大学は「偏差値」で価値が決まるの?“元・日ハムの広報”たちが仕掛けた明治大学の広報戦略

今の10代から20代前半の世代と、30代以降の世代とで、これほど情報ギャップのあるケースも珍しいかもしれない。創立100年を超える歴史を持つ日本を代表する大学、明治大学をめぐって、だ。

東京6大学の一角を占める人気大学だが、この10年ほどで大きな異変が起きている。ブランドイメージが一変してしまっているのだ。ひと昔前の男臭い大学のイメージはそこにはまったくない。今や女子高生からの人気で1、2を争う大学になっているのである。

明治大学にいったい何が起きたのか。明治大学は何をしたのか。関係者への取材でそれを明らかにしたのが、上阪徹氏の著書『あの明治大学が、なぜ女子高生が選ぶNo.1大学になったのか? 奇跡を起こすブランドポジションのつくり方』(東洋経済新報社)。今回は、明治大学の変貌ぶりと、それを実現させた秘密の戦略に全4回で迫る。

第4回となる今回は「驚きの広報戦略」について紹介する。(第1回記事はこちら、第2回記事はこちら、第3回記事はこちら)f:id:k_kushida:20180216223542j:plain

ブックライター 上阪徹さん

1966年生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリー。これまでの取材人数は3000人超。著書に『あの明治大学が、なぜ女子高生が選ぶNo.1大学になったのか?』『社長の「まわり」の仕事術』『10倍速く書ける 超スピード文章術』『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか』『成功者3000人の言葉』『リブセンス』『職業、ブックライター。』など。

広報を強化しようという流れから、中途採用を実施

明治大学のブランドイメージは、この10年ほどで大きく変わった。その背景には、言うまでもなく、大学の「見え方」の変化があった。それを担ったのが、広報だ。その基本的なスタンスがこれである。

「伝える広報から、伝わる広報、共感される広報になること」

広報改革の芽は早くから始まっていた。2003年には広報改革戦略ワーキングプロジェクト。広報を強化しようという流れから、外部の人材採用へと話が進む。そして2009年に中途採用が実施された。

このときに入社した1人が、札幌に移転した日本ハムファイターズの広報担当として、監督付きで北海道に種を蒔き、任期躍進の一翼を担っていた人物。後に大リーグに進んだダルビッシュ有投手の“教育係”としてテレビに登場したこともある。彼が、広報改革のキーマンになっていく。他に、新聞社出身とメーカー出身の3人がこのときに採用されている。

広報改革で最初に進んだのは、意外にも大学の原点に立ち戻った広報の強化だった。教学の広報だ。高等教育機関だけに、教育・研究の分野でもっと情報を出していきたかったというのだ。大学ブランドに不可欠な教育や研究に関わる情報発信だったのである。

2009年以降、プレスリリースを年間8本から100本以上に拡大させていく。職員向けに広報業務説明会を開き、全員が広報マンだという意識を高めていった。教員向けにも取り組みを進め、外に情報を発信する手引きをつくった。反響は大きく、リリースが増えた。

目指したのは、明治大学のポジショニングを変えていくこと

こうした広報体制の変革のベースにあったのが、大学自体の改革意識だった。ビジョンやグランドデザインによって定められた戦略の大きなテーマは「大学の外部評価を高める」

ここで重要だったのは、それが何なのか、に立ち戻って議論をしたことだ。ただ、ぼんやりとイメージ上げるということではなく、こうなっていたい、という姿をはっきりと描いて、そこに向かって進んでいったのである。

大学のブランドは、日本では偏差値のランキング中心で形づくられているようなところが、もともとあった。まずは、それを変えていくことができないか、というところから始まった。目指したのは、「世界のトップスクール」。となれば、日本の私学の中で、リーダー的な存在にならなければいけない。

だが、日本にはすでに早稲田、慶應というブランドが確立されてしまっている。有名な創立者の大隈重信と福澤諭吉の対比も行われる。一方の明治は、次代の世界を担う人材を育てたい、と熱意ある青年法律家がつくった大学。そこで、第三軸のブランドで、早慶とは違った形で、トップレベルの大学たる明治大学をつくることができないか、と考えた。

そのために必要だったのが、明治大学のポジショニングを変えていくことだった。ただイメージを変えていくのではなく、目指すべき新しいポジショニングに変えることを考えたのである。

広報が担ったのは、入学したい大学に変えていくこと、だった。

これから入試をする子どもたちに絞って広報をした

女子に人気の大学では、実は悩みがある。男子にもっと来てもらえたら、と考えているのだ。背景にあるのは、女性の社会進出が進んだといっても、まだまだ結果が出てくるのは、これからだということ。OBの活躍という面では、大きく広報することがなかなかできない。

一方で明治大学には、過去に著名なOBをたくさん輩出している。経済界で活躍しているOBも多い。その活躍を先輩の姿ということで、どんどんアピールできるわけだ。

それまでに明治大学が培ってきたものを使い、新しいポジショニングをつくることができれば、早稲田とも慶應とも違う、新しいポジショニングを持つ日本のトップレベルの大学をつくれると考えたのだ。

そしてここで、広報を徹底活用したのである。まず、親の世代のイメージを変えることはしなかった。親世代は、自分が入試を受けた頃のイメージをずっと引きずってしまう。大学のイメージというのは、自分が入試のとき、あるいは子どもが入試のときに触れる機会がほどんどなのだ。

そこで、これから入試を受ける子どもたちに新しいイメージを発信していく、という選択をするのである。これこそが、世代間でギャップが起きた理由だ。やみくもにイメージづくりをするのではなく、これから入試をする子どもたちに絞って広報をしたのだ。

そこで生きたのが、リバティタワー建設に伴い、いち早く明治大学に入ってきていた俳優や女優たちだった。ちょうど在学中に彼らの活躍が始まると、モデルのような学生が少しずつ入ってくるようになったのだという。

明治大学在学中のモデルが、高校生の見る媒体にたくさん露出していく。初めて見る「明治大学」のイメージがそんなふうにインプットされるのは当然である。こうした、新しい明治をどんどん打ち出していったのだ。

内部に向けてもブランディングの取り組みを推し進めた

もうひとつ、興味深かったのは、内部に向けてもブランディングの取り組みを推し進めたことだ。インナー広報、大学内に向けた情報発信、そしてカルチャー変革だ。学生、教員、職員含めて、対象にしたのである。

そのツールの1つになったのが、在学生向けの冊子『M-Style』(現在「メイジナウ」としてウェブ化)。表紙はいつも、在学中のおしゃれな学生にお願いしたという。情報誌としての中のつくりも、先端のファッション誌を担当者が徹底的に研究し、内容も見た目もハイレベルなものにしていった。

こうなれば、「なるほど今の明治大学というのは、こういうところなのか」となる。学生も教員も職員も、アップしたイメージの明治大学を自分たちの中に浸透させていくことになったのだ。

高校生が最も志望したい大学ランキングで8年連続も1位になった、と聞けば、さぞや広告費も使ったのでは、と思えるが、そうではない。大手広告代理店が調査した学生1人あたりの広告予算ランキングでも明治大学は上位にはない。

広告に投資してブランドイメージを作り上げたのではない。それまでと同規模の予算で、中身を変えていったのだ。実際、メディア露出に関しては、極めてシビアだ。

例えば、毎年、広告会議を開いて、どの媒体なら自分たちの伝えたいことを効果的に出せるのか。厳しく検討する。高校生向けの媒体も、発行部数や対象高校、範囲、競合がどのくらい出ているのかなどを確認する。最大の効果を最小のコストで出すことを考えていくのだ。

取材で聞いたのは、「大学はまだまだ変えられる」こと。固定観念を打破し、新しいことをやっていかないといけない。MARCHをやめよう、と言い出したのは、広報部だ。いつまでも、昔から言われていることにとらわれる必要はない。明治は明治のブランドで、早慶に並ぶ代表的な私立を目指して取り組みを進めていかないといけないのだ。

書籍では学生覆面座談会も掲載したが、キャンパスで印象的だったのは、「自分たちは明治大学の学生なんだ」という誇りと自信を強く感じたことである。学生のパワーは、かつてよりも大きくなっているし、前向きだ。愛校心が強いのである。

それだけに、今を知らないOBとの温度差が起こり得る。コミュニケーションギャップの危険もある。昔をはるかに超えて、若い明大生は明治に誇りを持っているのだ。

明治大学出身の若い後輩や部下を持ったとき、あるいは周囲で明治大学の若い卒業生と合うとき、現役学生や受験生とかかわるときには、十分に注意したほうがいい。この10年ほどで、明治大学はすっかり変わっているのである。

【参考図書】

『あの明治大学が、なぜ女子高生が選ぶNo.1大学になったのか? 奇跡を起こすブランドポジションのつくり方』

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著者:上阪徹

出版社:東洋経済新報社

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