「あなたの年代がターゲットではない」上司へ放った“あのひと言”の真相|明治のチョコレート革命
クラフト紙をベースにしたスタイリッシュなパッケージで、従来のチョコレートとは全く違う世界観を持つ「明治 ザ・チョコレート」。発売は2016年9月、同時にツイッターをはじめとしたSNSで話題になったのは、開発チームが上司に伝えたという「あなたの年代がターゲットではない」というひと言でした。この言葉によって社内を説得し、セールスとしても大成功を収めた例として覚えている人も多いでしょう。
フレーズは評判になり「痛快だ」「古い体質の上司に意見できるのは素晴らしい」という賛辞が相次ぎました。一方で「部下の提案を受け入れた社風も注目すべき」「GOサインを出した上司もえらい」という見方もあります。これはどちらも正しく、「明治 ザ・チョコレート」の成功には社員たちの画期的な発想と行動力があり、それを受け入れる企業風土があったから実現できたともいえるのではないでしょうか。
今回、開発メンバーとして多くの取材を受けてきた株式会社明治 菓子商品開発部 専任課長 スペシャリティチョコレート担当の山下舞子さんに、“あのひと言”の裏側、発想を具現化したプロセス、そしてチョコレートに賭ける明治の姿勢についてお聞きしました。
山下 舞子(やました まいこ)
2001年、株式会社明治に入社。菓子開発研究所、坂戸工場勤務を経て08年から菓子商品開発部でチョコレートの商品開発を担当。2016年4月から「明治 ザ・チョコレート」の専任課長となり、ブランド育成について様々な提案を行っている。
“あのひと言”は対立ではなく説得の言葉だった
商品としての「明治 ザ・チョコレート」の魅力もさることながら、働き方や職場の人間関係に関心がある人にはやはり「あなたの年代がターゲットではない」という言葉がいまだ印象深いようです。明治といえば100年前からお菓子を作り続けている老舗メーカー。頭の固い上司がいるのではないか、古いしきたりを破った若手のおかげで商品が出たのではないかという先入観がありました。しかし、山下さんが語る明治のイメージは全く違います。
「基本的に開発部門は上下の関係性がほかの組織より緩やかでフランクだと思います。お菓子も含めて食べるものを作っている会社なので、堅苦しく考えてできるものではないと思うんですね。みんなで『おいしいね』とか『面白いね、楽しいね』と言い合いながら良いことを醸成していく感じです。発想は年を取れば取るほど固くなっていくといわれますが、明治の年長社員は柔軟な思考を持った人が多いと思います。やっぱり若いときの無鉄砲ながらも面白いところへ走っていく発想や能力は必要という思いがあるので、自然と『まずは自由にやってみろ』というマインドになるんです」
話題になった“あのひと言“は、山下さんと同じ専任チームの一人である菓子マーケティング部 佐藤政宏専任課長が会議で発言したものでした。
「言葉だけを切り取ると非常にセンセーショナルに見えますが、対立から生まれた発言ではないんです。もともと幹部役員も面白い提案を受け入れる気風はありますが、あまりにも想像を超えたサンプルが出てきて心配になった。そのとき佐藤が『じつは、自分もこのパッケージを見たときは同じように売れるのか不安になった。でも調査を重ねていくうちにお客様の反応が格段に良いことがわかり、不安を感じた自分はターゲットではなかったんだと理解した。今わからないのは当然だと思いますが、僕もあなたもターゲットじゃなかったんですよ』と自らも引き合いに出して説得に使ったフレーズでした」
開発時の消費者調査のデータを示した佐藤課長の説明に、上層部も納得したといいます。
「明治 ザ・チョコレート」はあらゆる面で従来のチョコレート像を打ち破る商品です。自社で研究・開発に携わった6カ国からのカカオ豆を使用、複数の香味の違うアイテムの販売。カカオ豆の比率を上げた大人向けのビターなテイスト。そして初めて見る人をあっと言わせた、シズル感の訴求や文字説明を極力なくしたシンプルなパッケージ。個包装のデザイン、チョコレートの形状までどれも独自の追求から導いたものです。新しいチョコレート、新しい世界観を買い手が楽しむ現象は一大ブームになり、220円前後という店頭に並ぶ一般的な板チョコレートの倍の価格帯にも関わらず、発売後1年で3000万個を売り上げました。
「パッケージに関する消費者調査で驚いたのは、9割以上のお客様から好感を持っていただけたことです。通常は支持が多くても7割ほど。圧倒的な好感度は私たちが各部署を説得するときに大きな根拠になりました。お菓子といっても一つの資源です。作る側として、個人の好みで商品を作って会社に押しつけるのは無責任。思いは入れ込みながら客観性は大切にしました。自分の主張だけではなく、なぜなのかという回答はちゃんと準備して提示する。それに納得できれば商品化を進めることができる会社だと思います」
嗜好品として楽しめるチョコレート文化を作る
長年、日本におけるチョコレートは「甘い」「子どものおやつ」というイメージから抜け切れていません。そこで明治は1980年代から大人の嗜好品としてのチョコレートを模索してきました。ポイントは、味の5割から7割を決めるといわれるカカオ豆の質。1986年に初めてカカオ豆の品質をうたった商品を発売、以来7商品をプレミアムチョコレートとして世に出しましたが市場定着には至りませんでした。
「90年続いている『明治ミルクチョコレート』は明治のチョコレートの魂のようなもので、変わらないおいしさをこれからもずっと幅広い方々に届ける使命があります。それとは別の切り口で、日本のチョコレートを食文化として育てていく目標も以前から持っていました」
「例えばワインやコーヒー、チーズなどの嗜好品には原材料にこだわって価格より質を重視する顧客層が存在します。チョコレートも同じように、カカオ豆の質や産地、製法を知って香味を楽しむシーンを作りたい。まだ実現できていないのは明治のメーカーとしての責任もあります。これまでマスに向けた画一的な商品に注力していて、嗜好品になり得るチョコレートをしっかり提供できていなかったと思います。会社としてずっと『やりたい』という思いはあったのですが、失敗が続いてどう具現化すればよいのか誰もわからなかった。私自身も商品開発の現場にいながら迷っていました」
一つの契機になったのは、2014年9月発売の初代「明治 ザ・チョコレート」の開発だといいます。現在発売中の「明治 ザ・チョコレート」の前に売り出された、プレミアムチョコのカテゴリーに挑戦した商品です。明治には2006年から始動した「MCS(メイジ・カカオ・サポート)」という取り組みがありました。カカオ農家と直接コミュニケーションを行うと同時に、数々の支援活動を行って良質なカカオ豆を安定供給できるようにする。とても根気のいる活動です。
「当時、チョコレートカテゴリーの源流となるものを作ろうとカカオ自体の開発プロジェクトが発足しました。担当者は1年のうち多くてのべ半年は現地に滞在して活動し、農家と一緒に素晴らしいカカオを10年かけて改良している。実はこのプロジェクトは、社内でもあまり知られてなかったんです。初代『明治 ザ・チョコレート』では、カカオを大事に育ててきた思いと確固たる品質を形にしたいと思いました」
一般的なチョコレートと同じアプローチをしては棚で埋もれてしまう。カカオ豆にこだわった商品であることはちゃんと伝えたい。そこでカカオ豆を全面にプリントしたパッケージにしたところ、「わかりにくい」と敬遠されてしまいます。
「そのころ、夾雑物がない無垢チョコといわれるカテゴリーを含めて明治にはいくつも並行して進めているブランドがあり、担当として矛盾を感じ始めました。もちろんそれぞれに役割は持たせて売り出しています。でも落ち込む売上実績を目の当たりにしながら『明治として、自分として、何をどうしたいんだろう』というジレンマが生まれていました」
山下さんは「このままでは進められない」と感じ、上司に相談して初代「明治 ザ・チョコレート」発売から半年も経たない2015年1月に新しいプロジェクトを立ち上げます。明治が「チョコレートといえば明治」といわれる存在であり続けるためにはどうすればいいか、一から探り直すことにしたのです。
「リニューアルを目標にしたわけではなく、いつまでに結果を出すとも宣言しない無期限プロジェクトでした。ただ、『明治が次に何をするのか』根本を作れない限りは何もできません。それぞれのブランドが持つ役割は何か、明治にどう結びついているか、今後はどんな価値を伸ばすべきか、チョコレートのブランド全体を整理したいと思いました」
このプロジェクトで決めた軸が、2016年9月の新生「明治 ザ・チョコレート」の開発につながっていくのです。
meiji THE Chocolate(明治 ザ・チョコレート) | 株式会社 明治
インタビュー・文:丘村 奈央子 撮影:菊池 陽一郎
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