保育士不足解消のカギは?「働きやすさ」から「がんばりやすさ」へ

希望する保育園に入るための保育園活動…通称「保活」と密接に関わっている保育士不足の問題。保育士の離職率は10%前後と決して高くない数字であるにもかかわらず、現場に「人手が足りない」といわれる理由とは?そして、問題解決のカギは一体どこにあるのでしょうか。

子どもを必要以上に“子どもあつかいしない”「オトナな保育園」という一風変わったコンセプトを掲げ、注目を集めている社会福祉法人あすみ福祉会 茶々保育園グループの理事長・迫田健太郎氏に、現場での取組みを伺いました。

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迫田健太郎(さこだ けんたろう)

社会福祉法人あすみ福祉会 茶々保育園グループ理事長

立教大学経済学部経済学科を卒業後、アクセンチュアに入社。2003年に同社を退社し、社会福祉法人あすみ福祉会の常任理事に就く。茶々保育園グループの全体統括や人事管理、人材育成を行い、2013年に理事長に就任。現在、12園の保育施設を経営する。講演実績に「保育園のブランディング」「プロフェッショナルとしての保育者を育てるために現場ができること」など多数。2017年4月に世田谷区に2か所の新園が開園予定。

保育士不足は給与だけの問題ではない

——「保育園に入れない」と悩むワーママやイクメンたちのニーズと、現状にはどのようなギャップがあるのでしょうか?

広い視点で見ると、日本は少子化です。一方で、保育園のニーズだけは上がっていく歪(いびつ)な構造になっています。特に認可保育園は多額の公金が投入されるため、行政としても「数年後に保育園ニーズがピークアウトして、余ってしまったら」と危惧しているのだと思います。働いている保護者の方の意見を、自治体や行政が受け止めきれていない雰囲気はこうした視点の違いに寄るのではと感じますね。どうしても我々の立場としては保育園に入園してきた方としか交流できませんので、他に何万という涙を飲んだ方がいらっしゃると考えると、少々複雑な思いになります。

——「保育士が足りない」といわれる一方、保育士の離職率は平均8~10%と他の職種と比較しても高い数値ではありません。この点については、どのように捉えていらっしゃいますか?

高い数値ではありませんが、決してゼロではないことを私としては問題と感じています。数多くいる「潜在保育士」(※保育士の資格を持っていながら実際には保育士の仕事についていない人びと)が再び現場に戻れば、保育士不足は一気に解消されると聞いたことがあります。ですから、まずはそういう方達が保育士の仕事をしたいと思えるように、現場の人間が内側から変えていく必要があると思います。

「数が足りないから、保育士の処遇を上げよう」という国や自治体の動きもありがたいのですが、保育士不足は給与だけの問題ではないと思います。それに将来保育士が余ったら、給与も下げられてしまうかもしれません。「足りないから」ではなく「保育士は素晴らしい仕事だから」と世の中に認知してもらってこそ、本当に給与や待遇が見直されると思います。

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「働きやすい」ではなく「がんばりやすい職場」を用意することが大事

——質の高い保育士を集めるために、どのような取り組みをされていますか?

まず、園としての保育のコンセプトを明確にしています。理念を掲げることで、そこへ共感した職員が集まり結果として保育の質の向上の方向性が定まります。当園では「オトナな保育園」をコンセプトに、20年後——子どもたちが26歳になったとき社会で活躍している人間になってほしいという思いで、子どもたちと接しています。相手を子どもとして扱うのではなく、「今はたまたま子ども」というだけの対等な人間として向き合い、子どもたちとスタッフが互いに成長していく保育園を目指しています。

また、当園は「働きやすさ」ではなく「がんばりやすさ」という言葉を用いて、保育士自身が頑張りたいことに取り組める職場を目指し、手当や人事制度を用意しています。定期的に園長と面談をして、スタッフ一人ひとりが抱える課題を洗い出し、トレーニングによって質を向上させていく。客観的な評価を通して、スタッフを育てています。

——コンセプトを明確にすることで、保護者と保育士の関係性も変わってきそうですね。

その通りです。保護者も保育士も、同じコンセプトに共感した同志が集う場になります。保護者の方が保育園に子どもを預けて社会での役割を果たさなくてはいけないとき、保育園と家庭とでコミュニケーションをとり合い協力することが不可欠です。そのためには互いに信頼しあえる、心のつながりがとても重要なのです。

例えば夕方のお迎え。保育士の仕事はそこで終わりだと思われがちですが、お母さんは家に帰ってからもやることがたくさんありますよね。そこで保育園として「早く子どもを迎えに来て」ではなく、子どもを預けたまま保育園に併設されたカフェに寄ってください、と言っています。会社の一員から、○○ちゃんのママへの切り替えの時間を提供したいという思いと、時には「お茶」を通して保育士と保護者とでコミュニケーションを取ってもらうためです。

当園では保育士に名刺をもたせていますが、これは保育業界としては珍しいことなのです。社会人ならば肩書きを持って相手に名乗る、という行為は当たり前ですよね?それが無いという点が、日本の保育業界が社会性を失っている原因のひとつだと考えています。家族のサポーターであるために、保育士も自立した社会人であるべきなのです。

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社会への関わり方を、保育園も変えていかなくてはいけない

——そのほか、保育業界には他にどのような課題があると考えられていますか?

人をモノのように捉える「保育士の確保」というイヤな言葉が聞かれるようになったのは最近のことで、以前は保育士養成校に求人を送ればすぐに人が集まりました。入園者の募集についても、自治体があいだに入るため保育園としては募集する必要がありません。そのため認可保育園はずっと営業やマーケティングの思考を持たず、非常にクローズドな業界でした。それによって、保育士の募集をしても人が全然集まらない、一方で働きながら育児をしたいワーママ・イクメンたちの保育園利用ニーズは増え、保活問題が発生するという現在の歪みに行き着いたのです。

そこで今後保育業界は、伝えるべきことを伝えるというマーケティングの基本を世の中に対しておこなっていかねばなりません。そのノウハウを作っていく必要がありますね。

ヨーロッパや北欧の国では、子どもたちは「将来の国力」と考えられているため、その育成に関わっている保育士たちは世間から非常にリスペクトされています。私としては、まずは内側からそんな風に保育士のイメージを変えていく活動に注力したいですね。

以前は「ただ子どもと遊んでいるだけの仕事」と思われていたのですが、最近ようやく「保育士って大変なんだ」と分かっていただけるようになった。今度は「大変さ」のさらに向こうにある、保育士という仕事のやりがいや素晴らしさを伝えたいです。

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誇りを持って子どもと向き合う、保育士たちの現場とは

茶々いまい保育園で働く保育士・滑川(なめりかわ)亜樹さん、下川友梨子さんにもお話を伺いました。大きく変わりつつある保育の現場で、保育士たちの働き方や保育への思いはどのように変化しているのでしょうか?

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幼児クラスを持つ滑川亜樹さん(左)と、乳児クラスを受け持つ下川友梨子さん(右)

——ワーママ・イクメンなど働いている保護者の方とは、どのようにコミュニケーションを取っているのですか?

滑川さん:当園はアットホームで、スタッフ同士のコミュニケーションが取りやすい雰囲気があるんです。そのせいか保護者の方とも距離が近いように感じますね。例えばお迎えにいらっしゃったタイミングで、保護者の方が「今日会社でこんな辛いことがあって」と、お仕事のことも自然に話してくださるんです。すると「そういえば、あのお母さん最近忙しいって言っていたな。そのぶんこの子は甘えたいかもしれないから、いつもよりそばにいてあげよう」と考えられるため、子どもに寄り添うために保護者の方とのコミュニケーションは欠かせません。

また、kidsly(キッズリー)というコミュニケーションアプリなどのツールも活用しています。働いている親御さんですと、忙しくて連絡帳への書き込みができない方がいるのですが、スマホアプリだと空いた時間に連絡ができて、また写真を送ったりもできるのでコミュニケーションが活発になっています。

——保育士の働き方について、現場として取り組んでいる改善策はありますか?

滑川さん:以前は「長く残って仕事をすることに価値がある」という雰囲気がありましたが、今は見直されています。例えば1ヶ月単位で仕事をリスト化し、イレギュラー対応も見込んで一人ひとりスケジュールを立てることで、みんな定時で帰れるようになりました。仕事を定時に終えてプライベートを楽しみ「また明日も頑張ろう」と思ってまた仕事に励む流れができたんです。今年度からの取り組みですが、来年度以降も続けていきたいですね。

下川さん:でもまだまだ、ブラッシュアップが必要ですね。やるべきことをリスト化して仕事を割り振る、ということは一般企業では普通に行われているはずですが、ようやく今年度からスタートしたという段階ですので他業界に比べると「遅れているな」という思いが個人的にはあります。

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入園時に全園児に贈られる My ドール。遊ぶとき、寝る ときもいつも一緒。

——今後「保育士・保育園はこうあってほしい」という要求などはありますか?

下川さん:個人的な意見ですが、行政面では人材確保のためとはいえ、これ以上規制緩和をしてほしくないという思いがあります。保育士の配置基準に関する緩和策として幼稚園や小学校教諭による保育も可能になったのですが、小学生への対応と乳児の対応は全く違います。たとえ乳児と幼児でも大きく違いますので……。保育士の専門性が損なわれてしまうのではと心配です。保育についての教育を受けていない方が保育の現場に来ても、「こんなに大変だとは思わなかった」と驚いてしまうのではないかと思っています。

滑川さん:「保育の資格は持っていないけど、家庭で子ども達の面倒を見てきたから」というプライドを持った方もいらっしゃると思うのですが、資格保有者とのギャップが生まれてしまう懸念はありますね。保育という仕事の専門性は守っていきたい、そんなジレンマがあります。

下川さん:私は自分が保育士として成長できそうだと感じ、当園へ転職してきました。この園で一番魅力に感じたのは、この園の子どもたちは自分で考え行動する力がすごく発達しているという点です。子どもたちの成長に合わせた手作りのおもちゃが豊富で、私たちも新しいおもちゃを作ったり、子どもの興味・関心を引き出す工夫を日々考えながら保育をしています。発達に応じた環境を作り、子どもたちと、一緒にできることを考えて「できた」という瞬間に立ち会えるのはこれ以上ない喜びです。

滑川さん:保育士の仕事にはそんなクリエイティブに富んだ面があり、とても楽しい仕事だということをぜひ多くの方に知っていただきたいですね。社会的に保育士の仕事が注目されているのは大変喜ばしいことなのですが、ネガティブな内容が多く残念に感じています。楽しんで働いている保育士もいるという、プラスの面ももっと発信してほしいですし、「保育士って面白そう」「自分にできることがあるかもしれない」と興味を持ってもらえたらと思います。

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取材協力:茶々いまい保育園

<WRITING・伊藤七ゑ/PHOTO:岩本良介>

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