取り壊しの儀式に700人 「建物のお別れ会」が描く終わりと始まり
規模は違えどどんな建物であっても、完成時は喜ばれ、注目される。「上棟式(じょうとうしき)」や「棟上式(むねあげしき)」といったお祝いの儀式もある。しかし月日が経ち、役割を終えた建物は、ひっそりと取り壊されるのが一般的だ。
建物にはどんな終わりと再生があるのか。2017年4月15日、埼玉県越谷市の朝日信用金庫研修所跡で開催された建物のお別れ会「棟下式(むねおろしき)」に参加し、建物の終わり方と、新しい街のあり方を探った。
分譲住宅地に生まれ変わる研修所跡
今回主催したのは、ポラスグループで分譲住宅事業を展開する中央グリーン開発(埼玉県越谷市)とねぶくろシネマ実行委員会。イベントは、15時~18時の「棟下式」と、18時30分~20時40分の「ねぶくろシネマ」の二部構成で開催された。
開催地は、越谷市南荻島の信用金庫の研修所跡地だ。東武伊勢崎線北越谷駅から徒歩10分強の元荒川沿いに位置し、春には川沿いに咲き乱れる桜を楽しむことができる。【画像1】元荒川沿いの桜並木(写真撮影/富谷瑠美)
研修所の建物と、グラウンドの敷地面積は約1万2400m2。この建物やグラウンドが取り壊され、新たに64戸の一戸建てと、公園や集会所からなる大規模分譲住宅地に生まれ変わる(2017年12月以降に売り出し予定)。【画像2】グラウンドにも桜が咲き乱れる(写真撮影/富谷瑠美)
「ねぶくろシネマ」はコンテンツ企画・制作会社のパッチワークス(東京・調布)が企画・運営する。河川敷やグラウンドなどの屋外にスクリーンを設置し、アウトドアを楽しみながら映画を鑑賞できるイベントだ。今回は研修所跡地のグラウンドの防球ネットに、大型スクリーンを吊り下げてスクリーンにし、父と息子の和解を描いたティム・バートン監督の映画「ビッグ・フィッシュ」を上映した。
ねぶくろシネマは今回で10回目の開催。集客力には定評があるが、ねぶくろシネマ実行委員会委員長の唐品知浩さんは「あくまで研修所を記憶に残すための、棟下式のコンテンツの一部」と言い切る。【画像3】 ねぶくろシネマ実行委員会委員長の唐品知浩さん(写真撮影/富谷瑠美)
建物の終わりにも、儀式があっていい
「建物が壊されるときにも、儀式があってもいいと思うんです」。そう語る唐品さん。不動産物件情報のサイト運営も手掛けており、今回の「棟下式」の発案者でもある。かねてから、建物の完成時は華々しく祝ってもらえるのに、取り壊される際には見向きもされないことに違和感があった。
「ずーっとやりたいこと。上棟式に対して『棟下ろし式』。古くなった家屋などを壊す際に、神主さんに祓い清めてもらった後に、周辺住民と参加者で使える部材をもって帰る式」。
唐品さんのそんなフェイスブックのつぶやきに、反応したのがポラスグループ・中央グリーン開発株式会社 CSV推進室コミュニティ企画係 係長の横谷薫さんだった。【画像4】 中央グリーン開発株式会社の横谷薫さん(写真撮影/富谷瑠美)
横谷さんは、同社で分譲地のコミュニティデザインを担当。2017年1月ごろ、研修所跡地の現地視察に訪れた横谷さんは衝撃を受けた。昭和45年に建てられた4階建ての研修所は、教会のような三角の屋根と窓ガラスを備え独特の美しさがあった。さらに中には、研修生たちが使っていたベッドや机、ランプといった家具から、湯呑み、鍋、やかん、食器といった味のある日用品がずらり。使用頻度が少ないためか、状態も悪くなかった。
通常であれば、建物の取り壊し前に全て破棄しなければならない。10社以上のリユース業者にも当たったが、「状態は悪くないが、売り物にならないので引き取れない」と買い手はつかなかった。
まだ使える品物たち、何とか誰かに使ってもらう手はないか――。そう考えていた横谷さんの目に飛び込んできたのが、唐品さんのつぶやきだった。そこからおよそ2カ月半。研修所跡地での「棟下式」と「ねぶくろシネマ」の開催にこぎつけた。
「何よりも、地域の人に参加してほしい」。そう考えた横谷さんは、周辺の3自治体およそ2000世帯に回覧板を回してもらう等で告知したほか、ビラ5000枚をポスティング。フェイスブックページも作成し、300人以上にリーチした。【画像5】開場前の行列の様子(写真撮影/富谷瑠美)
当日の天気は薄曇りで、イベントが始まるころにはぽつぽつと雨がちらついた。しかし現地は15時の開場前から、長い行列ができるほどの盛況ぶり。参加者が好きなものを持ち帰れる「お宝発見ツアー」では、研修所内に入ってみると、ロビーのソファやガラステーブル、味のある湯呑みやヤカンに皿。個室のベッドや机など「こんなものまで!?」と思うような大型家具も大人気。次々に「リユース」の札が貼られていく。 【画像6】続々とリユースの札が貼られていく(写真撮影/富谷瑠美)【画像7】食堂は特に大にぎわい(写真撮影/富谷瑠美)
子どもたちが壁に自由にお絵かきできる「落書きイベント」、では1階奥の白い大きな壁のそばには絵の具やクレヨンが準備され、子どもたちが壁いっぱいにお絵かきをしている。【画像8】研修所の壁にお絵かきを楽しむ子どもたち(写真撮影/富谷瑠美)
清祓いと餅まきの儀式が始まるころには、雨は上がり晴れ間が差した。【画像9】清祓いの儀式では、太陽が顔を出した(写真撮影/富谷瑠美)
研修所前には100人以上の人々が集い、建物に礼をし、撒かれるお餅やお菓子に手を伸ばしていた。 【画像10】餅まきの儀式に集う人々(写真撮影/富谷瑠美)【画像11】二階からも餅が撒かれる(写真撮影/富谷瑠美)
業界初の試みだったにも関わらず、棟下式の参加者は700名を超えた。まさに老若男女が、このイベントに集った格好だ。
「この研修所跡で、壁一面に落書きしたこと、備品をもらったこと、屋外映画をみたことなど、ふとしたときに思い出してもらえれば。きっと建物も喜ぶと思います」(唐品さん)
地域に入り混じる不安と期待
イベントとしては盛況だったものの、そもそも住宅販売の会社がこうした取り壊しの儀式を行う意義・目的はどういった点にあるのだろうか。そもそも、新築の分譲住宅に関する広告や宣伝手法に際しては、不動産公正取引協議会連合会が定める厳しい制約がある。しかし分譲住宅事業者にとっては、こうしたイベントを開催することで、地域の人々に「ここにこんな物件ができるようだ」と認知してもらうきっかけになる。地域の人々にとっても、住宅会社の「顔」が見え、担当者の人間性を知るきっかけになる。【画像12】ポラスの社員自ら働く(写真撮影/富谷瑠美)
信用金庫の研修所の建物そのものは近年ほとんど使われていなかった。かつて、グラウンドは町内会の運動会で使われており、来場者の中にはその思い出を語って涙するお年寄りもいた一方で、地域のすべての人々に愛着を持たれていた訳ではない。
64戸の分譲開発についてどう思うか尋ねると、来場した人々からは不安の声も聞こえた。工事の騒音は大丈夫なのか。既存の市街地を大型トラックが出入りするのは危険ではないか。大雨や河川の氾濫時の水害対策は。保育園は足りるのか――。
しかし同時に誰もが、新しくできる分譲住宅、新しい街に期待をしていた。
「最初で最後だけど、中を知る機会があったのは良かった」(30代ファミリー)。「小さな子どもにとって、お友達が増えるのは、うれしい」(20代子連れ女性)。「若い人が増えて、にぎやかになる。結構なことじゃないか」(60代男性)。
街は人と一緒に歳を取る
「街は、人と一緒に歳を取っていくから。この街もだいぶ歳を取ったのよ」。
そう話してくれたのは、研修所跡から数十メートルの場所に小さな店を構える豊田商店のおかみさんだ。豊田商店ができたのは40年ほど前。近隣の南荻島地区はそのころ、住宅の売り出し真っ最中で、若い夫婦がたくさん引越してきた。信用金庫の研修所にも、東北からやってきた研修生たちや、グラウンドを借りたスポーツチームの人々がひっきりなしにやってきた。【画像13】南荻島地域で40年以上店を営む、豊田商店のおかみさん(写真撮影/富谷瑠美)
しかしそれも、いつしかぱったり途絶えた。最近はグラウンドを利用するのも信用金庫の野球部くらい。豊田商店の近隣でも、子どもが巣立ち、高齢者だけの世帯が増加。買い物も、若い世帯は車で大規模なショッピングセンターに出かけてしまう。いま豊田商店にやってくるのは、高齢者がほとんどだという。
研修所跡の分譲住宅地が完成すれば、またそこに新たな街が生まれ、育っていくのだ。
当事者とは「地域の人」
横谷さんはこれからも「“当事者”の声を聞いて、一緒に街をつくっていきたい」と話す。ポラスグル―プの社員がいう「当事者」とは、住宅事業者か分譲住宅の購入者か。と思いきや、横谷さんはそうではないという。
「当事者は、地域の人です。分譲地であっても、地域というコミュニティの中にある」
「ずっと住んでいた人が欲しいものは、新しく来た人もきっと欲しいもの。自治体、開発事業者、今住んでいる人、これから住まう人。みんなで街をつくっていきたい」(横谷さん)。【画像14】式典終了後、グラウンドに集い始める人々。これからねぶくろシネマが始まる(写真撮影/富谷瑠美)
取り壊されるそのときに、新たな思い出をつくる。棟下式は終わりだけでなく、再生の儀式でもあるのだ。●取材協力
・ねぶくろシネマ
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