ソフト化は新しい時代への抵抗―瀬々監督インタビュー 映画「ヘヴンズ ストーリー」 

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(文=相田冬二/『キネマ旬報 2017年12月上旬特別号』より転載)

第84回キネマ旬報ベスト・テンで日本映画第3位に輝いた瀬々敬久監督の代表作のひとつ「ヘヴンズ ストーリー」が、初公開から7年後の今年ようやくソフト化される。4時間38分という一大長篇。多くの人に愛されている作品であり、年末の恒例である35ミリフィルムでの上映会は今後も続けていくという。監督が、当時といまの思いを語る。

瀬々のフィルモグラフィには実際に起きた事件からインスパイアされた作品群があるが、本作はその集大成と言ってもいい。被害者家族と、加害者。複数の殺人事件が20人以上もの登場人物たちと絡み合い、その魂が再生されていく。

「『デカローグ』(1989~1990年。クシシュトフ・キェシロフスキ監督によるTVシリーズ。劇場公開もされた)みたいな〈町の映画〉にしたかった。群像が廃墟の団地で絡み合う。そんな構想がまずありました。最初の台本が既に180ページ以上あったので、3時間にはなるだろうと思っていました。撮影は2008年から2009年にかけての1年半。4、5回に分けて撮っているんですが、1期撮ったら編集し、それを見て次に撮る分の脚本をいじっていきました。つまり撮りながら拡げていったんです。物語も、展開も、そうやって膨らんでいきました。考えながら、撮っていくことができた。これはなかなか商業的な映画作りではできないことであったとは思います」

当時、既に「感染列島」(09)などのメジャー作品を手がけていた。メジャーにはメジャーの充実感がある。だが、それだけでは物足りなさも感じた。ピンク映画が出自の瀬々にとっては、制作規模が大きくなればなるほど自由度が小さくなっていくことの焦りもあった。

「あと〈大きな物語〉はずっと作りたかった。それは昔からやりたいことでした。それがちょうどこの時期に盛り上がっていったのだと思いますね。『水滸伝』でも『三国志』でもいいんですけど、群雄割拠して絡まり合う。そういう物語にも興味がありますし、小説家だったら、たとえば三島由紀夫なら『豊饒の海』、中上健次なら『異族』とか(大長篇作品が)あるわけじゃないですか。そういうことは映画でもできるんじゃないかという想いがありました。ピンク映画の頃はやりたいことばかりやっていました。デビュー作の『課外授業 暴行』でも〈大きな物語〉を作りたかったんです。羽田にいろいろな人たちが集まってきて、最後に台湾に行く。世代も高校生から中年までが混じり合った話でした」

瀬々作品の特徴のひとつには、時代とのコミットもある。

「これは20世紀の終わりから約10年の物語。物語の基本構造は被害者と加害者。(2008~2009年の撮影)当時は、被害者と加害者がひとつの〈個〉としてちゃんと語られていくような時代だったと思うんですね。それが2010年以降、個人がぼんやりしてしまう時代に変わってきたような印象が自分の中にはある。個人が屹立していかない。(現代の)SNSの炎上は、ある発言に対して、よってたかって、ネガティヴに押し寄せていくことで生まれています。個人がちゃんと発言することさえもなかなか難しい世の中になってきた。2000年代はまだギリギリそれが成立していた気がするんですよ。そこにスポットを当てて、作品を作っていけた。個人と個人のあいだで問題を解決していこうと。自分としては〈渦中〉にいることを意識して撮りました。事件の渦中に入り込んで撮影していく。それがギリギリ成立していた時代だったと思います」
 
この映画は2010年、震災の前の年に公開されている。〈ギリギリ間に合った〉という意味では今回のソフト化もそうなのだと言う。

「ここ数年で、(ネットでの)配信という方法が映画界を変えた。ひょっとしたら、DVD、ブルーレイというものが必要なくなる時代がもうすぐそこまでやって来ているのかもしれない。そういう意味ではソフト化は〈間に合わせる〉意味合いが大きいですね。映画を〈所有する〉という行為。それはイニシエーション(ある種の儀式)かもしれないけど、それはそれで楽しいだろうと。『ヘヴンズ ストーリー』はフィルム上映ですが、これもギリギリだった。その後はDCPの時代に変わってきている。あの翌年撮っていたら、DCPで作っていたかもしれない。当時はフィルムがギリギリ主流だった。そういう意味ではどんどん時代が変わっていく中で、常に〈駆け込み〉で存在しているのが『ヘヴンズ ストーリー』かもしれない。このソフト化も、次の新しい時代に対するある〈抵抗〉かもしれません」
 
インディーズでの映画作り。主題。話法。フィルム撮影。フィルム上映。そしてソフト化。映画の出発点から出口まで。すべてが〈レジスタンス〉の巨木として「ヘヴンズ ストーリー」は立ちつくしている。

瀬々敬久(ぜぜ・たかひさ)
1960年生まれ、大分県出身。京都大学在学中から自主映画を制作、86年に獅子プロに入る。89年「課外授業 暴行」で商業映画監督デビュー。近作に「64-ロクヨン-前/後編」(16)「なりゆきな魂、」(17)など。「最低。」が11月25日より、「8年越しの花嫁 奇跡の実話」が12月16日より全国にて。『菊とギロチン-女相撲とアナキスト-』と『友罪』が2018年公開予定。

「ヘヴンズ ストーリー」
12月6日発売

●BD 5,800円+税 DVD 4,800円+税
●2010年・日本・カラー・BD(1080p High Definition)/DVD(16:9LB ビスタサイズ)・日本語オリジナル ステレオ・本篇278分+特典映像42分
●特典/特製アウターケース、60Pスチル写真集ブックレット
●映像特典/瀬々敬久 構成・演出映像作品「ヘヴンズ ストーリーの10年」
●監督/瀬々敬久 脚本/佐藤有記
●出演/寉岡萌希、長谷川朝晴、忍成修吾、村上淳、山崎ハコ、菜葉菜、栗原堅一、江口のりこ、大島葉子、佐藤浩市、柄本明、人形舞台 yumehina、百鬼どんどろほか
●発売・販売元/ポニーキャニオン
(c)2010 ヘヴンズ プロジェクト

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(執筆者: キネ旬の中の人) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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