一流の人は「自律神経」が整うよう、工夫をしている――順天堂大学医学部教授 小林弘幸氏の仕事論
小林弘幸(こばやし・ひろゆき)
1960年、埼玉県生まれ。 順天堂大学医学部教授。日本体育協会公認スポーツドクター。順天堂大学大学院医学研究科(小児外科)修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。自律神経研究の第一人者として、多くのアスリートの指導にかかわっている。著書に『一流の人をつくる 整える習慣』『自律神経を整える「あきらめる」健康法』(KADOKAWA)、『自律神経が整う時間コントロール術』(小学館)など。著書は累計200万部を超える。
自律神経研究の第一人者である。
77万部を突破した
『聞くだけで自律神経が整うCDブック』
など、ベストセラーとなった著書も多い。
数多くのトップアスリートの
指導も手掛ける小林氏に
仕事で結果を出す方法を聞いた
大事なのは、交感神経と副交感神経のバランス
仕事でもスポーツでも、高いパフォーマンスを保つには、“乱されないこと”が何より大事です。しかし残念なことに、世の中は乱されることばかり。外部からの刺激で自分が乱されていないか、つねに自分自身を観察して、すぐに“整える”。これが大切なんです。
スポーツの世界ではよく「心・技・体」と言いますが、何事も「心」と「技」と「体」、3つの要素のすべてが整って初めてうまくいきます。どれか1つでも乱れていてはいいパフォーマンスはできないのです。
「心」が整うとは、冷静で感情にいらつきがない状態であること。「技」が整うとは、スキルや技術が磨かれていること。そのためには事前の勉強や準備が必要です。準備をせずに高いパフォーマンスが出ることはありません。そして「体」が整うとは、体が疲れていない状態であること。この3つを整えるのに重要な働きをしているのが、自律神経なのです。
自律神経とは、自分の意思で動かせない臓器をコントロールしている神経です。例えば、末梢神経でいうと、自律神経はその周りにある筋肉を動かし、血流をコントロールしています。健康でないと、いいパフォーマンスはできませんよね。健康とは、“すべての細胞に質のいい血液をしっかり流せている状態”をいうんです。つまり、自律神経の働きが悪いと、パフォーマンスに影響が出てしまうということです。
では、どうしたら自律神経がうまく機能するか。自律神経は、交感神経と副交感神経から構成されています。車に例えると、交感神経はアクセル、副交感神経はブレーキです。交感神経の働きが上がると気持ちは高揚し、副交感神経の働きが上がるとリラックスします。大事なのは、この2つのバランスです。交感神経が優位に立つと、イライラし、免疫力が低下します。逆に、副交感神経が優位に立つと、注意力が散漫になり、ミスが増えます。
現代はストレス社会。社会人は交感神経が優位になってしまっていることがとても多いのです。特に男性は30代、女性は40代になると副交感神経の働きが低下しますから、副交感神経の働きを上げるよう常に意識することが大事です。
私も30代になってからは急激に体力の衰えを感じました。学生時代に野球とラグビーをしていたので体力はあるほうだと思います。20代のころは3日間寝なくても平気でした。それなのに、30代になると急に当直がきつくなったんです。家族があきれるほどバリバリ仕事をしていたのに、職場に行きたくなくなった。今思うとそれは、副交感神経の働きが下がったからなんです。
皆さんのなかには、新しいことをするのが億劫になったり、新しい環境になかなかなじめないと感じている人も多いかもしれません。それも副交感神経の働きが悪くなっているからです。副交感神経が高ければ、ストレスを感じる状態にあっても副交感神経がなんとかしてくれます。でも、副交感神経が低い状態では、交感神経が優位になり、筋肉に血液がいかなくなるため、疲れやすくなるんです。脳の血流も悪くなるので、集中力や判断力も欠ける。当然、仕事もうまくいかなくなります。そうするとますますストレスがたまり、不安にもなる。まさに負のスパイラルにはまってしまうんです。
名医は、いるだけで周りの人の自律神経も整える
交感神経と副交感神経、両方のバランスが大事だと言いましたが、両方の働きがともに低い状態でもダメです。それではやる気が出ず、無気力な状態になってしまいます。理想は、交感神経と副交感神経、両方が同じくらい活発に働いている状態です。私は数多くのトップアスリートを指導していますが、彼らは最高のパフォーマンスのために、「ゾーン」という状態に入ることを意識しています。「ゾーン」とは、交感神経と副交感神経がどちらも活発に働き、かつバランスが取れている状態です。
皆さんも緊張しているのに意外といい結果が出せた、という経験があると思います。少し緊張してても心は冷静。そんな状態が最高のパフォーマンスを生むんです。ガチガチに緊張して何も考えられない状態ではダメですよ。それは交感神経が優位に立ってしまっている状態です。そんなときには深く呼吸をするといい。ラグビーの五郎丸歩選手もそうですが、一流のスポーツ選手は、ボールを蹴るなど何か重要なことをする前に深呼吸をしますよね。呼吸を整えると、不安が消え、平常心を取り戻せるようになります。皆さんも仕事中に心が乱れたり、不安に駆られたりしたときには、空を見上げたり、深呼吸をしてみてください。ため息をつくのもいいですよ。気持ちが落ち着いてネガティブな考えが消えていくのがわかると思います。
自律神経の乱れは周りに影響します。イライラした人が入ってくると空気が悪くなって、チームの士気が下がりますよね。逆に自律神経が整っている人は、周りの人の自律神経も整えます。名医と言われている人が手術室に入ると、たとえ緊急オペであわただしい状態であっても、空気が一変して落ち着いたムードになります。名医はそこにいるだけでメンバーの自律神経のバランスを整えてしまうんです。みんなが焦っている状態で手術をするのと、落ち着いて冷静な状態で手術をするのと、どちらがいい結果になるかは明らかですよね。
一流と言われる人は、自律神経が整うよう、いろいろな工夫をしているんです。私も3行日記をつけて嫌なことをその日のうちに吐き出すようにするなど、日常生活でさまざまな工夫をしています。音楽もいいですよ。人間の脳は音楽を聴くと「快」を感じるようにできていますから。先日、上梓した『聞くだけで自律神経が整うCDブック 心と体のしつこい不調を改善編』に収録した曲は、自律神経が整うように曲調や長さを工夫したものです。会社に行くのがつらいときや、やる気が出ないときに聞くといいでしょう。
自律神経を整えるには、
時間マネジメントが
とても大事だという。
時間に振り回されるのではなく、
先手、先手で片づける。
そうして生まれたゆとりが
パフォーマンスを向上させるという
時間に追われたら終わり。嫌な仕事ほど早くやる
時間のマネジメントはとても大事です。私はたくさん本を書いていますが、一度も締め切りに遅れたことはありません。それどころか、締め切りの1カ月前には書き終えています。自分で締め切りを1カ月前に設定しているのです。理由は、“時間に追われたくない”から。「締め切りが迫っている」という焦りが集中力や判断力をなくさせ、パフォーマンスを低下させます。時間に追われたら終わりです。嫌な仕事ほど先にやる。何事も先手を打つことが大事です。先手、先手を打って早く手をつけておけば、どんなに難しい仕事でも何とかなるものです。余裕がいいアイディアを生むからです。
仕事選びもそうです。やるかやらないか、迷わない。瞬時にその場で判断します。判断基準は“時間”。締め切りまでにできる仕事なら引き受けます。間違っても自分の利害で判断しないこと。自分のキャリアに役に立つだろうか、などと利益を求めると判断を誤ります。あくまで時間軸で考えて仕事を選ぶ。大事なのはいろんな経験を積むことです。もしそうやって選んだ仕事で失敗したとしても、その経験は必ず後に仕事の糧になります。これまで私が歩んできた道は地獄でしたよ。ものすごく苦しかった。でも、そういう経験があったからこそ、困っている人の気持ちがわかるようになりました。苦しい時期を乗り越えるためにいろいろな工夫をしたからこそ、同じような立場にいる人にアドバイスができるようにもなったんです。
10のうち、1つでもいいことがあるなら、そのまま進んだほうがいい
どんな仕事でも隣の芝生は青く見えるものです。私が医学の道を選んだのは偶然です。文系は苦手、数学はちょっとなあ…と消去法で残ったのが、医学部でした。小児外科を選びましたが、仕事は本当に大変でした。別の科に進んでいたらどうだっただろうかと考えたこともありました。でも、そんなことを考えていても仕方ないでしょう。どんな仕事でも継続は力なり、なんですよ。偶然選んだ道でも、それがいばらの道であっても、自分なりに楽しみを見つけて進んでいくと、なんとか形になるものです。
知人の医師に、医学部の6年生の時にラグビーの試合中に頸椎骨折をして、首から下が全く動かなくなり、車いすでの生活を余儀なくされた人がいます。翌年の3月には国家試験を受けて、合格すれば4月から医師として働くことになっていた。そんなときに首から下が動かなくなったわけですから、計りしれない苦悩や葛藤があったと思います。でも彼は国家試験を受けて医師になり、今では精神医学とスポーツ心理学の研究をしています。口を使って文字を書くわけですが、私より書くのが早いですよ。いつもおだやかで、愚痴も言わず、淡々と自分のするべきことをしています。
私も医学部6年生の時にラグビーで大けがをして、「一生ギブスになるかもしれない」と言われたことがあります。結局、歩けるようになるまでに3年かかりました。そのときは本当にきつかった。絶望的な気持ちになりましたよ。でも、彼に比べたら大したことではない。スポーツの世界には、大けがをして体が動かなくなった人がたくさんいます。人は何か悪いことが起きると「自分はついてない」なんて思ってしまいがちですが、職場に行って仕事ができるわけですから、やっぱり恵まれているんですよ。
会社に行くのが楽しくてしょうがない、なんていう人はめったにいません。ほとんどの人は仕事をするのは嫌だと思っている。でも、10のうち9はつらくても、1ついいことがあったら、それでよしです。10あって10つらいなら仕事を変えたほうがいいと思いますけどね。でも、大抵1つくらいはいいことがあるんじゃないかな。それならば、なかなか結果が出せなくとも、「明日から頑張ろう」でいいじゃないですか。私はそう思ってやっていますよ。
【information】
『聞くだけで自律神経が整うCDブック 心と体のしつこい不調を改善編』
小林弘幸著・作曲 大矢たけはる編曲・演奏
「体の不調が消える」と話題になり、77万部のベストセラーとなった『聞くだけで自律神経が整うCDブック』。自律神経の第一人者である小林氏が、自律神経が整うよう、医学的根拠に基づいて音色やリズム、曲の長さを計算して作曲したものだ。その第2弾が発売された。このCDは、「過去の自分を振り返りつつ」「現在の過去を客観的に見つめながら」「明るい未来をイメージできる」よう、音源に工夫がほどこされているため、聴くだけで自律神経が整ってくるのだそうだ。特に副交感神経を高め、交感神経の上り過ぎをコントロールするので、仕事のストレスが多い社会人にお勧めだ。アスコム刊。
※リクナビNEXT 2016年7月13日「プロ論」記事より転載
EDIT/WRITING高嶋ちほ子 PHOTO栗原克己
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