『百姓貴族』漫画家・荒川弘「農家の実態、笑い飛ばして」

「百姓貴族」2巻の表紙

 『鋼の錬金術師』、『銀の匙 Silver Spoon』などで知られる漫画家・荒川弘さんは、身長168cmの記者よりも、さらに背が高かった。農家の実態を笑いを交えて描いた作品『百姓貴族』で、牛乳を飲めば身長は「伸びる(荒川調べ)」と述べているだけはある。

 東日本大震災と福島第1原発事故の発生以降、特に注目が集まる野菜や牛乳。畜産農家の娘として育ち、農業や農産物をテーマにした作品を描き続ける荒川さんに、今この状況をどのように見ているのだろうか。2012年2月25日の『百姓貴族』2巻発売を前に話を聞いた。

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■震災のあった昨年は「気づき」の年だった

荒川弘さんによる自画像

――『百姓貴族』や農業高校を舞台にした『銀の匙』で、農業を扱ってきた荒川さんから見て、東日本大震災以降の1年はどのような年でしたか。

 私は今、関東に住んでいるので特に強く感じたのですが、首都圏に住む人が、食料面で東北地方に頼っていたということが表に出てきた年でした。東京都って食料自給率が1~2%なんですが、震災以降は誰もが産地や流通ルートを意識するようになって、良いところも悪いところも出てきた感じがします。電力にしてもそうです。そういう「気づき」の年だったのではないでしょうか。

――農家で育った荒川さんとしては「今さら感」があったのではないですか?

 「農家以外の人は知らなくても仕方ないよなぁ」と思って見ていました。『百姓貴族』を描いているのも、別段、拡声器を持って農家の実態を訴えなければならないとか、そういうことを考えていたわけではないんです。ただ、笑い飛ばしてもらえればいいと思って描いています。

――その『百姓貴族』ですが、「百姓」という言葉を用いたのはなぜですか?

 「このタイトルで、よく(出版社の)OKが出ましたね」と、言われます。メディアには暗黙の了解があって「百姓」という言葉を避けているようです。ただ、百姓が自ら百姓だと言う分には問題がないらしいとわかって。ほかにゴロが良くてかつ内容を的確に表現できる言葉が見つからなかったので『百姓貴族』としました。

 「貴族」の部分は、野菜や農作物については湯水のように手に入る。でも金はないという。ある一部分においてリッチという意味です。「ご飯がなければパンを食べればいいじゃない」という、浮世離れしたような感覚ですね。タイトルについてはいろんなところで聞かれるので、今度発売される2巻のカバーをめくった表紙にも描いています。

――ご自身の出身地である北海道から上京して以来、そうしたギャップを感じていたということでしょうか。

 『百姓貴族』の1巻でも触れましたが、上京して初めて住んだ場所はもともと農地が広がっていたところで、そこにポツポツと住宅ができた。それなのに、農家の人が騒音や臭いについて文句を言われるということがあって。農家と住宅とはまだ同じところに住めないというか、接しすぎるとお互いマイナスになるというのは感じましたね。実家では隣の家まで数キロあって、そういう問題は起こらないので(笑)。

■「牛の世話をする合間に漫画を描いた」

「百姓貴族」1巻より

――『百姓貴族』や『銀の匙』を通して農業に興味を持った人から、自分でもやってみようと思ったり、後を継いでみようと思ったりしたという声が届くことはありますか?

 私のところにはまだ、そうした声はないですね。『百姓貴族』ではまだ描いていませんが、農業の新規参入には厳しい面があるんです。何年か実習をやったり良い土地を用意する必要があったりで。私は農業高校に通っていたのですが、農家の子供でも農業関連団体に就職する人もいれば、継いでみたら動物アレルギーで泣く泣くやめる人もいて、意外と後を継がない人が多かったですね。親の世代も継いでほしい一方、辛い仕事であるということもわかりきっていて。

 特に最近はTPP(環太平洋連携協定)の話題が出ていて、後継ぎがいなくて高齢の農家さんの中には「これ(TPP参加)が決まったら、農家をやめるか」という方もぽつぽつ出ています。TPPがどうなるかによって、若い人が増えるか減るか変わってくると思います。

――荒川さん自身は『百姓貴族』で描かれているように実家では牛の世話や農作業を手伝い、農業高校時代も寮生活で早朝から実習や部活動に精を出していたとのことですが、いったいいつ漫画を描いていたのでしょうか。

 そういえば『百姓貴族』でもまだそのあたりは描いていませんね。農作業は冬になると畑仕事がなくなって、機械整備と室に入れた野菜の出荷、あとは牛の世話、それくらいしか仕事がないので、空いた時間に・・・。

――「それくらい」とは言いますが、どれも普通の高校生が経験しないことばかりですよ。

 そうですね(笑)。あとは、寝る時間を削って漫画を描いていましたね。雨の日は嬉しかったですよ、畑仕事がなくて牛の世話だけなんで。

――漫画を描く時間を作るために、その牛の世話さえ嫌になったことはないんですか?

 そう思ったことは一度もありません。小さい頃からずっと親の手伝いで牛を世話していて、生き物を飼う責任というものがわかっていますから。親の育て方というか、”洗脳”の仕方が上手かったんじゃないでしょうか。

――そのご両親、特に荒川さんのお父さんは作中、厳寒の北海道においてパンツ一丁で牛舎を見にいくなど豪快な姿が描かれていますが、『百姓貴族』にどのような反応ですか。

 実はまだ、両親にこの本の感想を聞いたことがないんです。ただ、作品が掲載されている雑誌は毎号買ってくれているみたいです。小さな町の書店で掲載誌を探していたという噂を聞きました(笑)。

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(ニコニコニュース編集チーム)

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