人喰い人魚姉妹の初恋ミュージカル『ゆれる人魚』監督インタビュー 「“ホラー”は人間の深層にある感覚に触れるための有効な手段」[ホラー通信]
ポーランドの新鋭女性監督、アグニェシュカ・スモチンスカが手がけた『ゆれる人魚』が2/10よりいよいよ日本公開。ワルシャワのナイトクラブを舞台に、美しい“人喰い”人魚姉妹の初恋を描くホラーミュージカル……そんな想像のつかない触れ込みと、美しい上半身と強烈な下半身を持つ人魚のビジュアルが興味をひき、SNSで話題騒然となった。
主人公は人魚の姉妹、シルバー(姉)とゴールデン(妹)。物語はアンデルセンの童話『人魚姫』に近く、陸に上がって人間の男性に恋したシルバーが、自分も人間になりたいと願う初恋の物語だ。しかし、人魚のキャラクターは神話に登場するセイレーンがヒントになっており、美しい歌声で人を惹き寄せ、襲って食べてしまうという、いわば人魚のダークサイドの性質を持っている。恋に浮かれるシルバーに対し、妹のゴールデンは不安を感じている。そんな姉妹の衝突が、血なまぐさい事態を引き起こしてしまう――。
そんな今作を手掛けたアグニェシュカ監督が来日、インタビューを行うことができた。パンチのある作品からは想像もつかないほど穏やかで物腰の柔らかい監督が、「ホラーが苦手だった」という意外な話や、手術シーンに込めた想いなど、様々なお話を語ってくれた。映画の予習にも、公開後の復習にも是非どうぞ。
アグニェシュカ・スモチンスカ監督インタビュー
――このインタビューは『ホラー通信』というホラー映画の媒体に掲載されます。
アグニェシュカ・スモチンスカ監督:ワーオ!(笑) 日本に行くにあたって、友人たちに「日本へ行くの? 日本の人はホラー好きだよ、よかったねえ!」と言われましたよ(笑)。
――(笑)。『ゆれる人魚』には初恋のドラマやミュージカルなど、色んな要素がミックスされていますが、やはり人魚が人間を食べるといったホラー的な要素は存在感を放っていますよね。監督はもともとホラー映画がお好きだったんでしょうか?
監督:実はもともとそうではなくて、この映画を撮っていくうちに好きになったんです。ホラーっぽいものはむしろ苦手で、ホラー映画は『シャイニング』と『エクソシスト』くらいしか観たことがありませんでした。でも、ホラーというジャンルはすごく興味深いものだと気付きました。古典や古(いにしえ)のものに、ホラーだからこそ触れられるというか。深層に潜り込んで表現できるな、ということを感じています。作っていると、作り手としてすごく発見があるジャンルなんです。
――まさかホラーが苦手だったとは思いませんでした。映画本編の中では結構容赦ないホラー描写もありますが、演出は難しくなかったのでしょうか。
監督:ホラー映画をあまり観てこなかったから、正直どうやって撮っていいかまったく分からなかったんです。でも人魚という題材を描くときに、その美しさや優美さだけではなくて、彼らのダークサイドも含めて、真実に迫らなければと思ったんです。そこで、ホラー描写に直結する表現が必要になってきた。で、撮り終えてからホラー好きの友人に「どう? ホラー映画になってる?」と聞いたら「大丈夫、アグニェシュカ。ホラー映画になってるよ!」と言われて安心しました(笑)。ホラー映画を観るのは怖いんだけれど、撮るのは大好きだなと気付きましたね。
――今後ホラー作品を撮っていく可能性も?
監督:日本で撮れれば嬉しいかな(笑)。ポーランドって、その映画史においてもホラー映画が2本しかないような国なんですよ。そうなると観客も観に行きませんから、ホラー作品で予算を集めることって難しいんです。
この間は、8人の監督が母国の怖いおとぎ話を撮るホラーオムニバス『The Field Guide to Evil』に参加して、短編を作りました。このオムニバスは『グッドナイト・マミー』の監督や『ウィッチ』のプロデューサーが参加してるんです。ホラーの監督たちと仕事をする中でホラーというジャンルがどんどん好きになってきていますね。私が撮った作品は、ポーランドの伝説を元にした、自分が聡明になるために12の人間の心臓食べなければいけない男の話です。今は神話や伝説などの物語をホラーとして描くことに興味を持っていますよ。たとえばグリム童話なんて、とってもダークですよね。
――今作の、人間に恋したシルバー(人魚姉妹の姉)が人間の脚を手に入れるための手術のシーンは、数あるショッキングなホラー映画よりも遥かに衝撃的でした。どこかユーモラスですがとても残酷で恐ろしくて。あのアイデアはどうして生まれたんでしょうか。
監督:本当!? あのシーンは実はいちばん最初に生まれたシーンなんですよ。あのシーンは映画の構想やあらすじなどを作り上げるよりも前にできていたんです。作品のなかでもキモとなっているシーンなので、そこに注目してくれたことは本当に嬉しいです。
あのシーンで手術中のシルバーが歌う曲は、今回の映画で音楽を担当してるブロンスキ姉妹のひとりが入院してるときに書いた曲で。とてもエモーショナルで、素晴らしいメタファーにもなっている。私は今回使用した楽曲の中でもっとも美しい曲だと思っています。脚本家のロベルトが楽曲を聴いてあのシーンに落とし込んでくれたのですが、あのシーンが美しいのは、ミュージカルとホラーの要素、そして詩情とリアリズムが出会う瞬間だからだと思います。このシーンはシルバーに何が起こったかを見せるのが大事でもありますし、暗喩的なシーンでもあります。それをリアルな形で見せているところに面白みがあると思いますし、いろいろな感情が喚起させられるシーンになったんじゃないかなと。
――シルバーは人間との恋を成立させるためにあの手術に臨むわけですけれど、それは誰しも若いときにやってしまいがちな、自己犠牲的な恋愛ですよね。あのシーンがショッキングだったのは、恋のために自分を変えてしまうというのはどういうことなのか、というのを映像で見せられた感じがしたからなんです。
監督:そう、初恋のときなんて自己犠牲的になりがちですよね。「この恋が終わったら人生が終わっちゃうんじゃないか」と思い込んでしまったり。シルバーに起きたことを見て、観客の深層にある意識の部分に何か触れるものがあってほしい、肌で感じるものがあってほしいと考えています。なのでそれを感じてもらえたのはとても嬉しいことです。それくらい普遍的なテーマを描いた映画であると思っているし、住んでる国がどこであれ、人間の意識下の深いところにある誰しもが共有している感覚に触れる手段として、ホラーというのは有効なんじゃないかなと思っています。
――人魚たちのデザインも非常に衝撃的でした。あの特徴的な巨大な尾ヒレはどうして生まれたのでしょうか?
監督:最初は普通の人魚らしい尾ヒレを想定していましたが、最終的には、中世の人魚をインスピレーションにイラストレーターが描いてくれたデザインに決めました。中世の人魚は竜の姉妹で、かたつむりのような形をしています。人魚のデザイン案はいくつかありましたが、私が惹かれたのは巨大なモンスターのようなデザインでした。撮影現場で実際にできた尾ヒレを前に、「全然魅力的じゃない」「撮影をやり直したほうが良いのでは?」という人もいましたが、人魚たちはモンスターです。だからありのままを見せなければならないとこだわりました。上半身は美しい少女なのだから、下半身は生殖器があって、粘液が出ているような醜さがほしい。そして、シルバーが下半身を人間の脚に変えたいと思い始めるような、動機のひとつとしても成立させたかったのです。
――今後、デヴィッド・ボウイの楽曲を映画化したいと考えているという話も聞いたのですが、映画もロックオペラのようなムードがありますね。監督のクリエイティビティの根底にロックミュージックがあるのでしょうか?
監督:ボウイの映画はいつかはやりたいと思っていますが、まだ権利関係もクリアできていないから、アイデアとしてあたためている段階ですね。今回の映画の中で使っている楽曲はもともと自分が聴いていたものとは少し違うものです。ロックは身近なものでしたけれど、小学生のときにロックを歌いたいと先生に提案したら却下されて、それが人生で初めてのトラウマなんです(笑)。次の作品は心理スリラーのような作品になる予定で、記憶喪失なんだけれど記憶を取り戻したくないという女性を描いたものになっていますよ。
『ゆれる人魚』
新宿シネマカリテほか2月10日(土)より全国順次公開
公式サイト:http://www.yureru-ningyo.jp/
配給:コピアポア・フィルム R-15指定
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