【「本屋大賞2017」候補作紹介】『桜風堂ものがたり』――本を愛する書店員が紡ぐ奇跡の物語
BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2017」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは村上早紀著『桜風堂ものがたり』です。
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ネット通販の台頭により書店は厳しい経営を迫られる昨今とあって、忘れさられようとしている本を愛する書店員の熱意や書店という空間の良さを、一人の青年とそれを取り巻く人々から改めて感じ取ることができる心温まる一冊です。
舞台は古い百貨店にある書店「銀河堂書店」。そこに勤務する月原一整(つきはらいっせい)は、人とのコミュニケーションを極力避けるタイプの人間でした。それでも、店長からは「宝探しの月原」と呼ばれ、「うちの文庫の月原は、思わぬ宝物を探してきて当てるのがうまい天才」と賛辞を贈られるほど。他の書店員にも一目を置かれる存在でした。
しかし、一整が万引きをした少年を追いかけていたところ、犯人が車にはねられたことで状況が一変します。「車道に飛び出したくなるほどに追いかけなくてもよかったんじゃないか」といったクレームが店にひっきりなしに寄せられたのです。
店には週刊誌やワイドショーの取材が押しかけ、ついには一整の写真までインターネット上に出回るという事態に発展していきます。その責任を取る形で、10年間務めた「銀河堂書店」を退職することを決断する一整。しかし、新人作家が出版を控える『4月の魚』という作品に、ある特別な思いがありました。
「自分の手で、この本を売りたかった。できればこの店で人気に火をつけ、全国の書店にまでその勢いを波及させたかった。そう思うと無念だった」(本書より)
そして、彼は自らの人生を振り返りながら、この10年に思いを馳せるのです。
「そうだ。この十年、自分は幸せだった。特に意識したことはなかったけれど。あの日々は幸せな時間の連続だった。好きな仕事をして、本を好きなひとびとを迎えて。好きな本たちの棚を作り、好きな――仲間たちに囲まれて。」(本書より)
仕事以外にも、みんなの中に入っていこうとしない一整を優しく見守ってくれた仲間たちに対しても心残りがあったのです。しかし、彼は自分の中でこう言い聞かせます。
「この出版不況の時代に、毎日のように書店が閉店し、砂時計の砂が落ちるように減っている日本で、街の書店で戦うひとびとが、泣いている暇なんて、ありはしないのだ。しょせん、ひと馴れしない野良猫のようだった自分のことなど、忘れて前を向いてくれるだろう、きっと。」(本書より)
「銀河堂書店」の退職を機に一整は決意します。かねてからファンだった山間の小さな町にある「桜風堂書店」の店主が運営するブログ、その更新が途切れていることを知り、不安から実際に訪ねてみることにしたのです。さらに、インターネットで交流を続けてきた質の高い書評ブログを書く「星のカケス」に会ってみたいという思いを募らせます。
新しい一歩を踏み出した一整。仲間との関係や『4月の魚』の行方、「星のカケス」の意外な正体、そして「桜風堂書店」で一整を待ち受ける奇跡とは? きっと人生の岐路に立ったときこそ、意志の力が何ものにも代えがたいことを一整から学ぶことができるはずです。
書店員の仕事がリアルに描かれた”お仕事小説”でもある本書。本好きにはたまらない物語であることは間違いありませんが、それ以上に書店員たちが作り出す唯一無二の書店というフィールドのすごさを心から感じることができる作品ともいえそうです。
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