「失敗した経験を忘れたい思い出として終わらせるのではなくて、経験の連続性の中に一つの答えがあるし、不連続に見える中にも今に生きる新しいアイディアがあるんだと思えるようになってきました。それに、最初は周りに反対意見があったほうが可能性があると思うんです。みんなが『いいね』と言うアイディアは想定内なので誰でもできること。周囲の想像の範囲を超えるのが大事かもしれないと日々考えています」

大ヒットした「クラフトボス」はブラック、ラテの2種類に加えて、2018年6月にその中間の味わいであるブラウンを発売、さらに多くのファンを作っています。

「僕たちの強みは『BOSS』というブランドです。単に『○○味がするコーヒー』ではなく『働く人の相棒』という関係性をコンセプトに据えたのは大きな発明だと思いますし、25年間先輩たちが磨いてきた財産です。10年後20年後も常に働いている人たちに寄り添う存在でありたい。働いているときに一番持っていたい、頼っていたい、一緒にいるとホッとするという芯はこれからも貫いていきたいと思います」

サントリー「クラフトボス」 インタビュー・文:丘村 奈央子 撮影:刑部 友康

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