がん患者を“空間の力”で癒やす、英国発「マギーズ・センター」に世界が注目[前編]
日本人の死因トップである“がん”。2016年の調査によると、全死因に占める割合は28.5%と2位の心疾患15.1%を大きく上回ります(※1)。がん患者の家族・友人を含めると、がんに関係の無い人を見つけるほうが難しいくらい身近な病気。そんながんに関係する人々を無償で支援する場が、英国で1996年に誕生した「マギーズ・キャンサーケアリング・センター」。以来20年余り、英国内外で20カ所以上の『マギーズ・センター』が開設し運営されています。
(※1)「性別にみた死因順位(第10位まで)別 死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合」(厚生労働省)
前編ではその成り立ちを、後編では一昨年日本にオープンした『マギーズ東京』での体験をレポートします。
一人の英国人女性Maggieの思いが形に、「自分を取り戻す」ための場所
1988年47歳の時に乳がんを患った、マギー・K・ジェンクス(Maggie Keswick Jencks)。5年後に再発したがんによって死を覚悟せざるを得なかった時、治療の方向性や家族のことなどさまざまな悩みと不安を抱えて病と戦っている最中に「自分を取り戻せる空間とサポートが必要」と実感。入院中の病院敷地内に、後の「マギーズ・センター」のモデルとなる“誰でもがいつでも立ち寄れる”「第二の我が家」をつくったことが始まりです。【画像1】センターの庭に立つマギーの像。1941年スコットランド生まれ、1995年「マギーズ・センター」オープンの前年に54歳で旅立った。センターの前身である病院内の小屋の前で、春の日を浴び「私たち、ラッキーよね?」と言葉を残して(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))
マギーが医者からがんの再発で余命数ヶ月と告げられた時「心は打ちのめされているのに、次の患者のために診察室にとどまることはできませんでした」(マギー・K・ジェンクス著)という言葉をのこしています。
病院の診察時間に制限があるのは、日本でも同じ。待ち時間の長さに対して、自分の診察時間の短さに困惑した人は少なくないでしょう。それが、がん告知の現場であることを想像すると……。
医療現場で多くの患者と接してきた、担当のがん専門看護師ローラ・リー(現マギーズ・キャンサーケアリングセンターCEO)を話し相手に、マギーは立ち上がりました。「がん患者や家族、医療者などがんにかかわる人たちが、がんの種類やステージ、治療に関係なく、予約も必要なくいつでも、無料で利用することができる癒やしの『空間』をつくりたい」と。
設立者マギーは造園家、その夫は建築評論家。“空間の力”を知る人によるプロジェクト
マギーズ・センターでは、カウンセリングや栄養指導、医療制度などさまざまな専門的支援を無料で受けることができます。のんびりお茶を飲んだり、本を読んだりするなど自分の好きなように過ごしていて良いのです。訪れるだけで癒やされる、“第二の我が家”のような場所にしたいとマギーは考えました。
「美術館のように魅力的であり、教会のようにじっくり考えることができ、病院のように安心でき、家のように帰ってきたいと思える場所」
それを実現するために、マギーは「建築概要」の中に以下のような建築要件を提案しています。・自然光が入って明るい
・安全な(中)庭がある
・空間はオープンである
・執務場所からすべて見える
・オープンキッチンがある
・セラピー用の個室がある
・暖炉がある、水槽がある
・ゆったりとしたトイレがある
・建築面積280m2程度
・建築デザインは自由
【画像3】窓を大きくとった明るい室内、インテリアは暖色系のカラフルなファブリックが、宝石のように散りばめられている(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))
マギーの夫チャールズ(建築評論家)は「マギーズ・センターには二つの要素を求めました。リラックスできる癒やしの要素と、患者が病と闘えるような要素を支援すること。それを病院とは違う雰囲気の環境の中で提供したいのです」と、語っています。
マギーズでは“対話”が最も大切な支援の方法。病を抱える人にとって、心の悩みや不安を口に出して伝えるのは簡単ではありません。まずは、すてきな建物や庭という空間が訪問者を優しく迎えることで、その心を和ませ、おのずと“対話”が生まれる環境をつくるのです。それが“空間の力”であり、ジェンクス夫妻はそのことを熟知した空間づくりの専門家であったことが、マギーズ成功の一つの理由と言えます。
マギーの闘病を支え、話し相手になってきた看護師のローラ・リーCEOは「長年、薄暗いモノクロ色の病院で働いてきた私にとっても新鮮でした。環境や空間の力が人の心を動かし、自分の中にある力を引き出すことをマギーは教えてくれたのです」
著名な建築家が設計、建物の求心力と発信力がマギーズを世界に広げる
建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞している、フランク・ゲーリーやザハ・ハディドなどがマギーズ・センターの設計に参加しています。マギーの建築要件を尊重しながらも建築家の英知によって「見てみたい、入ってみたい」気持ちにさせるパワースポットのような建物になっています。【画像4】Zaha Hadid設計の[Maggie’s Fife] 2006年開設(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))
炭鉱の町だったことからひらめいたという、ザハらしい彫刻のように真っ黒な外観に対して、室内は曲線を使った真っ白で明るいインテリア。「環境が個人の幸福を高めるのに、どれほど有意義に役立つかをマギーズによって理解しました」と、生前のザハは語っています。【画像5】三角窓からの光が印象的な室内。違ったタイプの椅子や家具、その日の気分や健康状態でくつろぎ方も変えることができる(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))
マギーズ・センターの建築は英国内外の建築賞を数々受賞していて、マギーズの活動を世界が知る機会にもなっています。
日本からも建築家・黒川紀章がプロジェクトに参加しているのを知り驚きました。黒川氏が若かりしころ、夫チャールズの本を翻訳した経緯もあったようです。黒川氏は完成前の2007年に亡くなりましたが、その志が形になった素晴らしい建築を見ることができ、日本人として誇らしく感じました。 【画像6】黒川紀章設計の[Maggie’s Swansea] 2011年開設(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))【画像7】オープンキッチンはマギーズの中核。大きな窓から庭が望める開放的な空間(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))
マギーズの利用者が「病院とは違って、温かくて緑や自然が近くにあって“サンクチュアリ”のようよ」と、サンクチュアリ=鳥獣の保護区に例えるように、マギーズは安心して羽を下ろして過ごせる場になっているのです。「いつでも泣きたくなれば、泣くことができる個室もあるしね」とも。
英国に留まらず、海外でのマギーズ第一号が2013年香港に誕生。香港はマギーが幼少期に過ごしたゆかりの地です。 【画像8】Frank Gehry設計の[Maggie’s Hong Kong] 2013年開設(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))【画像9】広いリビング&ダイニングスペースからは、中国様式の庭と池が眺められる(写真提供/藤井浩司(ナカサアンドパートナーズ))
「死への恐怖で、生きる喜びを失うべきでない」と、強い意志で活動したマギー。利用者が快適な空間で過ごしながら、対話によって、自分の中にある力を見いだし、自分を取り戻すことがマギーズの目指す支援。
その活動が、東京でも一昨年からスタートしました。後編では『マギーズ東京』を訪問し、その支援を体験させていただいた内容を紹介します。
●後編
「Maggie’s東京」がん支援の新しい形、秋山正子センター長に聞く[後編]●取材協力
・マギーズ東京(特定非営利活動法人maggie’s tokyo)
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