「鏡を見るたびそっくりだと思っていたけど、まさか…」リークしたのは誰だ?突然告げられた出生の秘密……苦悩する14歳の若き帝 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
母の四十九日すぎに突然告げられた出生の秘密
藤壺の宮の四十九日も過ぎ、14歳の冷泉帝はここへ来て落ち込んだ日々を送っていました。葬儀や法要のバタバタが落ち着いた後、かえって悲しみが増してくる経験は、思い当たる人も多いのではないでしょうか。
その頃、帝のそばには1人の僧都(そうず)が仕えていました。歳は70歳くらい、藤壺の宮の母后の代から冷泉帝まで、親子3代に仕えている名僧です。宮はこの人を非常に信頼していたので、息子の帝も幼い頃からよく知っていて、即位後は大きな祈祷を任せたりしていました。冷泉帝にとっては爺やのような僧都です。
僧都は修行のため、山ごもりをしていたのですが、宮の死をきっかけに下山。源氏のすすめもあって、帝の側で夜のお祈りを勤める僧(夜居の僧)としてお側に付き添っていました。
ある日の静かな明け方、帝と僧都がふたりきりの時でした。僧都は咳き込みながら昔話のついでのように「まことに申し上げにくく、申し上げるとかえって罪に値することかとためらわれるのですが、陛下がご存知ないとますます大きな罪にあたると思われます。もしお知らせせずに私の命がつきましたなら、陛下からも仏様からもお咎めを蒙るかと……」。
言いかけて黙りこくる僧都。何が言いたいんだかサッパリわからない。帝も(何か不満があるのだろうか。聖職者というのは思いの外、欲が強くて嫉妬深いと聞いているが……)。14歳にしては老成している冷泉帝、思考もなかなか大人っぽいですね。
問いただす帝に僧都は、これは過去と未来に関わる重大な事だが、話すと桐壺院・藤壺の宮・源氏の大臣のために良くないのではと危ぶまれ、今までためらっていたと前置きします。
「宮さまが陛下をご懐妊された時、深刻なお悩みを抱えておられ、私へご祈祷を命じられました。さらに、思いがけず源氏の君が須磨で隠棲なさった時も、宮さまは大変ご心配なさって重ねてご祈祷を命じられたのです。
源氏の君はこの件を聞いて事情を理解され、同様のご祈祷を仰せつけになりました。そしてそれは、陛下が御即位なさるまで続いたのです。その内容は……」
僧都は、帝の出生の秘密をすっかり話してしまいました。あーあ。歴史がひっくり返るようなことなのに…。衝撃の告白に、さまざまな感情が入り乱れ、絶句する14歳の少年。僧都はお返事がいただけないので(やはりご不快に思われたのだろうか)と、なにも言わずにそっと部屋を出ていこうとしました。
帝はようやっと「お待ちなさい。知らずに生きていたら、来世まで罪を負わねばならぬところだった。今の今まで言ってくれなかったのが恨めしい。この事を他に知る者はあるだろうか」。
「いいえ、私と王命婦以外にはおりませぬ。だからこそ怖ろしいのです。天変地異が起こり、不穏な世の中であるのはこのためです。陛下がご成長され、分別がおつきになられた今、天が警告を発しています。何の罪かをご存知ないのが最も怖ろしい事と、思い切ってお話した次第です」。僧都は泣く泣く話すだけ話し、朝が来たので退出していきました。
衝撃の事実に打ちのめされ、突然引きこもる帝
帝は僧都の話から立ち直れません。今まで何の疑いももっていなかったのに、ある日突然「あなたの本当の親は別人だよ」と言われたら誰でもショックだと思いますが、思春期真っ盛りの多感な時期、この事実を聞くのは相当キツイはずです。
おまけに天変地異はそのせいだとか言われてしまい、帝は若い心に苦悩します。彼には何の責任もないのですが…。今まで父と思ってきた桐壺院にも申し訳ないし、実父の源氏が自分の臣下であるのもどうすればいいのか。あれこれ悶々とするうち、日も高くなってしまいました。
ついに「陛下が御寝所からお出ましにならない」と源氏の所に報告が。何事かと驚いて参上すると、陛下は(ああ、この人が本当のお父さんなんだ…)と、ボロボロっと涙をこぼします。大人びた考えをしたかと思えば、溢れる気持ちを抑えきれない。ああ14歳。
事情を知らない源氏は(きっと母君が恋しくて、ずっと泣いていらしたのだろう)と解釈。そのまま付き添います。その日は桃園式部卿宮(桐壺院の弟・朝顔の姫君の父)の訃報が届き、宮中は慌ただしい様子でした。
立て続く死に、帝は「この世の終わりが来たのではないだろうか。私はとても不安だし、世の中も安定しない。母上にご心配をかけると遠慮していたが、いっそ退位してしまいたい」。源氏が実の父と知って甘えもあるのか、挫ける心をむき出しにします。
「あるまじきお考えです。賢帝の御代でも、天変地異や国の乱れがあったことはございます。日本でも他国でもそうなのです。ましてや、桃園式部卿宮はもうご高齢でしたから、残念ですが他界されるのは自然なことなのですよ」。
源氏は帝の譲位を押しとどめようとします。何のためって、自分も宮も、この子を帝位につけることだけを望んで頑張ってきたんだから!ちょっと天変地異が多かったくらいで辞めてもらっちゃ困るよ!というのが本音でしょう。
以前、朱雀帝が天変地異と悪夢に怯えて眼病を患った時、母の太后が「そんなことは気のせい」と叱り飛ばしたシーンと少し似ています。朱雀院は立派な大人でしたが、14歳で帝で、天変地異や世の乱れが自分のせいかもと思ったら悩むだろうし、自分を責めるのも仕方ない気もします。
未だに黒っぽい装いで喪に服している源氏の顔は、本当に帝に瓜二つです。(前から鏡を見るたびに似ていると思っていたが、それも当然のことだったのだ。もう父も母も亡くなったものだと思っていたが、私の本当の父上がここに…)。僧都の話を聞いてしみじみと源氏の顔を見入る帝。どうにかして一言「本当の父上なんでしょう」と言ってみたいのですが、やはり照れくさくて言えません。お父さんって呼んでみたいだろうなあ。
こうして、いつもよりも親しみを込めた様子で話しかけ、時にはかしこまった態度すら見せる帝。カンのいい源氏は帝の変化を妙に思うのですが、まさか出生の秘密を知られたとは夢にも思いません。
「どうしても譲位を」息子の苦慮と父の困惑
源氏に止められたものの、帝は譲位を諦めてはいませんでした。臣下の子が帝位についているという矛盾。歴史上にそのような例があるかどうか、帝は国内外の歴史書を研究しました。
中国では公式・非公式問わず入り乱れた例が多くありましたが、日本の歴史書にはそれらしいものが見つからない。たとえそんな事実があっても、正史に書き残されることがあるわけがない。その代わり、皇子が臣籍降下して源氏大臣になり、そこから皇籍に復帰して即位した例はいくつかありました。「これを参考に、源氏を次の太政大臣に指名しよう。そして譲位のことをそれとなく言ってみよう」。
話を聞いた源氏は恐縮し「父院は私を特別に可愛がって下さいましたが、皇太子にだけはなさいませんでした。そのご意志に背いてどうして皇位を継げましょう。今まで通り臣下としてお仕えし、もう少し歳を取ったら引退して、出家でもしようかと思います」と、固辞。
結局、太政大臣は空席のまま、源氏は官位のみがワンランク昇格、建礼門(内裏の一番外側にある最も格式の高い門)まで牛車で来ても良い特別許可を与えられました。帝はこれでもまだご不満で、源氏に皇籍に戻れ戻れと繰り返します。帝のなんとかしたい思いが空回り。
源氏は若い頃から心の奥に”本当は帝になりたい願望”をくすぶらせ続けていますが、皇子(親王)は政治に関与できないというルールがあります。義父の左大臣(太政大臣)が死んだ今、源氏まで政治を離れてしまうと、帝の補佐役が誰もいなくなってしまう。源氏のライバル、頭の中将はまだ大臣ではありません。(彼がもう少し重要ポストについたら、後を任せて静かに暮らすのもいいな…)とも思います。
「リークしたのは誰だ!?」不審に思った源氏の聞き込み
とにもかくにも、帝があんなに苦悩しているのは見ていて胸が痛い。急に態度を変えられたのは絶対にあの秘密を知ってしまったからだろう。源氏はリーク元を突き止めようと、王命婦の所へ行き「陛下の様子がおかしい。もしやあの秘密をお耳に入れたのではないか?」
王命婦はびっくりして「万が一にもございません。宮さまは、陛下が秘密をご存知になるのを大変恐れておいででした。一方で、ご存知にならないことで、陛下が仏さまから罰を受けられるのではと心配しておられるご様子でした…」。残念、犯人は命婦ではなく僧都です!
帝も王命婦には詳細を聞きたいと思っているのですが(母上があれほど隠し通そうとしたことを、自分が知ったとは思われたくない)と聞かずにいました。内容が内容だけに、帝だって実の両親がこの秘密に苦しみ、隠してきたかは重々承知なのです。
そのあたりの空気が読めない僧都の告白により、苦悩するハメになった冷泉帝。しかし源氏には秘密を漏らした真犯人が誰かはわからずじまい。そして結局、命婦と宮の思い出話に涙する…というオチで終わります。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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