取り残される前に「自ら」仕掛ける――ドラッカーに学ぶ働き方
『プロフェッショナルサラリーマン(プレジデント社、小学館文庫)』や『トップ1%の人だけが知っている「お金の真実」(日本経済新聞出版社)』等のベストセラー著者である俣野成敏さんに、P・F・ドラッカーの名言を解説いただくコーナー。第14回の今回は、「市場における第一人者」についてです。
【P・F・ドラッカーについて】
ピーター・F・ドラッカー(1909〜2005)は、オーストリア出身の著名な経営学者。激動のヨーロッパで古い価値観・社会が崩壊していくのを目撃。ユダヤ人の血を引いていたドラッカーはナチスの台頭に危険を感じて渡米、ニューヨーク大学の教授などを経て、執筆と教育、コンサルティング活動等に従事する。
ドラッカーが深い関心を寄せていたのは、社会において企業が果たす役割についてであり、生涯にわたって、組織内で人をよりよく活かす方法について研究、思考し続けた。「マネジメントの父」と呼ばれ、GE社のジャック・ウェルチ氏やP&G社のアラン・ラフリー氏など、ドラッカーを師と仰ぐ世界的な経営者は数多い。
こんにちは。俣野成敏です。
著名な経営学者であるP・F・ドラッカー氏の言葉に「私なりの解釈を付けて読み解いていく」というこのコーナー。
世界中に支持者を持つ一方で、難解と言われることも多いドラッカー氏ですが、残された著書を紐解くことによって、長年にわたり世界的企業の第一線で指導を続けた氏の真髄に触れることができます。これを機会にぜひ氏に親しんでいただき、氏の英知をご自身の仕事に取り入れていただくきっかけとなりましたら幸いです。
本日は、下記の名言について解説いたします。
【本日の名言】
「デュポン社は、早くからこのことを理解していた。イノベーションを成功させたとき、独占的供給者の地位を維持するのは、開発コストを回収するところまでである。その後は、特許の使用権を与えて競争相手をつくる。その結果、多くの企業が市場や用途への開発を始める。(中略)市場において目指すべき地位は、最大ではなく最適である」
(P・F・ドラッカー『マネジメント』)
企業は常に開発競争に追われ、市場で熾烈な争いを繰り広げています。会社が市場である程度のシェアを獲得していなければ、そのビジネスを続けるのは難しい、とドラッカー氏は言います。
しかし同時に、氏は「それを越えると賢明とはいえなくなる市場シェアの上限というものがある。市場を支配すると居眠りに襲われる」とも言っています。つまりシェアが大きすぎると慢心する原因となり、小さすぎると広げる力がなくなる、ということです。
先に投資・開発を行い、その後「市場を解放する」
ドラッカー氏は今回の名言に関して、ナイロンの事例を挙げています。ナイロンはアメリカのデュポン社が1935年に発明した世界初の合成繊維です。同社は1940年にナイロンストッキングを発売しています。
東洋レーヨン(現・東レ)は1951年、頭金10億8000万円と売り上げの3%のロイヤルティという高額なライセンス料を支払って、デュポン社から特許使用権を得ました。当時、東洋レーヨンの資本金は7億5000万円であり、資本金以上の金額を支払ったことになります。しかし、これによって東洋レーヨンはナイロンの日本市場を数年の間、独占。他社が入れなかった間に同社はノウハウを蓄積しました。
実は、東レが取ったこのビジネス戦略も、基本はデュポンと同じものでした。つまり最初に巨額の投資を行って権利を獲得。他社の参入が許可された時には技術をものにし、すでに初期費用も回収していました。
現在、ナイロンは洋服から自動車用部品、釣り糸など、さまざまな用途に使用されています。しかしドラッカー氏は「いわばデュポン後援ともいうべき競争がなければ、市場の成長はかなり小規模なものにとどまっていたはずである」と述べています。
トップに立った後に市場から消えた商品
企業にとって、市場の独占はある意味、夢と言えるのかもしれません。少なくとも、トップシェア争いに参加している企業にとって、「占有率1位」は具体的目標であるでしょう。しかしユーザーの好みが多様化している昨今において、それは簡単なことではありません。中には大きなシェアを取りながら、数年で消えてしまった商品もあります。
最近の例でいうと、ゲームメーカー大手の任天堂が発売した、ゲーム機のWii(ウィー)が挙げられます。同社はこのゲーム機によって、一時は家庭用ゲーム機の販売台数のトップに立ちました。
Wiiとは、任天堂が2006年に発売した家庭用ゲーム機です。それまでのゲーム機のコントローラーは、レバーを操作するタイプのものでした。対するWiiは縦長リモコンタイプのコントローラーを採用し、それ自体を直接動かすことによってゲームの操作ができるという、画期的なゲーム機でした。
優れた商品を開発しても、企業は単独では存在できない
Wiiは操作性のわかりやすさから、通常のゲームユーザー以外の一般ユーザーの心をもつかみ、合計で1億台以上もの販売台数を誇りました。ところが、Wiiは導入当初こそよく売れたものの、マニアにとっては他社製品に比べて解像度が低く、次世代ゲームに合わせた機能を搭載していないという目で見られ、それ以外の一般の消費者からはスマホのゲームアプリで十分だとみなされたことから、徐々にシェアを落としていきました。
その傾向は、後継機の Wii U(ウィーユー)にも引き継がれました。このゲーム機でも、任天堂はゲームパッドという液晶画面付きの独自のコントローラーを採用。他社との違いを鮮明に打ち出したものの、それがかえって仇となってしまいます。
他社のゲーム機が1画面だけだったのに対して、2画面を使用するWii Uは、ソフトの開発に手間がかかりました。もともとゲームソフトを開発するメーカー各社は、開発した1本のゲームソフトを各ハード会社に供給していたため、ソフトに改良が必要なWii Uは開発費用を回収しにくいゲーム機とみなされたのです。
任天堂は、あまりにも独自色を打ち出しすぎたために、汎用性を欠き、周辺メーカーから敬遠された結果、ユーザーの支持をも失ってしまいました。これも「企業は単独では存在しえない」という一例なのではないでしょうか。2016年11月、任天堂はWii Uの生産終了を発表。現在は、代わってNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)を市場に投入し、巻き返しを図っています。
新規開発に伴うメリットとデメリット
ドラッカー氏は、市場を独占した場合、企業は「世論の反発よりも自己満足によって頓挫する」と言っています。氏の言葉を引用してみましょう。
「独占的な供給者の業績は、力ある競争相手がいる場合よりも劣ることが多い。…供給者が複数のとき、一社では想像もできない市場や用途が発見され、開発される」
(『マネジメント』)
市場を先導していくためには、開発が欠かせません。けれど、これまでにない商品の開発に資金を投じることは、企業にとってはある意味、賭けです。だから発売されている商品の多くは、今あるものを改良しただけの場合がほとんどです。まったく新しいものを一から開発するよりは、その方がお金もかからず簡単だからです。
長年、自動車業界のトップに君臨していたトヨタは本来、そこまでの賭けに出なくても良い立場にいました。そのトヨタが世界初の量産ハイブリッドカー・プリウスを発売したのは、1997年のことでした。
当然ながら、それまで市場のなかったプリウスは、売れない可能性もありました。経営陣もそれは想定していたでしょう。売れなかった場合のことも考えた末に、それでも先に開発すれば、それだけ技術を蓄積できることや、メディアに先駆者として取り上げられることの宣伝効果、何よりユーザーへのアピールになると判断したものと考えられます。その後、1999年には本田が、2000年には日産がハイブリッドカーを発売しています。
ビジネスパーソンは「常に果敢であれ」
私は、トヨタが目指していたのは、市場の第一人者だったのではないかと考えています。第一人者とは、「その分野でもっとも優れている」と認められることを言います。市場の第一人者であり続けるためには、先駆者を目指すことが必要です。市場にいる以上、自分たちから仕掛けていかない限り、誰かに仕掛けられることになります。会社が先駆者であるためには、まずはそこで働く人たちが、先駆者とならなければなりません。
ドラッカー氏が、私たちに言いたかったのは、「常に果敢であれ」ということなのだと思います。人が独占や1位を狙う時、そこには「トップに上り詰めたい」という思いとともに、「首位になって安心したい」「ゆっくりしたい」という気持ちがどこかにあるのではないでしょうか。
市場にいながら「守りに入る」ということは、自分自身の成長を止めてしまうことに他なりません。そうではなくて、自分から果敢に仕掛けていくこと。自らが台風の目となれば、もう後ろに迫るライバルの足音も怖くはないのです。
俣野成敏(またの・なるとし)
大学卒業後、シチズン時計(株)入社。リストラと同時に公募された社内ベンチャー制度で一念発起。31歳でアウトレット流通を社内起業。年商14億円企業に育てる。33歳でグループ約130社の現役最年少の役員に抜擢され、さらに40歳で本社召還、史上最年少の上級顧問に就任。『プロフェッショナルサラリーマン』(プレジデント社)と『一流の人はなぜそこまで、◯◯にこだわるのか?』(クロスメディア・パブリッシング)のシリーズが共に12万部を超えるベストセラーに。近著では『トップ1%の人だけが知っている「お金の真実」』が11刷となっている。著作累計は34万部超。2012年に独立後は、ビジネスオーナーや投資家としての活動の傍ら、私塾『プロ研』を創設。マネースクール等を主宰する。メディア掲載実績多数。『ZUU online』『MONEY VOICE』『リクナビNEXTジャーナル』等のオンラインメディアにも寄稿している。『まぐまぐ大賞2016』で1位(MONEY VOICE賞)を受賞。一般社団法人日本IFP協会金融教育顧問。
俣野成敏 公式サイト
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