文豪との山あり谷あり結婚生活20年〜植松三十里『猫と漱石と悪妻』
イケメンな文豪といえば、まず名前があがってくるのは太宰治・芥川龍之介あたりではないだろうか(現代作家であれば島田雅彦さんとか)。しかし、私は夏目漱石の方がハンサムなんじゃないかと思っている。森鴎外もいい(とはいえ、タイプなのは中島敦とか遠藤周作とかだが。我ながら統一感に満ちた好み)。
そう思っていたところへ読んだこの本、専門家でもないので軽々に断言するわけにはいかないが、夏目漱石夫妻の生涯がかなり史実に沿って描かれていて、主人公は鏡子夫人。鏡子がやたら漱石の顔が気に入ったという記述がひんぱんに出てきて、我が意を得たりという気持ちである。現在NHKドラマ「夏目漱石の妻」を放映中だが、漱石役の長谷川博己さんもかっこいい(今年は夏目漱石没後100年ということで、各方面で関連企画が目白押し。ドラマやその他の展覧会など、あわせて楽しまれるとよろしいかと)。
仲人が持ってきた見合い写真を鏡子が受け取るところから物語は始まる(最初のページから漱石の男ぶりのよさについての言及がある)。「うちの娘たちは、帝大の銀時計組にしか嫁がせない」という父親の主張により、鏡子や姉妹たちに持ち込まれる縁談の選択肢は大幅に限定されていた(ちなみに「銀時計組」とは成績優秀者たちのことで、学部ごとの成績優秀者1〜2名に銀時計が与えられていたことに由来するそう)。漱石との見合い話は、学歴と外見のよさは両立しないものか…とあきらめの境地に差しかかっていた彼女にもたらされた僥倖だったのである。その後順調に話はまとまり、めでたく結婚の運びとなった。しかし、シンデレラや白雪姫のようなおとぎ話とは違って、結婚はゴールではない。ここから、約20年にわたる山あり谷ありの結婚生活が始まったのだった…。
本書はとても興味深い小説であったが、漱石がけっこうなDV野郎だったという描写がそこここにみられ、漱石ファン(か、顔で言ってるんじゃないんだからね! 作品が好きなんだからね!)としてはたいへんがっかり。どこまでが事実かはわからないが、ある程度信憑性のある話らしい。精神的な病によるものとはいえ、妻や子どもを殴るというのは容認し難いものが…。それでも黙って(…ばかりではないか、けっこう言い返しているかも)漱石を支える鏡子の姿にはしみじみと心を打つものがある。暴力を振るうようになる前の仲睦まじい記憶や、落ち着いているときにはいい人なのにという思いがあるからだろうか。世間的には夫人は悪妻という評判が定着しているらしいが、逆にできた奥さんではないかなあと思う。
さて、題名にもうひとり(?)いるのをお忘れなく。そう、本書は『「猫」と漱石と悪妻』。堂々トップをとっているのは猫なのだ。夏目家に住み着いた黒猫をモデルに『吾輩は猫である』(新潮文庫他)が書かれたことは有名な話。本書でも黒猫は「福猫」であるとして家族にかわいがられていて、心和むエピソードとなっている。
著者の植松三十里氏は48歳でデビューを果たされたいわゆる遅咲きの作家。エッセイ集『おばさん四十八歳 小説家になりました』(東京堂出版)に、そのあたりの事情が詳しく書かれている模様(私も未読なので読んでみたい!)。
(松井ゆかり)
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