「噂でバレるよりは正直に…」ハッピー感の乏しい結婚、京の妻に送った浮気を白状する手紙~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
なぜ?夢の実現が近づくと不安になる心理
源氏と明石の君の文通が続いて半年ほど。すっかり秋になり、源氏は独り暮らしの寂しさに耐えられなくなってきました。「目立たぬように、こちらに来てはもらえないか」。本来なら男が女のもとに通うスタイルですが、源氏としては田舎娘のもとにノコノコ通うなど、ありえないと思います。
明石の君は「関係を持てば、愛人扱いになるのは自明。両親も今は期待してるけど、もし私が捨てられたらとても悲しむだろう。あの方はいずれここを去っていく。ちらっとお顔も見られたし、素晴らしい琴の音色も聴かせて頂いたわ。私はただ、お手紙をやり取りするだけでいい…」。源氏の相手になる気持ちはありません。
あれだけ結婚結婚とうるさかった入道も、「もし、娘を気に入らなかったらどうしよう。どんな立派な方でも、娘を愛してくれないとなれば恨めしいだろうなあ。神仏を信じてここまでこぎつけたが、当人たちのことはわからない…」。妻と2人で心配し、二の足を踏んでいます。
夢が叶いそうな時、人間はなぜか不安になるらしい。遠くにあるときは待ち遠しかったのに、手が届きそうだとわかった時から、迷ったり悩んだりが始まります。現実になれば、夢見た以上の辛いことや悲しいことも待っている。明石の君と両親のためらい、なかなか辛いところです。
源氏はかえって積極的になり、入道にも「秋のうちに、お嬢さんの素晴らしい琴の音を聞きたいものだ。前から気になっていたのでね」などとこぼすようになっていました。
「心の準備が…」いきなりの初夜は意地の張り合い
自分が乞うて連れてきた源氏の申し出を、入道はこれ以上引き伸ばせません。腹をくくって、結婚の吉日を選び、まだ迷っている妻を無視して、独断で結婚の準備を進めます。
十三夜の月が明るく差す頃、入道から「今夜娘とお過ごしください」という意味合いの手紙。源氏は「ずいぶん風流ぶってるなあ」と思いつつ、おめかしをして、夜更けを待って娘の待つ山側の家に出かけました。人目を気にして牛車ではなく馬で、惟光をお供に連れただけ。
月夜の海はロマンティックで、源氏は紫の上がここにいてくれたらどんなに良いだろう、このまま馬で京まで走っていきたい、と独り言がこぼれます。
山側の邸は閑静な林の中にありました。源氏の暮らす海辺の家のような華やかさはなく、若い女性が住む家としては寂しすぎるほどです。入道が勤行するお堂の鐘の音や、松を渡る風の音、秋の虫の音が響き渡ります。源氏は興味深く邸内をうろついたあと、娘のいる部屋の前にやってきました。
娘の部屋は特に綺麗にしてあり、戸が少しだけ明いていて、そこから月の光が差し込んでいます。源氏はためらいがち声をかけました。が、娘は今夜源氏が来るとも知らず、突然の訪れにびっくりし、心外だと言わんばかりのよそよそしい応対ぶりです。こういう時代なんだからしょうがないとは思いつつ、結婚するのは娘なんだから「せめて今夜だよ」ぐらい教えてほしい…。
この態度は源氏のシャクに触り、「高貴な姫君でも、私がきて声をかければもう少し嬉しそうにしたものなのに…。所詮は落ちぶれた人間とバカにしているのか」。今はただ人だが、この光源氏様が口説いているんだぞ!!みたいな上から目線ぶりも健在です。
そのうち、部屋の中でポロンと音がしました。「いま、音がしましたね。あなたはとても琴が上手とか。せめて少しだけでも聴かせてくれませんか」。几帳の紐が弦に触れて鳴ってしまっただけなのですが、源氏は鋭くとらえて畳みかけます。「睦言を言い合える人が欲しいのです、辛い憂世の夢も覚めるかと思いまして…」。愛し合えば辛いことも忘れられるだろう、君がほしい!
「夢も現実も、夜の闇に迷っている私にはわかりかねます」。彼女の声は六条御息所に似ています。返事のあと、そのまま隣の部屋に入って鍵をかけてしまいました。でも源氏はどうやったのか、無理強いする風でもなく、彼女と一夜を共にする事ができました。
物語の後編では、源氏以外の男が女性と関係を持つシーンがいろいろ出てきますが、その際に鍵をかけられて立ち往生したり、強引に踏み込んで無理やり!という無様なシーンも多く登場します。源氏も100%ではありませんが、抵抗する相手でもうまくコトを運ぶことに関しては天才的なんだな、というのがわかります。
暗がりではっきりとはわからないものの、彼女のすらっとした体つきと、気品漂う佇まいは本物のプリンセスのよう。しかし立場が立場だけに、源氏は夜明け前にこそっと帰り、後朝の文もひそやかです。更に「土地の者に知られまい」と使者のもてなしを控えるなど、それはいかにも「公にできない関係」という感じ。わかっていても彼女の心は傷つきました。
「噂でバレるよりは正直に…」源氏、紫の上に浮気を白状
源氏は、いずれ京の紫の上へもこの話が伝わるだろうと思いました。「噂でバレるよりは、自分から正直に白状しよう」。明石の君に会う前に、馬に乗って会いに行きたいと思った気持ちに偽りはないが、結局新しい女性を作ってしまった後ろめたさ。それに、彼女は浮気にはうるさいタイプなので、黙っているより正直に…という判断です。
源氏は普段よりも細々と手紙を書き、その最後に「あやしくも儚い夢をみてしまいました。隠さず打ち明ける私の気持ちをわかってほしい。何につけてもあなたのことが思い出されて泣けてきます」。なんと書こうが、浮気の事後報告にはかわりありませんよ?
紫の上からの返事もいつも通りでしたが、最後に「約束してくださったのをなんの疑いもなく信じていました。心変わりは決してしないと思っていたのに」。クドクド文句を言うよりもずっと効果的な一言です。まさに効果はバツグンで、源氏は罪悪感から、しばらく明石の君の所へ行くのを止めます。
源氏の訪れがなくなった明石はショックです。「ああ、恐れていたことが現実になったわ。今こそ海に身を投げてしまいたい」。老い先短い両親を頼りに過ごしていた頃は何もわかっていなかったんだわ。身分違いで結婚するって、こんなに悲しいことだったんだ。うすうす予感していたとはいえ、源氏との結婚がもたらした現実の厳しさに、明石の心は沈みます。
それでも彼女は賢いので、源氏に対して面倒くさいことも言わず、穏やかな手紙だけを書いていました。源氏はそんな彼女が愛おしいのですが、紫の上がどう思うだろうと心苦しく、一人寝の夜を続けます。いろいろ障がいがあるとは言え、何ともハッピー感の少ない結婚です。しかも気の毒なことに、明石の君はこれが初婚。源氏は既に2度(それ以外の恋愛も含めればもっと)結婚してるけど…。
気持ちのはけ口が見つからない源氏は、絵を描くことで自分の気持ちを表現します。不思議なことに、そのころ紫の上もたくさん絵を描いて、そこに自分の悲しい気持ちなどを日記のように書いていました。
幼いころ、源氏と仲良く絵を描いて遊んでいた紫の上。時が経ち、離れていても2人の行動がシンクロしていますが、互いの胸中は複雑です。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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