「重要部署では抜擢されない」現実…人事のプロが分析する女性活躍推進の「現状と行方」

年間300~500社もの企業の人事部、人材開発部門に取材を行い、企業の人材採用や人材開発についての現状に詳しいHRエグゼクティブコンソーシアム代表の楠田祐氏。

氏は2014年に、ワーキングマザーの就労環境の整備不十分などを理由に、「女性の活躍推進の流れに黄信号が点っている」と警鐘を鳴らしたが、さまざまな企業取材を通して、女性管理職登用に関する新たな問題点が見えてきたという。どんな問題点なのか、そしてどう改善していくべきなのか、詳しく伺った。

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楠田 祐氏

HRエグゼクティブコンソーシアム 代表

大手エレクトロニクス関連企業など3社を経験した後に、人材開発・育成を手掛けるベンチャーを立ち上げ社長業を10年経験。中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)客員教授を7年経験した後、2017年4月よりHRエグゼクティブコンソーシアム代表に就任。2009年より年間500社の人事部門を6年連続訪問、現在も年300社ペースで取材を行い、人事部門の役割と人事の人たちのキャリアについて研究。多数の企業で顧問を担うほか、年間50回以上のセミナーに登壇する。『破壊と創造の人事』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など人事に関する著書多数。企業が抱える人事的な課題を歌うシンガーソングライターとしても活動している。http://www.ks-hr-label.com/

女性管理職は増えてはいるが、業績の根幹を担う「重要部署」にはいない

2016年4月に女性活躍推進法が施行されて1年が経ち、企業における女性役職者は確実に増えています。ただ、その「中身」を詳しく見ると、「女性の活躍推進はまだまだこれからだ」と感じます。

先日、大手企業10社の女性管理職を集めてワークショップを行ったのですが、参加した10名全員が、「確かに女性管理職は増えてはいるが、人事や総務といったバックオフィス系部門での登用が多く、『企業業績の根幹を担う部署』の管理職に抜擢されるのは男性ばかり」との実感を持っていました。例えば、ある組み立てメーカーの女性管理職は、「社内の花形部署であり事業の根幹にあたる『設計部門』の責任者は男性ばかり。工学部出身の優秀な女性研究者、女性技術者が多数活躍しているにもかかわらず、女性が抜擢される兆しもない」とこぼしていました。

この現象は、「女性差別」というよりも、女性「区別」の傾向が色濃く残っているためだと思われます。

「区別」とは、女性社員への「必要以上の配慮」のこと。女性と男性とでは、体力にどうしても差があります。仕事と家庭、仕事と育児を両立している女性ならばなおさら、重責を任せるのは負担だろう…と考える企業は未だに多いのです。この考えが、「国にも言われているし、法整備もされたから女性役職者は増やすけれど、業績を左右するような重要な部署の役職者には登用しないでおこう」という結論につながっているのだと予想されます。

まだまだ企業トップが女性活躍推進に「本気」になっていない

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そもそも、こういう「区別」が未だに残っているのは、「企業のトップが女性活躍推進に本気になっていない」せいだと感じています。

今や、どの企業も「女性の活躍推進」を謳っています。そして多くの企業のトップが「うちは男女関係なく、有能な人にはどんどん仕事を任せ、役職者に抜擢する」と宣言しています。

一見、「男女平等を宣言する優良企業」に思えますが、これでは女性役職者は増えるはずはありません。“女性を”抜擢すると宣言しない限り、「男性ばかりが役職者に推薦される」からです。

女性の管理職登用に危機感を覚える男性社員は、実は少なくありません。自身が目指すポストが、女性によって一定量、奪われることになるからです。何とか自分のポストを押さえておきたいと考える男性社員が上司に働きかけ、「女性より男性のほうが使い勝手がいい」と考える男性上司側がそれに応える…という図式は、残念ながら今も一部の企業で見て取れます。

女性活躍推進に本気で取り組んでいる、ある保険会社では、女性社員を課長職以上に抜擢する際、全員に専務クラス以上のメンターをつけています。そして、仕事だけでなく役職者の心得を教え込み、常に寄り添って役職者ならではの悩み、不安に応えています。この取り組みを3年前から始め、現在ではイキイキ働く女性管理職が多数育っています。

本気で女性管理職を増やすなら、徹底した「女性優遇」が必要

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現状を変えるには、まずは企業のトップが考えを改め、「女性を抜擢する」と宣言し、重責であっても「まずは女性に任せてみる」ことが重要。任せてみないことには、本当に無理かどうかなんてわかりません。そして問題点が見つかったら、それを解消するにはどうすればいいのか、皆で考え、軌道修正していけばいいのです。さらに、執行役員以上のメンターを全員につけ、役職者のイロハを手取り足取り教え込むぐらいの配慮が必要だと考えます。もちろん、女性を対象とした役職者研修もさらに充実させるべきでしょう。

…このように提言すると、「女性ばかり優遇されている」と文句をつける男性中堅社員がいるのですが、優遇するのは当たり前です。なぜなら、多くの企業においては、男性社員は「男性」というだけで、入社以来ずっとゲタを履かされてきたのですから。早くから重要な仕事を任され、責任ある立場に抜擢され…と、暗黙のうちに役職者に必要な経験を積まされてきたはずです。そういう経験を経ていない、でも有能な女性中堅社員に役職者を任せようとするならば、同じぐらいのゲタを履かせないと不公平です。

女性の抜擢に本気で取り組む企業は、新入社員教育から男女分け隔てなく、役職者になるステップを踏ませています。ある企業では、入社3年目ぐらいまでにトレーニーとして1年程度の海外駐在を経験させています。女性社員にもこのような重責を任せるのは、結婚、出産を経験する前に、グローバルリーダーとしての素地を整えてほしいから。将来、出産によるブランクを経験しても、この素地があればすぐに業務をキャッチアップでき、最前線に戻れるとの考えからです。

「男性並みに働く」ことを強いては、女性管理職は増えるはずがない

一方で、制度面の見直しも大切です。女性管理職に対し、「男性管理職並みに働く」ことを強いているようでは、状況は変わらないからです。

あるIT企業では、役職者でも10時~16時の時短勤務ができるよう制度を見直しました。同社では実際、子育て中の女性役職者が活躍していますが、「上司が退社する16時までに上司の承認が必要な業務を済ませなければならない」ため、必然的にメンバーの業務効率化も進み、生産性向上につながったそうです。もちろん、女性だけでなく男性の育児休暇、時短勤務も推進しており、取得率も上がっているとのこと。

以上の取り組みを徹底すれば、状況は確実に変わります。①トップが本気になって、自らの言葉で「女性活躍推進」の方針を語る、②重要な役職であっても女性に任せてみる、③しっかりメンターをつける、研修を充実させるなど「女性にゲタを履かせる」、④女性が働きやすい制度を整える、をすべてクリアすれば、昇進、昇格に積極的ではない女性社員の気持ちも変わり、「上を目指そう」というモチベーションが生まれるはずです。

「自分の意見を、言うべきときに正しく言える」自分を目指そう

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女性活躍推進法では、「2020年までに女性管理職30%」との目標が掲げられています。これまでに述べたとおり、企業によって内容に差はあるものの、多くの企業がこの目標に向かって努力していることは事実であり、今後も女性管理職が増加することは間違いありません。

ぜひ若手女性社員の皆さんには、「自分の意見を言うべきときに、きちんと言える」ようになっていてほしいと願っています。

企業のリーダーには、感情に左右されず、自分の意見を正しく、冷静に伝えることが求められます。実際、私が取材等で出会った女性役職者は皆、状況を客観的に捉え、何をするべきかを考え、自身の意見として主張しています。グローバル化が進めば、なおさらこの傾向は強まるでしょう。

「自分の意見を持ち、きちんと伝える」には、「仕事の意味」について十分に理解することが大前提です。事業を取り巻く環境、今後の展望、その中での自身の役割…すべてを理解していないと「自分の意見」は持てないもの。勉強は必要ですが、深い理解に基づいた意見は必ずや上司の心に響き、より重要な仕事を任せてくれるようになります。新しい現場で鍛えられ、そしてまた新しい現場で…を繰り返すうちに、役職者の椅子が近づいているはずです。

それに、上司は「業務効率化」の推進などで手いっぱいです。いくら仕事を頑張っていても、会議中に黙って議事録だけを取っているようでは、能力に気づいてもらえません。「正しく意見を言える」スキルは、役職者を目指さずとも重要なスキルといえます。

「役職者」は責任ある役割ではありますが、メンバーのままでは見えない「景色」を見ることができます。経営者視点で物事が判断できますし、メンバーの力を集結すれば、自分一人では到底成し得なかった大きな成果を上げることもできます。

そもそも、労働人口が減少の一途にある中で、女性社員を抜擢しない会社に明日はありません。重責だからとしり込みすることなく、ぜひ多くの女性が「ごく自然に役職者を目指す世の中」になってほしいと心から願っています。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:刑部友康

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