異色の哲学小説が大ヒット中!元アイドル・原田まりるさんはなぜ、「哲学小説家」を目指したのか?

元・アイドルが書いた哲学小説『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』が話題だ。17歳の女子高生アリサが現代に降り立った哲学者・ニーチェと出会い、成長していく姿を描いている。

難解なイメージがある哲学がわかりやすく解説されていて、哲学を身近に感じられると評判になり、発売3日後には重版が決定。その後も売り上げを伸ばし続けている。

著者である原田まりるさんは、男装アイドルユニット「風男塾」のメンバーとして活躍しながら数々の連載コラムを持つなど文筆家として活躍。2013年のユニット脱退後は本格的に執筆に取り組んでいる。

彼女はなぜ、アイドルから文筆の道に進んだのか。そしてなぜ“哲学”なのか。詳しく聞いた。

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原田まりるさん

作家、コラムニスト、哲学ナビゲーター。

1985年京都府生まれ。高校時代に哲学に出会って感銘を受ける。京都女子大学在学中から芸能活動を始め、2005年にレースクイーンオブザイヤーのグランプリに。その後、アイドルユニット「中野風女シスターズ」、男装アイドルユニット「風男塾」のメンバーとして活躍。2013年に脱退後は、執筆活動を本格化。2014年に『私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)、2016年9月に『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』(ダイヤモンド社)を発刊。

高校時代に哲学に出会い、悩みが晴れ、視界が開けた

18歳の時から芸能活動を始め、レースクイーンやアイドルユニットのメンバーとして華やかな舞台を歩んできた原田さん。しかし、中学、高校時代は他人に合わせるのが苦手で、一人で行動するタイプだった。そして尾崎豊の歌詞に傾倒し、マンガやラジオに没頭する「オタク気質」でもあったという。

そんな原田さんが哲学に出会ったのは高校1年生の時。近所の本屋で、たまたま哲学者の中島義道氏の本を手に取り、とても感銘を受けたのだという。

「当時の私は、人付き合いも含め、いろいろなことで悩んでいました。『社会的な幸せを追うべきか、それとも精神的な幸せを追うべきか』なんてことを日々考えては、ノートに綴っていたんです。とはいえ誰かに相談するわけではなく、書き出しては考え、一人思い悩んでいたのですが、中島先生の本を読んで、ぱーっと視野が開けたんです。『哲学書には普段私が考えたり、悩んだりしていることをさらに深堀りした問いが載っていて、読めば自分の考えが整理できるんだ』と気づき、一気に哲学にのめり込みました」

「人に合わせるのが苦手で」哲学の研究者を目指すが、なぜか芸能界へ

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高校卒業後は京都女子大学に進学し、ジェンダー論と哲学を専攻。「周りと合わせられない自分は、一般企業ではきっと働けないだろう。好きな哲学の分野で研究者になれれば」という思いから選んだ進路だった。

しかし、ひょんなことから大学1年生のときに芸能界に飛び込むことになる。

「当時、走り屋の若者たちを描いたマンガ『頭文字D』にハマっていたんです。そこから自動車に興味を持つようになり、ある日モーターショーを見に行ったら、芸能事務所の人に『レースクイーンにならないか』とスカウトされまして。自分の容姿が評価されるなんて思わなかったので驚きましたが、思い出になりそうだと思い切ってチャレンジしてみました」

レースクイーンの仕事は、写真を撮られることを除いては、意外にも自分に合っていたという。好きな車に触れられる仕事であり、サーキット場に通うのも楽しかった。好きが嵩じてA級ライセンスも取得し、レースに出るようにもなったという。そして、2005年には「レースクイーンオブザイヤー」に選ばれるまでに。

しかしその後、体調を崩し、かかった病院から処方された薬が合わなかったことがきっかけで、長期間の入院生活を送ることになる。その間、仕事にも学業にも復帰できず、ずっと寝たきり状態が続いてしまったので大学も所属事務所も辞めることに。「自分自身に非があるわけではないのに、居場所がなくなってしまったという事実を毎日嘆いていた」という。しかしその辛い期間も、哲学書を読むことで自分を励まし続けた。

この地獄のような期間に一番心に刺さったのが、『人生にはあらかじめ用意された意味などなく、自分の足で立つしかない』という実存主義哲学者たちの教えでした。人はあっけなく死んでしまうものだし、自分で自分をかわいそうがらずに、辛い経験も糧にしなければ、と思いました」

そして、体調が回復してきたころに友達に勧められて受けた芸能事務所のオーディションがキッカケで、アイドルグループ「中野風女シスターズ」(現・風男塾)に加入することになる。アイドルグループに入るつもりで受けたオーディションではなかったため、アイドルグループに加入することに驚きつつも「何事も経験だ」と挑戦してみることに。

アイドル活動でチームワークの大切さを知ると同時に、「本当にやりたいこと」に気付く

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だが、アイドルユニットは、原田さんが一番苦手とする団体行動が基本。一緒に歌い、踊り、レッスンでもステージでも移動でも、常にメンバーと一緒に行動する必要がある。何よりチームワークがものをいう仕事だ。

「自分で選んだ道とはいえ、初めは団体行動が本当に辛かったですね。レッスン後にご飯に行こうと誘われても断り、移動中も一人離れて座っていました。写真を撮るときも、一歩引いてしまうので、よくカメラマンに怒られましたね。でも、メンバーは私よりも数段“大人”でした。普通の女性アイドルグループならば、きっと私みたいなタイプは嫌がられ、無視されるのでしょうが、『まりるちゃんはこういうタイプだから』と理解し、受け入れてくれたんです。そんなメンバーの中で、私も少しずつ、周りを見て行動できるようになり、自分の性格も矯正されていきました。ステージ上で、一人ダンスがズレたりしても、ほかのメンバーとアイコンタクトでやりとりし、それをカバーできたときは嬉しかったですね。周りに合わせることを避けてきた私としては、大進歩でした」

しかし、5年後の2013年に脱退を選ぶ。メンバーとのチームワークや結束力を感じるごとに、「自分が満たされる場所はここではない」ということにも気づかされたのだ。

もともと書くことが好きで、アイドル活動をしながら週刊誌やWeb媒体などでアニメやマンガのコラムを執筆。多いときには7本の連載を持っていたほか、SNSでは好きな哲学者の言葉などを発信し続け、文芸の賞にも応募し続けていた。アイドル活動を続ける中で、自分が本当にやりたいこと…モノを書くことで表現したいという思いを早く実現すべきではないだろうか、という思いが強まっていったのだという。そして、「タレント本みたいなものを片手間に書きたくない、本を書くことだけに専念したい」と、脱退を決意。メンバーは皆、その意思を尊重し、応援してくれたという。

ニーチェはオタクのスマホゲームの開発者…人物像にあわせてキャラ設定

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2014年、自伝的エッセイ『私の体を鞭打つ言葉』でデビュー。そして今年9月、満を持して発表した2作目が、大好きな哲学と、ずっと書きたいと思っていた小説を組み合わせた、『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』だ。

この小説の中では、ニーチェは「オタクのスマホゲームの開発者」、キルケゴールは「ナルシストのカリスマ読者モデル」として描かれるなど、現代に降り立った著名な哲学者たちのキャラクター設定がユニーク。マンガ好き、アニメ好きの原田さんのオタク的視点がフルに活かされている。

「この本を執筆するにあたって、大学生を中心に『哲学にどんなイメージを持っているか』をアンケート調査したのですが、『知っていたらカッコよさそうだし、役にも立ちそうだけれど、積極的に触れようとは思わない』という声が多く挙がったんです。そこで、『もしドラ』のようにエンターテインメント要素をふんだんに取り入れることで、哲学者の考え方をストレスなく読み進められるような小説にしようと考えました」

それぞれの哲学者について書かれた歴史本を読むと、その哲学者の「人となり」も見えてくる。それを現代に合わせてキャラクター設定し、かつデフォルメするという方法を取った。

「例えば、ニーチェはこだわりが強く、オタク気質が強いですが、見た目やファッションにこだわりがあり、健康に気を使ってココアを愛飲する側面もある。そこから、ココア片手にスマホゲームの開発に没頭している姿を思い浮かべました。ロマンチストでナルシスト、独自の生き様を確立していたキルケゴールからは、『黒づくめの独特のファッションに身を包む、気高い孤高のカリスマ読者モデル』を発想しました」

このほか、「女性好き」のサルトルはガールズバーのオーナーなど手広く事業を展開する実業家、ハイデガーは小さなことに動じない落ち着きを持つ京都大学の教授、ヤスパースは人当たりがよく穏やかな医師など、原田さんが各哲学者に持つイメージをそれぞれ、現代的なキャラクターに落とし込んでいる。

ニーチェの「祝福できないならば呪うことを学べ」は明るい教え

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細かいキャラ設定が功を奏し、「著名かつ歴史的な哲学者が、現代の日本に降り立ってもなぜか違和感を覚えないし、彼らの教えがより心に残り励まされた」という感想が多い。原田さんは「この本をきっかけに、哲学に興味を持ってくれる人が増えてくれたら」と笑顔で話す。

「人に合わせるのが苦手で、自意識過剰で挙動不審だった私が、大好きな哲学という分野で小説を出せるようになったのは、今までの経験がすべて糧になっているから。レースクイーンの時もアイドルの時も撮影が嫌すぎて、今でも写真を撮られるのが苦手ですが、いろいろなことを経験したからこそ、『この分野で生きていきたい』という思いに改めて気づけたし、覚悟もできた。創作活動は私の生きがいで、むしろそれ以外はなにもやりたくないレベル(笑)。これからも『哲学×小説』など、一人でも多くの人に哲学の魅力を伝え続けたいと思っています」

辛い時、悩んだ時は哲学書を開き、哲学者の言葉によって元気づけられてきた原田さん。『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』の中では、原田さんの糧になった哲学者の言葉がたくさん引用され、紹介されている。

その中でも、一番好きな言葉は?という問いに、原田さんはニーチェの「祝福できないならば呪うことを学べ」を挙げた。

「他人の幸福を祝福できない自分はダメなんじゃないか?などと自分の未熟さを恥ずかしがるのではなく、心がグツグツしているんだったらそれを受け入れ、いっそ呪ってしまったほうがいいんじゃない?そっちのほうが自分に対して誠実だ!という、ニーチェならではの『明るい教え』です。“呪う”のインパクトは強烈ですが、初めてこの言葉を知った時は、『なるほど!その通りだ!』と感服し、心のつかえが取れました。この言葉だけでなく、辛い時、悩んだ時、哲学者の言葉に救われる人はきっと多いはず」

レースクイーンとして、アイドルとしてたくさんのファンに支えられた経験のある原田さんは、ファンの大切さを知っている。

「私は生粋の哲学ファン。ファンだからこそ哲学を盛り上げたいし、自分にしかできないやり方でもっと哲学ファンを増やしたいです」

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▲『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』原田まりる著(ダイヤモンド社)

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:石郷友仁

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