ニュースの「なぜ」を徹底解説!「インバウンド」――訪日外国人はなぜ急激に増えているのか?

ビジネスパーソンとして知っておきたい、ニュースの「なぜ」について詳しく解説するこのコーナー。通信社記者などを経て、現在はライターとして子ども向けの新聞などで、ニュースをわかりやすく説明している大井明子さんに、解説してもらいます。

第2回は「インバウンド」について。数年前からよく聞く言葉になった「インバウンド」。きちんと理解していますか?なぜ突然、この言葉がメディアを賑わせることになったのでしょうか?今回も徹底解説します!

大井明子(おおい・あきこ)

ワシントン大学卒業後、時事通信社に入社し、記者として警察、経済などを担当。再びの留学を決意し、米国コロンビア大学国際公共政策大学院を卒業。大手家電メーカーなどを経てライターとして独立。

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3~4年ほど前から、外国人の訪日旅行を指す「インバウンド」という言葉を耳にするようになりました。突然始まったようにも見える、外国人旅行者の訪日ブーム、いつから、なぜ始まったのでしょうか?

アウトバウンドと逆転した「インバウンド」

中国人旅行者の「爆買い」が、ユーキャン新語・流行語大賞を受賞した2015年は、「45年ぶりにインバウンドがアウトバウンドを逆転した」ことがニュースになりました。それまでは、海外旅行をする日本人(アウトバウンド)の方が、日本を訪れる外国人旅行者(インバウンド)よりも多かったのですが、これが逆転したのです。

インバウンド(inbound)とは、「外から内へ」という意味の英語です。使われる業界や文脈によって意味は変わりますが、観光業界では「海外(外側)から日本(内側)に来る旅行」を指します。ちなみに対になるのはアウトバウンド(outbound)。「内から外へ」という意味で、「日本(内側)から海外(外側)に行く旅行」を指します。f:id:k_kushida:20170301115822p:plain

資料:日本政府観光局(JNTO)

統計データ(訪日外国人・出国日本人)|統計・データ|日本政府観光局(JNTO)

※1:法務省集計による外国人正規入国者から、日本を主たる居住国とする永住者等の外国人を除き、これに外国人一時上陸客等を加えて集計した。2016年の値は日本政府観光局の推計値。

※2:法務省資料による。

日本人が観光目的でパスポートを取得できるようになったのは、東京オリンピックが開催された1964年。この年は、約13万人の日本人が日本を出国しました。日本を訪れた外国人は、その2倍以上の約35万人でした。

海外旅行をする日本人の数は、日本の経済成長や円高とともに増えていきます。

戦後しばらく、為替相場は1ドル=360円という固定相場制でした。1971年に1ドル=308円に切り上げられ、この年にアウトバウンドがインバウンドを上回ります。海外に行く日本人は1972年に100万人を超えました。為替相場は1973年に、需要と供給によって為替レートが変動する、今のような変動相場制に移行します。円は上昇を続け、1970年代後半には1ドル200円台を突破。海外旅行をする日本人も右肩上がりが続き、1990年には1,000万人を超えました。1990年代後半以降は、年間の日本人出国者数は1,500万~1,700万人前後で推移するようになり、ほとんど増えなくなりました。

一方、訪日外国人旅行者は急増します。2013年には初めて1,000万人を超え、2015年には約1,974万人と前年比47.1%も増加してアウトバウンドを超えました。2016年には約2,404万人に達しました。わずか3年で2.3倍になったのです。

日本を訪れる外国人、なぜ増えた?

世界全体で見ると、日本に来る旅行者だけが増えているのではありません。海外旅行をする人全体が増えています。国連世界観光機関(UNWTO)によると、1980年に約2億7,800万人、2000年に約6億7,400万人だったのが、2016年には約12億3,500万人にまで増えています。海外旅行をする人の数は、経済成長と連動していて、経済的に豊かになると、外国に行ってみたいという欲求も高まるようです。

その中で、日本を行き先に選ぶ旅行者も増えているのです。経済が成長しているアジアの国々から、距離的に近いこと。円安が進み、多くの外国人にとって訪れやすくなっていること。電化製品や化粧品などの日本製品、日本のアニメやゲームが人気を集めていること。複数の理由が挙げられます。2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、和食への関心が高まっていることも後押ししています。

政府のキャンペーンも実を結びつつあります。2003年に、当時の小泉純一郎首相が「訪日外国人旅行者を1000万人に倍増させる」という目標を掲げ、国を挙げて観光に力を入れることを宣言。以来、官民を挙げて、日本を訪れる外国人旅行者を増やそうという「ビジット・ジャパン」キャンペーンを行ってきました。海外で日本を紹介するイベントを開催するなどのプロモーション活動のほか、外国人への観光ビザの発給要件緩和や免除、免税対象品の拡大や免税条件の緩和などの施策も効果を挙げています。

国連世界観光機関(UNWTO)によると、2010年に外国人が一番たくさん訪れた国はフランスで、次にアメリカ、中国と続き、日本は29位でした。それが2015年には16位にランクアップしました。

1億人以上の中国人が海外旅行

日本で急増したのが中国人旅行者です。

中国人は、昔は仕事や留学などの目的以外では、自由に海外旅行ができませんでしたが、1997年に初めて、団体での海外旅行が解禁されました。

その後、経済成長で海外旅行をする人が増えました。中国の貨幣「人民元」の価値が上がり、旅行がしやすくなったことも背景にあります。

日本を訪れる中国人だけが増えたわけではなく、海外旅行をする中国人全体が増えたのです。日本政府観光局(JNTO)の「JNTO訪日旅行データハンドブック2016」によると、2006年には中国人の約3,452万人が海外旅行をしていましたが、2014年には1億728万人と3倍以上に増えています。この年に、241万人の中国人が日本を訪れましたが、それよりも多い約613万人が韓国に、約464万人がタイを訪れています。

日本は、中国人への観光ビザ発給について、かつては慎重でしたが、2000年に団体旅行者へのビザ発給を解禁。2009年には、年収制限を設けて富裕層への個人観光客へのビザを発給し始めました。以降、所得制限を緩めるなど、ビザの発給条件を緩和し、中国人観光客を日本に呼び込もうとしています。

2003年に日本を訪れた中国人は約45万人と、一番多かった韓国人約146万人の3分の1以下。2015年には、韓国人旅行者の数も約400万人となり大きく伸びましたが、それ以上に中国人が伸びて韓国人を上回る約499万人になりました。f:id:k_kushida:20170301121245p:plain

資料:日本政府観光局(JNTO)

※2016年の数値は推計値。

2016年10月に日本銀行が地域経済報告(さくらリポート)で、中国人旅行者の「“爆買い”終息」に言及しました。中国人の1人あたりの買い物金額は、2015年の1~3月期の平均17万1,964円をピークに、下がる傾向にあります。人民元安で円高の傾向に加え、2016年4月に中国政府が、海外で購入した品物にかかる関税を引き上げたことも影響しました。

ただ、中国人旅行者は引き続き日本でたくさんの買い物をしていて、ほかの国の人の平均に比べても圧倒的に高い金額です。また、人数も多いので、観光庁によると2016年の消費総額は1兆4,754億円と、訪日外国人旅行消費額全体(3兆7,476億円)の39.4%を占めています。f:id:k_kushida:20170301123910p:plain

2016年訪日外国人旅行消費額(速報)3兆7,476億円

資料:観光庁「訪日外国人消費動向調査」

多様化するインバウンド

外国人旅行者は増え続けていますが、「インバウンド」の中身は変わってきています。

観光庁の「訪日外国人の消費動向」調査を見ると、2010年10~12月期に団体ツアーで日本を訪れた外国人旅行者は全体の26.4%を占めていましたが、2016年同期には18.9%と7.8ポイント減っています。個人旅行が増えているのです。

また、2016年10月~12月期の外国人旅行者の約6割は、日本訪問が2回目以上のリピーターでした。訪問回数が増えると、行先や行動も多様化します。買い物や観光名所を楽しむだけでなく、体験型の観光も増えていて、茶道や華道、忍者体験や農業体験、アニメツアーなども人気です。

行先にも変化が表れています。これまでは、東京、箱根、富士山、京都、大阪などの主要観光地を巡る「ゴールデンルート」が中心でしたが、松本、飛騨高山、白川郷などを巡る「サムライルート」のほか、SNSの口コミ情報をもとに、日本人にも知られていないような地方を訪れる外国人も増えてきています。

例えば、2016年10月の日本銀行のさくらリポートでは、中国人旅行者に人気のスポットとして群馬県の宝川温泉、世界農業遺産に認定されている石川県の「能登の里山里海」、富山県から長野県の北アルプスを貫く山岳観光ルート「立山黒部アルペンルート」などが挙がっています。温泉に入るサルが世界的に有名になった、長野県の地獄谷野猿公苑なども人気です。

2020年までに、4,000万人に

観光庁によると、2016年に日本を訪れた外国人の旅行消費額は、過去最高の3兆7,476億円と推計されています。近年は外国人旅行者の行き先が全国各地に広がっていて、経済効果の恩恵を受ける地方都市も増えています。日本人観光客は、ゴールデンウィークなどの連休や夏休み、冬休みに繁忙期が集中しますが、外国人観光客の場合は繁忙期がずれるので、需要のすき間を埋められます。

日本を訪れた外国人旅行者の満足度は高く、観光庁の調査によると、日本に「必ずまた来たい」「また来たい」と回答した割合は計93.3%に上ります(2016年10~12月期「訪日外国人消費動向調査」)。

一方、日本を訪れる外国人旅行者からは、「英語が通じない・英語の表示が少ない」「クレジットカードが使える店が少ない」「『技術大国』のはずなのに、Wi-Fiが使えるところが少ない」などの不満が上がっています。

特に英語については、駅や地名などの看板や、レストランのメニューなどには英語表示が増えてきましたが、英語が話せる人が少ないせいか「お店に入っても店員さんから無視される」ということがあるようです。地震や大雪、台風などで交通機関が乱れた時の対応や、避難誘導が必要になった場合に、どれだけきめ細かい情報提供ができるかにも、不安が残ります。

日本政府は、2016年に約2,400万人の訪日客の数を、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに4,000万人に、2030年までに6,000万人に増やすことを目標にしています。宿泊施設、英語・外国語対応、ネットや交通機関などのインフラ…。これからますます増加するインバウンドの需要に、対応できるでしょうか。

インバウンドには、「少子高齢化や消費の低迷を救ってくれる」という期待もありますし、たくさんの人が、日本に魅力を感じて旅行先に選んでくれているのはうれしいことです。言葉や宗教、食文化、習慣など多様な外国人の旅行者に、安全に楽しく日本を旅してもらうために、やるべきことはまだたくさんありそうです。

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