合理性と高潔さを武器に戦い抜く| JAL再生を手がけた経営再建のプロ・オリバーさん(3)
数々の倒産、あるいは倒産した企業を蘇らせてきた“企業再生請負人”のオリバーさんに、企業再生の仕事について語っていただく当連載。前回は見事A社の再生を成し遂げるまでに実施した改革・改善策を詳細に語っていただきました。しかしそれまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。時には眠れなくなるほど追い詰められたことも。そんな時、オリバーさんはどのような思いで困難に挑み、どう乗り越えたのでしょうか。シリーズ最終回となる今回は、再生に至るまでの数々の試練、事業再生という仕事にかける思いに迫りました。
オリバー・ボルツァー
1979年ドイツ・ミュンヘン生まれ。1984年日本に移住、インターナショナルスクールに入学。高校時代にスラッシュドット・ジャパン(現・スラド)の管理人に。卒業後はドイツ国立ミュンヘン大学情報学部へ入学。大学院を卒業後は戦略系コンサルティングファームなどを経て、2010年1月、32歳の時に企業再生支援機構に転籍出向。JALや水産加工会社再生を手がける。その後、投資ファンドでスカイマークの買収などに関わった後、2016年、実家の会社「SKWイーストアジア株式会社」にオーナー兼CFOに就任。
解けない問題で眠れない夜を過ごす
──A社の再生事業において難しかった点はどういうところですか?
いろいろありますが、一番は時間との戦いですね。実は初年度に黒字化したのですが、それまでがものすごく苦しかったんですよ。いろいろな変革を進めて赤字取り引きは減らしたし、経費も削減できているし、感覚的にはよくなっているはずなのですが、なぜか毎月赤字が続いて、会社の預金がどんどん減っていったのです。
スタートから半年ほど赤字が続いていたのですが、その理由が全くわからないんですよ。当然、毎月、機構に経過報告をしに行くのですが、その度になぜ赤字が止まらないんだと問い詰められて。答えがわからないのでつらかったですね。
会社には最初に機構から資金が注入されたのですが、それほど多いわけではないので、会社の預金残高がなくなった時点で即破産です。この赤字があと2、3ヵ月止まらなければ、自主廃業することも考えなければならなくなるかもしれない。預金があるうちに廃業すれば従業員に退職金を払えるし、残った借金を返せますから。人に迷惑かけないように会社を畳むことも考えなきゃいけないなと思い悩み、眠れない日々が続きました。かなり追い込まれていましたね。
でももちろん、自主廃業は最後の手段なので、赤字の理由を必死に探しました。数字は嘘をつかないので、原点にまで遡って、すべての取り引きの書類を1枚1枚チェックして、お金の動きを必死で追いました。
その結果、ついにその理由を突き止めることができました。この会社独特の商習慣による製品コストの計算方式で、一部商品では儲かっていると思ってつけた価格では実は儲かっていなかったということが判明したのです。おそらく、遥か昔に誰かが赤字取り引きをよく見せるために始めた工夫が定着し、そのまま続けられていたので、その仕組みがもはや誰も分からないようになっていたのだと思います。即刻そのやり方を改め、値付けを見直して適正価格にしたら、赤字が減って業績が上向き、初年度でなんとか黒字化できたのです。これで確実に再生できると確信をもてましたね。
社員からの猛反発はあって当然
──オリバーさんは見ず知らずの会社にいきなり入って次々に改革を実施していったわけですが、そんなオリバーさんの指示を古参の社員たちは素直に聞いたのですか?
ある日突然、東京から33、4歳の外国人っぽい、しかも水産業界未経験の人間が副社長として乗り込んでくるわけですからそりゃあ反発はものすごいものがありましたよ。「素人の若造に俺たちの仕事の何がわかるんだ」と。周りは昔から会社にいる40、50代のベテランばかりでしたからね。
──そんな彼らにどう対応したのですか?
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六の言葉通りですよ。社員を動かすために、まず自分から動いていました。「これをやってください」と言っても「どうやっていいかわからない」とか「やりたくない」という社員には、「じゃあ一緒にやりましょう」と声をかけて共に汗を流し、次からはこの通りやってくださいと指示するようにしていました。
「ロジック」と「無私と利他の心」を武器に
そもそも、縁もゆかりもない、四面楚歌の状況に自ら飛び込んで行く時、私のもって行ける武器は2つしかありません。1つはかっこよくいうと「ロジック」とか「合理性」、泥臭くいうと「道理」とか「筋」です。整合性が取れていて経済合理性があること。この筋が通らないものは絶対に認めないということです。経済合理性があるビジネス、つまり黒字になるビジネスじゃないとやる意味がないし、経営が傾く会社は赤字の商売が黒字の商売が稼いだ利益を食い潰している。つまり経済合理性に欠くことをしているから窮境に陥ってしまうわけなんですよね。だから赤字の商売を全部やめたわけです。
他にも今までよく考えずにやってきたいろんな慣習1つひとつに対して、「これが本当にベストなやり方なんですか?」「これではダメなんですか」「他には考えられないんですか?」と問い詰めまくって、私が納得するような論理的な答えが返ってこないことはやめたり改善したりしました。
もう1つの武器は「無私と利他の心」です。徹底的に合理性を突き詰めると社員から嫌われ、恨まれもします。それは甘んじて受け入れますが、少なくとも私利私欲のためにこの仕事をやっているとは思われたくないですね。そう思われた瞬間に信頼を損ない、誰も言うことを聞いてくれなくなりますから。
リーダーとして最も重要なことの1つは部下からの信頼です。だから自分が守れないことは部下に守れと指示してはいけない。社員に無駄な経費を遣うなと言っておきつつ、自分はジャブジャブ遣っていたら信頼なんてされないですよね。もちろん会社のお金を私利私欲のために遣うなどは論外です。そんなことをしていたら社内の空気がおかしくなって、業績も下降します。だから常に自分は公正であるかを問い、社員に対して正々堂々と生きることを心掛けていました。これはJAL再生の時の上司だった稲盛さんから学んだことです。
突き詰めると長年業績を伸ばし続けている会社の経営者はこの合理的であることと無私の心をもつことの2つが徹底しているんじゃないかと思います。
あと、心掛けていたこととしては、指針がぶれていては当然社員も混乱するので、経営指針は何かということを常に問い続け、明確な価値観に基づき、合理的に、整合性のある行動を取ることです。例えば、もし行き当たりばったりで、理由もなく昨日言ってることと今日言ってることが違うとなると、社員たちは不信感をもってついて来ませんし、明確な指針がないとみんなで1つの目標に向かって進むことができません。とりわけ私は外から来ている人間なので、それをいかにわかりやすく社員に伝えるかに腐心していました。
絶対に妥協はしない
──オリバーさんの言うことになかなか納得しない人はいなかったのですか?
もちろんいました。そういう人に対しては、強権を行使することもありました。例えば筋の通らない稟議は通さないとか。中には私が稟議を通していないのに、勝手に取引先と契約して受注してきた人もいましたが、それはルール違反なので絶対に許しませんでした。その営業マンと一緒に取引先の会社に行って「申し訳ありません。この契約はなかったことにしてください」と頭を下げてお願いしました。もちろん取引相手からはものすごく怒られますが、こちらの落ち度なので頭を下げ続けました。
──そこまでやるんですね。
そこで妥協したら社内がなあなあの雰囲気になって、組織としての統制が取れなくなります。だから社員からの反発を避けるために指針や対応を変えたりせず、目的達成のために決めたことに対しては一切妥協はせず、例外も認めませんでした。私があまりにも妥協しないので社員たちからは影で「鬼バー」と呼ばれていたみたいですけどね(苦笑)。
こういう姿勢で社員に臨んでいるうちに最初は反発していた社員も徐々に言うことを聞いてくれるようになったし、自分から動いてくれるようになったんです。
──オリバーさんに反発して会社を辞めた人はいなかったんですか?
もちろん新しいやり方、厳しいやり方についていけず辞めた人もいました。従業員が最後にできる最大の権利行使が嫌なら辞めるということ。これが会社にとってはダメージになるわけですよ。でもそこで引き止めるために妥協するわけにはいきません。
そもそも、企業再生において、元から在籍している社員の雇用や会社自体を守るということは至上命題でもなんでもありません。至上目的は事業を守り、さらに盛りたてること。その結果として、雇用が創出されたらいいということです。もちろんいたずらに社員の首を切る必要はないし、実際にしていませんが、これをやらないと再生できないという考え方についていけなくて去っていく人はしょうがないですよね。
最後は”いらない人間”として去っていくのみ
──オリバーさんがA社を去る時はどんな心境でしたか?
会社からすると、結果がいくら良くても倒産しかけたところからのスタートなので、再生までの道のりは1つの暗黒時代なわけですよね。社員には、それまでのやり方を否定したり、せっかく取ってきた契約を破棄させたりしたことで、怒ったり、つらく、苦しい、嫌な気持ちになったりしたと思います。それによって私も嫌われたり、疎まれたり、恨まれました。それらを全部ひっくるめて私が持って帰る。残るのは明るい未来だけ。そうしたかった。
残った社員たちに、嫌いだったあいつがいなくなって良かった、せいせいしたねって言われるくらい、名実ともに”いらない人間”になって帰っていくという気持ちでした。
一番強いのは「もったいない」という思い
──どういう思いで日々仕事に取り組んでいたのですか? 企業再生という仕事のモチベーションは?
機構としての目的は、潰れかかった企業を再生することで地域経済を、引いては日本経済を活性化したいということ。個人ベースでもっと突き詰めると「もったいない」という思いですね。本当はもっと能力をもっているはずの企業が倒産して瓦礫だけ残して消えてなくなると、多くの人々や他の企業、地域にとって大きな損失となります。旧経営者は会社を潰したという罪悪感・敗北感を一生引きずることになるし、社員は仕事がなくなるし、取引先・金融機関は債権が焦げ付いて損失を被るし、消費者は好きな商品が買えなくなるし、地元は税収を失ってますます疲弊しますから。それってすごくもったいないですよね。だからそうならないように自分がプロとして関与することで、潰れかけた企業が再生し、本来の実力が発揮できて、存続できればいいという思いが原動力ですね。
──A社での仕事をやり終えた時の気持ちは?
やったぞという達成感はありましたよ。やはり企業再生のような公共性のある事業に取り組んで、事業も商品も多くの社員も残せたわけですから。また、自分の人件費も含めて、少なくとも投資した分の回収もでき、かつ、以前よりもいい会社が残って、地元経済にも貢献できたわけですからね。突き詰めれば、その達成感があるからこそ、企業再生というヘビーな仕事ができるし、次の案件にもチャレンジできるのです。いろいろと大変なことも多かったですが、最後までやりきれてよかったです。
筆者後記
これまで企業再生については興味がありながらも、実際にどんな人がどんな思いでどのような仕事をしているのか、知る機会がありませんでした。それだけに、今回、その当事者であるオリバーさんに実例を元に詳しくお話を聞けて正直感動しました。一番心に響いたのは、合理性と高潔さを旨として仕事に挑むということ。どんな仕事でも自分の中の軸が定まってないと困難なことにぶち当たった時、簡単に挫けてしまうでしょうから。読者の皆さんはどう感じたでしょうか。経営者の目線で仕事に取り組むと、同じ仕事でもこれまでとは違った意味を感じられて、大きな結果が出せるかもしれませんね。
文:山下久猛 撮影:守谷美峰
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