熱海のおすすめ純喫茶とレトロな温泉街の味わい方
何の前触れもなく「旅に出たい!」と思うことはありませんか? そんな時、着の身着のまま思いついた電車に飛び乗れたらよいのですが、なかなかそうはいかないもの。次の長い休みを待つのももどかしい時は、たとえ一泊二日だとしても、普段暮らす街から少し離れるだけで気分転換になるものです。
唐突に飛び出したくなった時に思いつくのは、いつも鎌倉と熱海でした。鎌倉は日帰りでも充分楽しむことができるので、今回はもう少し足を延ばして熱海へ。私なりの熱海の楽しみ方を、ご紹介させていただきます。
熱海の個性的な街並みを散策
熱海は静岡県にあるため、都内からだと一見遠いように思えますが、東海道新幹線を使用するとJR東京駅からたった45分ほど。座って落ち着いた頃、うとうとする間もなく到着します。
かつて、企業の社員旅行や団体旅行でにぎわった面影には及ばずとも、昨今の熱海人気は盛り返し、駅前には旅が始まる期待にあふれた、たくさんの方の笑顔を見ることができます。
熱海の魅力は、海があって山がある地形、おいしい食べ物、そして温泉。人によって目的が違っても楽しめるところが素晴らしいのですが、私の目的はいつも、純喫茶巡りと散策です。
駅前は最新のビルに生まれ変わりましたが、少し歩くとまだ昔の状態のまま残っている道や建物が多く、見どころにあふれているのです。
例えば、看板。どこかで見たことのあるような統一されたデザインではなく、その店舗にしかない個性を見つける楽しさ。次に、建物。きれいで整ったビルもよいですが、さまざまな素材でつくられた時代ごとの造形の興味深さ。路地裏で見つけた猫のあとをしばらくつけてみる遊びなど、日常とは違うことをしてみるのも楽しい時間です。
そうこうしているうちに数時間経過していることはざらで、なかなか前に進まない旅の常。駅前の仲見世名店街では熱々のまんじゅうを食べたり、軒を連ねる土産物店で誰かへの贈り物を買ったり。
アーケードを抜けてからも予定を決めずにのんびり歩いていると、急に差し掛かる坂道。右にも左にも気になるお店がたくさんありますが、交通量も多いので、安全にはどうぞお気をつけて。海が見えるスポットにくると「熱海にやってきたなあ」と実感します。その先には飲食店も多い「熱海銀座」。近隣には「ボンネット」「パインツリー」「でんえん」などの純喫茶のほか、行列ができる洋食店「スコット」なども。
ジャズを“体で聴く”喫茶店
気の向くまま歩いているうちに、あっという間に午後になったので、まずは1軒目の純喫茶へ。
花街の面影を感じることのできる艶めかしい建物がまだ残る中央町の「ジャズ喫茶 ゆしま」。インパクトのある黄色いドアが目印です。
1952年に純喫茶として営業を始め、1966年よりジャズ喫茶になり、現在65年目。「ゆしま」という店名は、店主である土屋行子さんが、かつて東京都の湯島で暮らしていたことから名付けられたそう。熱海に来たのは疎開のためだったとか。
先ほど気になったドアは、よく見ると顔がデザインされています。これは店主の息子さんが制作したとのこと。
純喫茶に寄ると、その有無が気になってしまうマッチ。創業時から今に至るまで7種類作成されましたが、熱海の名物である貫一とお宮像のイラストを使用したマッチを最後に、現在は残念ながら配布されていません。
土屋さんは、ご兄弟の影響で、小学生のころからジャズが好きだったという筋金入り。店内にあるCDとLPの枚数は約3500枚と圧倒される数で、心地よい音を響かせるスピーカーは、ジャズ用スピーカーの最高峰とされ 、高級なコンサートホールでも使用される「JBL」のスピーカーを愛用。この環境を求めて、国内外問わず、多くの著名なジャズ奏者が音楽を楽しみにやってくるそうです。
「ジャズは耳で聴くのではなく、体で聴くものだよ。ヘッドフォンで聴くとどれも良いように聴こえてしまい、きちんとした音がわからない」と教えてくれました。
壁には今までの歴史の積み重ねでもある、土屋さんが訪れたコンサートの色褪せたチケットがずらり。見る人が見たら驚くような、レアなチケットも。
とてもお元気でお若く見える土屋さんは、なんと96歳! 近くで見ても肌艶が良く、その秘密を聞くと「熱海の水がいいのかしらね。熱海では飲料水を買う人があまりいないほど、水道水がおいしいの」と教えてくださいました。
今までに息子さんと40回以上も海外旅行に出掛けて購入したお土産が、店内の至るところに飾られています。長く営業していると、こちらに通っていた方がお子さんを連れてきたり、常連のお子さんがまた通ってくれたりと、うれしい再会がたくさんあるそうです。
「また来てね」と何度も手を握って扉の外まで見送ってくださったお2人に、皆がまた会いたくなってしまう気持ちがよくわかるのでした。
名残惜しさはありますが、息子さんが「朝一番の楽しみ」と教えてくれた海岸沿いの散策を真似て楽しむために、この日は駅近くのホテルに宿泊。
マスターとの一期一会を楽しむ
翌日は、かつて「日本のハワイ」と呼ばれたという、背の高いヤシの木々が並ぶ海岸沿いを散策。目当ての純喫茶「木の実」へ。マスターの岡田実さんと奥さまが出迎えてくれた店内は、アットホームな雰囲気です。
店名は、当時まだ幼かったマスターのお嬢さんが食べていた菓子の商品名からヒントを得たのだとか。現在は、飲み物とトースト類のみ(たまごトースト、ハムトースト)の提供となりますが、1978年に建て直す前は食堂だったとのことです。
お話を伺ってとても驚いたのが、マスターの岡田実さんは、熱海で篤く信仰されている來宮(きのみや)神社の総代という顔もお持ちだったことです。熱海には、42歳の本厄となった男性が厄除けのために來宮神社の神輿を担ぐ、御鳳輦(ごほうれん)と呼ばれる行事があり、それを取りまとめる世話人として長い間従事されているそうです。
熱海生まれ熱海育ちの実さんは、若いころは東京のキャバレーで働いていましたが、ご両親が亡くなったことをきっかけに熱海に戻ってきたそうです。その当時銀座にあって出勤前に通っていた名店を参考にして、木の実は作られたそうです。
「昔はこの近くにも芸者さんが数千人いたけれど、今は100人くらいに減ってしまった。少し寂しくはなったけど、とてもいい街だよ。家から見える冬の花火もきれいなんです(熱海海上花火大会の年内開催日は、12/10、12/17)。一度はぜひ見においで」と「一期一会」を大事にしているという岡田夫妻は、初対面の私にも温かい言葉を掛けてくださいました。
実さんからは、また「日帰りで行ける初島も、夏ならばおすすめ」と、地元の方ならではの旅のプランも。島歩きが好きな私は、来年の夏にまた必ず訪れたいと思いながら、コーヒーを飲み干すのでした。
帰り際、もう配布していないという、素敵なデザインのマッチをいただきました。
海沿いの喫茶店で夕暮れを眺める
東京に帰る前にもう1軒、と海沿いを歩きながら向かったのは「サンバード」。もうすぐ夕暮れ色に染まる海を背後に店を目指していたら、目印となる真っ赤なひさしの下の大きなガラス窓の向こう側から、こちらに手を振ってくれている人たちが。いつも温かく迎えてくださる内田さん一家でした。
もともとは旅館を営んでいたそうですが、1968年ごろから純喫茶として営業。朝は8時から夜は19時までと熱海にしては遅めの営業時間が、とてもありがたいのです。
長い間、内田さんご夫婦が店を守り続けてきましたが、2015年6月より、明るく朗らかなお嬢さんであるあやのさんも、お店に立っています。
「できるだけ長く続けていきたい」というあやのさんの言葉が、とても頼もしいのです。
年に一度訪れる人もいれば、毎日やってくる人も。「ここに来るとゆっくりできて、ほっとする」などという言葉を聞いた時はとてもうれしいと、3人とも笑顔で話してくれました。
コーヒーのほか、こんがり焼けた表面とふわふわの卵焼きが絶妙なタマゴトースト、思わずうれしくなってしまう飾りつけのプリン、グラスの形も美しいクリームソーダを注文。
店名を「サンバード」と名付けた意味ははっきりとしていないそうですが、マスターの内田さんは「太陽鳥(サンバード)」と呼ばれる鳥がアフリカや南アジアに実際にいるとわかり、わくわくしていると言います。
毎年、7/15・16に開催される「熱海こがし祭り」がよく見える一等地にあるため、地元の人たちの予約が1年前から殺到するほど。
こちらもマッチや看板のデザインが秀逸で、訪れたデザイン専門学校の教師が教材用に持ち帰って、授業に使用したこともあるそうです。
こんなふうに純喫茶ばかりをめぐってしまう私のいつもの熱海旅。純喫茶ではもちろん、それ以外に訪れた飲食店や土産屋など、どこでも熱海の人たちはやさしいのでした。
それは観光地ゆえの愛想の良さというよりも、そこで暮らす人たちが何よりも熱海という土地を愛しているからかもしれません。
そんな温かい街へ、ひとときの休息に。次の休みは、熱海にお出掛けしてみては?
熱海のおすすめ純喫茶とレトロな温泉街の味わい方は旅するメディア びゅうたびで公開された投稿です。
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