「社長候補」の選抜は、“30歳”から始まっている――大企業でも40歳が社長になる日がくる
『40歳が社長になる日』(幻冬舎)という刺激的なタイトルの書籍が大きな話題になっている。本書で書かれているのは、ベンチャー企業や中堅・中小企業についての話ではない。日本を代表する大企業でも、40歳が社長になる日が来る、と説くのだ。著者の岡島悦子氏による将来仮説によれば、その実現は2025年。となると、現在32、33歳くらいのビジネスパーソンが、40歳にして社長になっている可能性があるという。
どうして40歳の社長なのか。著書『40歳が社長になる日』には、それが詳しく書かれているわけだが、岡島氏は今回、端的に3つの理由を挙げた。「リーダーの役割が変わってきた」「リーダーの選び方が変わってきた」「キャリアづくりが変わってきた」。
40歳社長が生まれる理由。そして、どんな人が40歳で社長になるのか。岡島氏にそれぞれ3回にわたって聞く。今回は第2回。前回(第1回)はこちら。
株式会社プロノバ 代表取締役社長 岡島悦子さん
三菱商事、ハーバードMBA、マッキンゼー、グロービスを経て、2007年プロノバ設立。アステラス製薬、丸井グループ、セプテーニ・ホールディングス、リンクアンドモチベーション、ランサーズの社外取締役。グロービス経営大学院教授。経営共創基盤やグロービス・キャピタル・パートナーズ等、多数の企業の顧問・アドバイザー、政府委員会メンバー、NPO理事等、様々な役職を歴任。ダボス会議運営の世界経済フォーラムから「Young Global Leaders 2007」に選出される。著書に『抜擢される人の人脈力』等がある。
大企業でも、「次の経営者選び」が論点になってきた
経営者を一流から超一流にする。経営環境に応じて経営チームを強化する、組み替える。そんなテーマで、15年にわたって経営者のリーダーシップ開発を行ってきたという岡島氏。年間約200人の経営者と仕事をしているが、3年ほど前から明らかに経営者が注目し始めたことがあるという。
「サクセッション・プランニングです。経営者の後継者育成計画。つまり、次の社長選びのための、戦略的計画策定と運用です」
創業家の世代交代や事業承継といった要望だけではない。大企業でも、サクセッション・プランニングが論点になってきた、と語る。
「市場の成長が右肩上がりの時代は、極端な言い方をすると、誰が経営者になっても大して変わりはない時代だった、とも言えます。現社長がそれなりの実力者を後継者に選び、連続成長のための既定路線を継承していくことで、企業は安定経営ができた。しかし、今は状況が大きく変わりました。企業を取り巻く環境変化は激しく、不確実な状況下で意思決定をする経営トップの役割の重要性は劇的に高まっています」
しかも、これからの経営トップは、第1回でも書いたように非連続の成長をリードしなければならないため、破壊的イノベーション創出のための新しいリーダーシップ・スタイルが求められる。求められる役割も要件も変化しているのだ。
「加えて、コーポレート・ガバナンス強化の動きから、次の社長候補者の絞り方、決め方についても説明を求められるようになりました。そこで、先進的な企業では、指名委員会がお飾りなどではなく、きちんと機能するようになっています」
社長を作っていくための戦略的計画が必要になっている
これまでは、指名委員会は設置されているものの、実際には社長が決めた案に対して歴代の社長経験者や社内役員内でコンセンサスができており、指名委員会はそれを承認するだけ、というケースも多かったが、これはもう過去の話になりつつあるという。
「私自身、アステラス製薬、丸井グループ、セプテーニ・ホールディングスで指名(諮問)委員会メンバーを務めていますし、複数の企業で指名委員会支援のコンサルティングを行っています。アステラス製薬では、社外取締役が過半数の取締役会になっているだけでなく、指名委員会についても、相当の時間をかけて個別の人材についてリアルに議論するための情報提供と、そのためのシステマティックな仕組みができあがっています」
社員数万人の企業でも、次の社長、役員、執行役員候補者だけでなく、10年先の社長候補者に求められる役割・資質・要件を定義し、100人ほどの母集団(タレント・パイプライン)を選定し、成長過程をモニタリングしながら候補者の入れ替えや絞り込みを行う、という長期的、具体的な取り組みが進められているという。
「サクセション・プランニングに取り組む会社が増えているのは、現社長の多くが、次の社長の担うべき役割は自分よりも難易度が高いことを認識しているから。そして、優れた経営トップは偶然には輩出できない、ということに気づき始めているからだと思います」
また、破壊的イノベーションによって非連続の成長をリードし、形にしてもらうために、今までよりも長期の社長在任期間、例えば10年、を想定するケースも増加していると語る。
「そうなれば、場当たり的に選んだ人にやらせてみて、ダメなら短期間で代えればいい、といった方法は通用しません。早期にポテンシャルを見極めて登用し、経営トップ適性がある人材を複数つくり上げ、社長交代のタイミングでは、その時点からの経営課題に最も適性のある人を選べるだけの母集団をつくり上げ、次の社長に最適な人を必然的に輩出する。そんな戦略的計画が必要になってきているんです」
某大手の社長候補選抜メンバーの最年少は28歳。最高齢は45歳
多くの企業では、経営幹部育成研修が実施されているが、新しいリーダーシップ・スタイルが求められる時代、年功序列に近い人事部主導の研修では、新しいリーダーはつくれなくなってきていると岡島氏はいう。次の社長に求められるリーダーシップの要件は、これまでの評価軸とは異なっているからだ。
「従来の経験曲線は効かないということであり、今までの成果と現在の役職の相関は限定的、ということになります。もっといえば、現在の管理職層が持つ業務経験と、成功の固定概念はむしろイノベーションの阻害要因にもなりえます。優秀さの定義が、過去の成果から、未来に成果を出せそうか、というポテンシャルに変化しているんです」
こうした背景を受け、多くの会社では、すでに30代の若手人材が、サクセッション・プランニングの母集団に組み込まれるようになっているという。
「私がお手伝いをすることになった6000人規模のある大手企業でも、次の社長候補の母集団づくりが進んでいます。驚かれるかもしれませんが、選抜されているメンバーの最年少は28歳。最高齢は45歳です。実のところ、45歳ではもう遅い、という声もあります。10年かけて育成していくとなると、50代も半ばを過ぎてしまうからです」
サクセッション・プランニングの先進企業では、こんな感覚がすでに当たり前になってきているという。40代で社長、というといかにも若いという印象があるが、実は過去に40代までに就任した社長は少なくないのだ。「ベンチャー企業、外資系企業、ファンド傘下や創業オーナー家へのプロ経営者の招聘が多いですが、それでも就任年齢はぐっと若返っている傾向が見てとれると思います」
次世代社長候補の集団が、これから数年でできていく
岡島氏がサポートしている大企業では、毎年20人ずつ、全グループ社員の中から次世代リーダーのポテンシャルがある人材が選抜されていると語る。
「彼らは日常業務を続けながら、1年間、企業内ビジネススクール研修に参加しています。このプログラムの主目的は、座学で経営学を学ばせることではなく、登用のためのショーケースです。プログラムへの参加状況を通じて、候補者たちの経営者になる潜在能力の評価を、現経営陣と私とで実施しています。プログラム終了時に、その中から優先的に必要なキャリアに配置する数名を見極めるためのツールなんです」
こうして最適な母集団に入れるべき人材の発掘、登用すべき人の見極め、経験の場の提供、登用者の成長のモニタリングを繰り返しながら、最適な母集団形成と次の社長候補の絞り込みのプロセスを継続していくのだという。
「同じようなプログラムは、いくつかの会社で走り初めています。お手伝いをさせていただいている感触でいえば、社員数万人の企業でも、100名程度の次世代社長候補の集団がここから数年でしっかりできてくるはずです」
また別の大企業では、トップ200人の人材が、経営トップと人事部によって常にウォッチされていると語る。
「指名委員会には、現在までの社内職歴とその上司、360度評価、経営人材評価専門の外部機関のインタビュー結果と評価、社内役員面接時の評価が書き込まれた顔写真つきのカルテのようなファイルが提供されます。加えて、特筆すべきスキルや人柄などについて、現社長から説明を受けるケースも多々あります」
候補者本人は、自分がタレント・パイプラインに入っていることを明確に伝えられていないケースが多いのだそうだ。実際には、人より早回しで頻繁な異動をさせられていたりする。
「候補者たちは、取締役会への報告者や陪席者になる機会も多いですね。指名委員会メンバーは、そうした接点でのやりとりも評価の参考情報にしています。指名委員会で、具体的な配置や選抜について検討する際には、具体的な顔と名前を思い浮かべながら、個別の配置を考えていたりしますので。日本でも先進的な企業では、もうここまで来ているんです」
30歳から選抜が始まっているのは、デジタル・ネイティブへの期待
実際、大企業でも対象者の選抜は30歳くらいから始まっているという。これには大きな理由がある、と岡島氏。
「今の30歳には、上の世代にはない強力な武器があるからです。それは、テクノロジー・リテラシーです。今の30代は、完全なるデジタル・ネイティブだからです」
それこそ、物心ついたときから、携帯電話が世の中にあったのが、この世代だ。20代でスマートフォンが登場し、それを簡単に使いこなす。そのITリテラシーの高さは他の世代とは異次元のレベルだと岡島氏はいう。
「実際には、30歳はまだ若い、というスタンスの会社もありますが、今後はそうした会社すらも考えを変えるはずです。なぜなら、デジタル革命進行中の現在、デジタル・ネイティブのこの世代を経営陣に早くから取り込んでいかなければ、会社は時代から取り残されるおそれがあるからです」
インターネットとビジネスは、まさに切り離せないものになっている。デジタル・ネイティブたちが生み出すアイディアを、どのくらい企業が取り込めるか。デジタル・ネイティブたちを、どのくらい経営に活かせるか。それが企業の命運を分けるのだ。
「一見テクノロジーと無関係に見えるレガシー・ビジネスだとしても、テクノロジーが産業構造やビジネスモデルのイノベーション創出に欠かせない要素になります。だからこそ、若い世代は、この自分たちの武器を存分に使わないといけません」
では、この武器を最大限に活かすためにも、どうすればいいのか。次回は、40歳で社長になるためのキャリアづくりについてお届けしたい。
(第3回に続く)
WRITING:上阪徹
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