フグの卵巣糠漬け、大根寿し、いしり…石川の発酵グルメを巡る旅
皆さま、こんにちは。発酵デザイナーの小倉ヒラクです。僕は微生物の研究家兼デザイナーという不思議な二足のわらじを履いて、日本・世界各地を巡りながら発酵文化を研究しています。
今回は発酵デザイナーのスキルを生かして、ふだんの記事とは違うスタイルにトライしてみたいと思います。
①写真ではなくイラストでレポート!
②ちょいちょいアカデミックな解説を挟むぞ!
それでは、石川のユニークな郷土食文化を巡る発酵ツアーへGO!
独特の発酵文化が根付く石川
北から南、東から西に多様な発酵文化が根付く日本列島。なかでも石川は、ほかにないユニークな発酵文化の集積地のひとつ。豊かな文化と経済力を持った加賀藩の基盤と、適度に交通が隔絶された地の利により、独特の発酵食品が高度に洗練されていったのですね。
そう。石川の発酵文化のキモは「独特さ」が野放しになることなく、豊かな文化のなかで「洗練」されたということ。
ユニークかつどこかエレガント。俳優で例えるならば、綾野剛のような発酵文化なのだよ、石川プリフェクチャーはさ……!
今回紹介する発酵食品は、次の3つ。
・ 奇跡の解毒発酵「フグの卵巣糠(ぬか)漬け」
・ 素朴な魚の漬物「大根寿し」
・ プリミティブ魚醤「いしり」
ちなみに僕の住む山梨から石川への経路は、こんな感じ!
我が家の最寄り駅であるJR塩山駅からは、JR中央本線特急あずさでJR塩尻駅まで。そこからJR特急ワイドビューしなのに乗ってJR長野駅へ。さらに北陸新幹線で富山の海沿いを通ってJR金沢駅へ。計5時間ほどかかります。東京都内からだと、JR東京駅から金沢駅まで北陸新幹線で2時間半。速い!
奇跡の解毒発酵、フグの卵巣糠漬け!
最初に紹介するのは、フグの卵巣糠漬け。
これは発酵を学ぶ者にとってはびっくり仰天、世界の七不思議と言ってもいいレベルの、ものすごい発酵食品なんですね。
今回お邪魔したのは、金沢駅からJR北陸本線で18分、美川駅から徒歩5分の「あら与」。ここではフグの卵巣糠漬けや加工食品をゲットでき、お店のテーブルでフグの卵巣糠漬けをのせたお茶漬けを食べることができます。
代表の荒木敏明さんは僕を発酵の道に導いてくれた東京農大の先生たちとも懇意で、発酵談義に花が咲きました。
フグの卵巣って、普通に食べたら死んでしまうような猛毒のカタマリ。それをなんと発酵の力で解毒しておいしい珍味にしてしまうという、ミラクルすぎる発酵食品なんです。
① フグの卵巣を高濃度塩分20~30%で1年ほど塩漬けして、水気を飛ばす
② 糠に漬けて、さらに1年以上発酵・熟成
するとあら不思議、致死性の猛毒であるテトロドトキシンが無害化され、日本酒のアテにぴったりなサイコーすぎる珍味が爆誕するわけです。
なんでそんなことが起こるのか? いくつか論文をリサーチしてみたんですけど、科学的にも謎すぎて、よくわかっていない模様。毒の大半は高濃度塩分によって水分とともに外に出ていってしまうらしいんですけど、それでも残った毒がどのように発酵して無毒化されていくかは解明されていません。ちなみにこのフグの卵巣糠漬けを製造することができるのは、認可を受けた石川県内のメーカーのみ。自宅で手づくりは厳禁!
まさに発酵中の塩漬けしたフグの卵巣の紫色のプールに、顔を近づけて鼻をクンクンしてると、ギャラクシーなまでに複雑怪奇な香りと虹色の泡がプクプク立ち上ってきております。おそらく、数十億年前の地球で起きていたような雑多な微生物群のケミストリーが繰り広げられているのではないかと推測されます。
専門家が言うのもなんですけど、発酵の仕組みは複雑すぎて、科学がぜんっぜん追いつけないんだよ!
フグの卵巣糠漬けは、強烈なしょっぱさと発酵臭と旨味が三位一体となって押し寄せてくる、パンチのある風味。お酒好きな人は、ぜひ石川の地酒を燗つけにして楽しんでほしい。
「あら与」に併設された「カフェあら与」ではお茶漬けにして食べられるんですけど、おいしすぎて8秒くらいで完食しました。
酒の肴でチビチビとつまみ、〆にお茶漬けをかきこむ。これこそフグの卵巣糠漬けの王道であり石川の発酵文化の粋……!
本来なら食べられないはずの食材を、発酵の力で激旨フードに変容させる。発酵こそ食いしん坊の叡智の結晶であり、もったいない精神の至高のカタチ……! 素晴らしい文化を継承してくれて、感謝の気持ちしかない。
微生物たちよ、素敵な出会いをありがとう……!
素朴な味の大根寿しは女子の味方⁉
さあ、次にご紹介するのは大根寿し。金沢駅からタクシーで15分ほどの場所にある「かぶら寿し本舗かばた」で代表の加葉田恵子さんにお話を伺いました。かぶら寿しや大根寿しの妖精のような、ラブリーでお肌ピカピカのお姉さんです。
見学したのは製造現場でしたが、店舗では大根寿しや金沢名物かぶら寿しをゲットすることができます。通販もありますよ!
大根寿しは大根に身欠きニシンを挟み込んだものを、たっぷり米麹(とアクセントで昆布や唐辛子なども使う)で漬け込んでいくという、発酵デザイナー的には「これぞ北陸スタイル~!」と日本海に向かって全力でシャウトしたくなる熟れ寿司(なれずし/魚の漬物)の一種です。
石川の熟れ寿司といえばかぶら寿しなんですが、あいにく僕が訪れた時は、まだシーズン前。そのかわり、ハレの日の高級熟れ寿司であるかぶら寿し(※)ではなく、日常の食卓で愛されるケの日のカジュアル熟れ寿司である大根寿しの仕込みに立ち会うことができました。やっほー!
※かぶら寿しに使うブリやかぶらは、かつては貴重な高級食材。対して大根寿しに使う大根や身欠きにしんは、庶民でも手に入れやすい食材でした。
大根寿しの発酵プロセスは、こんな感じ。
特筆すべきは、滋賀の熟れ寿司などと違って「塩を入れない」というところ。米麹の味が効いた、甘酸っぱくて人懐っこい味に仕上がります。
塩を入れないと雑菌が入ってきてしまうのですが、大根寿しの場合はヨーグルトなどでおなじみの乳酸菌が漬床の中を酸性状態にすることで、「しょっぱさ」ではなく「酸っぱさ」で雑菌をブロックするのですね。
だいたい数日で乳酸発酵は終わり、そのあと数週間かけて熟成させ、味を調えていきます。
大根寿しは、ご飯のおとも、お茶請けに最&高!(←サイアンドコーと読みます)
フグの卵巣糠漬けはお酒好きのおじさまに良さそうですが、大根寿しは働き者のおばちゃんたちの朝食やおやつとして食べられていたのでしょう。
ちなみに栄養価的に見てみるとだな……。大根寿しは腸の活動を整える乳酸菌の作用や、麹由来のペプチドやアミノ酸、ビタミンB類などがたっぷり入っているのでお肌にも良く、つまりは便秘にもスキンケアにも効く女子の味方! な発酵食品といえそうです。
1日目はこれで終了。金沢駅前のホテルに宿泊し、明日はいざ能登へ!
プリミティブにも程がある魚醤、いしり!
2日目は珠洲(すず)・能登エリアへ。電車が通っていないので、金沢駅から車で2時間ほどかけて移動します。
のと里山海道を通り、穴水で降りて30分ほど。目指すは能登町の民宿&レストラン「ふらっと」。ここでは、いしりを使った料理を楽しめます。事前予約すれば、ランチ・ディナーのコースを堪能することができます。郷土食品を使用したイタリアンで、いしりの可能性を知りたい方はぜひどうぞ。
能登エリアならではの発酵食が「いしり」。
いしりとは、魚介を漬けて醸(かも)す醤油「魚醤」の一種。日本の醤油は大豆と小麦を主体とした穀物で醸すのが一般的ですが、実は東アジア的な文脈で見てみると、魚介で醸す魚醤はメジャーな調味料。タイのナンプラーやニョクマムも、いしりの仲間なのです。
いしりの主な原料は、イカの内臓や、イワシ・サバの身など。特にイカの内臓でつくるいしりは石川・能登に特徴的で、ほかの土地ではほとんどお目にかかれない、激レア魚醤なのだぜ。
(なお、イカで醸す魚醤をいし「り」、イワシやサバで醸す魚醤をいし「る」と呼び分けることもあるそう)
いしりの発酵プロセスは、こんな感じ(せっかくなので、激レアなイカの内臓いしりを取り上げます)。「ふらっと」の船下智香子さんは、昔ながらの製法を守る、いしりのスペシャリスト。教えてもらったこの醸造法、正直言ってプリミティブすぎる……!
ざっくり言えば……
イカの内臓を塩に漬け込み、撹拌したら1~3年ほったらかす。以上!
一般の醤油のように水も麹も使わず、魚介の水分と塩だけで醤油ができます。空気中や魚介にすむ発酵菌たちが時間をかけてタンパク質を分解し、激烈な旨味を構成するアミノ酸をつくりだし、同時にかぐわしい香りをつくりだします。いしりの風味の特徴は、問答無用で食欲をかき立てるワイルドな香りと、ひと口ペロリと舐めたら舌先を支配してしまう濃厚すぎる味。穀物由来の醤油が「澄んだ風味」に向かうのに対し、いしりはひたすらに野性的で官能的……!
いしりは鍋の調味料として使うのが郷土食の定番ですが、魚焼きに使ったり、パスタのソースに使ったりと、地元の食卓のスタンダードとして大活躍しています。
ということで。
とっても情熱的で愉快な醸造家とおいしい発酵食品に出会えた石川の旅、最&高でした。帰りはバスで能登から金沢駅へ。駅でフグの卵巣糠漬けや大根寿しに合いそうな「手取川」「菊姫」などの石川の地酒をゲットし、長野経由で山梨へ帰りました。
皆さまも石川に遊びに行くときは「発酵」に注目!
フグの卵巣糠漬け、大根寿し、いしり…石川の発酵グルメを巡る旅は旅するメディア びゅうたびで公開された投稿です。
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