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沈没寸前の日本の医療業界を変えたい!――脳外科医からベンチャー経営者に転身した「代表取締役医師」の決断とは?

医師たちが作るオンライン医療事典「MEDLEY」や医療機関の遠隔診療を実現するオンライン診療アプリ「CLINICS」、医療介護分野に特化した求人サイト「ジョブメドレー」、介護施設の口コミサイト「介護のほんね」などを運営するベンチャー企業、メドレー。「医療ヘルスケア分野の課題を解決する」を企業理念に、さまざまな医療関連サービスを展開している。

同社に2015年にジョインした「代表取締役医師」の豊田剛一郎さんは、東大医学部を経て脳神経外科医として勤務、その後米国留学を経てマッキンゼーに勤めた経験を持つ。なぜ彼は医師からベンチャー経営者へと転身したのか。その理由を詳しく聞いた。f:id:k_kushida:20180208174219j:plain

株式会社メドレー 代表取締役医師

豊田剛一郎さん

1984年生まれ、東京大学医学部卒業。初期臨床研修後、NTT東日本関東病院脳神経外科に勤務。2012年に米国留学し、米国医師資格を取得。その頃、日本の医療の将来に対する危機感を抱き、医療を変革するために現場を離れることを決意。2013年に帰国し、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2年間ヘルスケア企業へのコンサルティングなどに携わった後、2015年2月に株式会社メドレーに共同代表として参画。

寝る暇もないほど忙しい現場で、医療の課題を目の当たりにする

高校時代に脳に関する書籍を読み、「脳という臓器をもっと知りたい」と思ったことから、脳神経外科医を目指して医学部に入学した豊田さん。研修医時代は、徒歩1分の寮に帰る暇もないほど忙しく、週2回は当直、36時間連続勤務は当たり前という過酷な日々を送っていた。

「忙しいけれど成長できるタイプの病院を研修先に選んだので、激務は覚悟の上でした。確かに身体的には辛かったですが、患者さんと直接触れ合うことができ、ありがとうの言葉ももらうことができるので、とてもやりがいがありましたね。自分の仕事には意味があると、日々感じることができました」

ただ、現場で働く中でさまざまな問題が見えてきたという。

日本の医療業界が直面している課題は深刻だ。現在の医療費は、実に40兆円超。厚生労働省によると、2025年には50兆円を超える見込みにある。超高齢化社会の進行により、2060年には2.5人に1人が65歳以上、4人に1人が75歳以上になる見通しであり、このまま何も手を打たなければ、早晩医療制度が破たんするのは確実だ。

一方で、医療業界は慢性的な人手不足にある。人口1000人当たりの医師の数は、OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国のうち、日本は27位と最下層レベル。日本の人口ピラミッドを考えると、今後大幅に医師の数が増えることは見込めない。

「実際、現場は常に人手が足りず、目が回るような忙しさでした。これは私の勤務先や脳神経外科に限ったことではなく、あらゆる病院、あらゆる科において同じ。その中、『医師や医療従事者の良心や善意』に頼って現場を回している状態なのです。でもこんな仕組みの持続可能性は極めて低い。このままではダメだと現場で働く医師はみんな気づいているのに、何もできず見て見ぬふりをしているのが現状。医師に現状を変える余裕などなく、目の前の患者さんが最優先になってしまうので仕方のないことだとは思いますが、このままでは『日本の医療』という大きな船と共にみんな沈んでしまうのではないか…という強い危機感を抱きました」

患者側の「医療リテラシーの低さ」にも危機感

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患者側の「医療リテラシー」の低さにも課題感を覚えた。例えば、以前から問題視されている「コンビニ受診」。休日や夜間などの救急外来に、緊急ではない軽症の患者が訪れることを指すが、「患者さんが悪いわけではなく、知らないだけ」と豊田さんは言う。

「研修医時代、このような患者に遭遇すると、『単なる風邪なのに、何でこんな夜間に救急で来るんだろう。明日の外来に来るべきなのに』と思っていました。でも、患者さんの立場から見れば、『軽症の場合は、救急外来は避けたほうがいい』なんて誰からも教えてもらっていないし、自身の症状が救急の範囲内なのか範囲外なのか、判断できないというケースもあります。患者さんだって、医師を困らせようと思って夜中に来ているわけではありません。救急外来は何のためにあるのかを広く知らしめる工夫や、症状について相談できるしくみを作らないと、いくらコンビニ受診を問題視したからと言って状況が変わることはありません。患者さん側に知識を持っていただくことで、医療に対する意識も変えていかないと、いつまで経っても現状は変わらないと確信しました」

視野を広げアイディアをつかむため、マッキンゼーへの転身を決意

以前から、アメリカで脳神経外科の勉強に打ち込みたいという思いを持っており、医師になって4年目に留学することが決まっていたが、ちょうどその頃尊敬する上司に医療に対する課題感を訴えたところ、「マッキンゼーとか受けてみたら?僕が今30歳だったら、マッキンゼーに行くな」と言われたという。「この時初めて、医療現場を離れるという選択肢に気づいた」と豊田さんは振り返る。

結果、予定通りアメリカに留学し、猛勉強して米国医師資格を取得するとともに小児脳の研究に従事。そして1年後に帰国し、マッキンゼーの門を叩いた。「マッキンゼーにいけば、日本の医療の未来につながる何かができるのではないか」と考えたからだ。

マッキンゼーに入社するということは、医師を辞めるということ。ずっと目指してきた道を離れることに、躊躇はなかったのだろうか。

「医師を辞めることでキャリアがリセットされるとか、せっかく歩んだ道を後戻りしているなどとは一切考えませんでした。医師という目標に向かって真っすぐ突き進んできましたが、視点を変えて、樹形図のように広がっている可能性のうちの一つに、道を切り変えただけだと思っています。医師を続けながら改革をするという道もあったかとは思いますが、中から変えるのは時間がかかるし、現状を何とか変えたいという熱い志を持った医師はすでにたくさんいらっしゃる。だから私は外に出て、『医療を救う医者になる』ことを決意しました

医療を変えるために「自分の名前」で勝負する

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