Joe Odagiri × Yu Aoi『Over The Fence』Interview
妻に見限られ、故郷の職業訓練校に通いながら惰性な日々を送る男。自分の感情をうまくコントロールできない事から、他人を拒絶するも、それでも他人を求めてしまう風変わりなホステス。函館を舞台にした映画『オーバー・フェンス』は、壊れかけた心を抱えた男女が惹かれ合う、痛々しくも純粋な恋愛映画だ。原作は1990年に自ら命を絶った作家、佐藤泰志。『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』に続く“函館三部作”の最終章を、青春群像劇の名手・山下敦弘監督が映像化した。すべての虚飾を削ぎ落としたぶつかり合いから見えてくる、普遍的な男女の姿──。10年ぶりの共演で迫真の(ほとんど捨て身の)熱演を見せたオダギリジョーと蒼井優に、作品にかけた想いを聞いた。
──とても痛々しくて、同時に、このうえなくピュアな恋愛映画ですね。演じる側も相当な覚悟を強いられる作品じゃないかと感じたのですが……オファーを受けた際の感想はいかがでした?
オダギリ「僕は以前から、高田(亮)さんの書かれるシナリオが好きだったんです。彼の脚本って……何て言えばいいのかな……すごく魅力的な壊れ方をしてると思うんですね。辻褄の合った会話だけできちっと物語を構築していくんじゃなくて。むしろ所々に、ボコッと欠落してる部分があったりする。台詞ですべてを説明しようとしていない感じがあって、役者としては、そこが演じたくなります」
──なるほど。
オダギリ「いい意味で言葉に重きを置きすぎない。今回の『オーバー・フェンス』もまさにそうですよね。あんなにリアリティーのある欠落とか空白って、本当に上手な脚本家さんしか作れませんから。なので、依頼をいただいて嬉しかったです」
蒼井「私も脚本を読ませていただいて、『ああ、こういう映画出たいなぁ』と素直に感じました。山下(敦弘)監督の作品は初めてですし、オダギリさんとご一緒するのも10年ぶりだったので、もちろんドキドキする部分はあったんです。何より、演じる上ですごく落としどころの難しい役だ思った。でも、そこはもう、やってみるっきゃないかなと。そんな感じで現場に入りましたね」
──家庭生活に破れ、故郷の函館に戻って職業訓練校に通う中年男性と、自分を持てあましながらも男に惹かれていく一風変わったホステス。演じた人物像については、それぞれどのように捉えていましたか?
オダギリ「これもまた、言葉で説明するのが難しいんですけれど……蒼井さんが演じられた聡(さとし)という女性は、どこか破綻してるキャラクターだと思うんですね。人としていろんなバランスを崩しているのが、誰の目にも見てとれる」
蒼井「そうですね(笑)」
オダギリ「それに比べると白岩という男には、あまり目立った特徴がない。訓練校には通っていますが、そこでの人間関係も付かず離れずという感じで、常に何となく笑顔を浮かべ、あたりさわりなく暮らしてるというイメージが、まずあります。でも実際のところは、彼は彼で破綻を抱え込んだ人物と思うんです。授業が終わると、いつもお弁当1つと缶ビールを2本買って帰るでしょう。で、テレビもないアパートで1人で夕食をとる」
──あの食事シーン、すごくよかったですね! 黙々と唐揚げを食べるところ。
オダギリ「あ、そうですか(笑)。それは初めて言われました」
蒼井「ははは。たしかに」
オダギリ「でもたしかに、あんな寒々しいところを見せられたら、この男も普通じゃないって感じはしますよね。あんな暮らしが続いたら、僕なら頭がおかしくなってしまう。結局、バランスがおかしいという部分では、白岩と聡は似通った役だと思うんです。現れ方は『動』と『静』みたいに対照的だけど、根っこは繋がってる。それで結局、惹かれあってしまうんじゃないかと」
蒼井「うん、うん」
オダギリ「ただ白岩の場合、それを隠すためにすべてを取り繕って生きているという部分も、人物像的には重要なポイントだったので。演じるうえでは『あくまで表面的には普通』という加減は、自分なりにずっと考えてました」
蒼井「それでいうと私も、『動』の役柄だからこそ演じすぎないようにしようとは、すごく思ったかな。特にクランクイン前はその意識が強かったんですけど……実際に撮影が始まってしまうと、そんな客観性はほとんど持てなかった」
オダギリ「わかります」
蒼井「もともと私、いわゆる役に入り込んで演技するというタイプではないと思うんですね。正直、そういうのはちょっと苦手だったりする。でも今回は、撮影していくうちに、自分と役の境目がどんどん曖昧になってしまって…。芝居の中の聡が傷ついているのか、それとも私自身が傷ついてるのか分からなくなっていった。しまいにはもう、自分と向き合ってる男の冷たい視線が白岩のものなのか、オダギリさん本人のものなのかすら判断が付かなくなってきて(笑)」
オダギリ「(笑)」
蒼井「そんな経験は初めてだったので、自分でもどうしちゃったんだろうと思った。ある時点からは諦めて、無理に客観性を保とうとはしなくなりましたけど……結局、最後まで不安は不安でした。あと、すごく記憶に残ってるのは、物語の中で何回か、聡が鳥の動きを真似るところがあるんですよ」
──求愛のポーズですよね。白岩が初めて聡を見かける場面でも描かれていた。
蒼井「そう。聡のエキセントリックさがよく出ている箇所で、脚本の段階ではそこを演じるのが一番大変かと想像してたんです。だけど、実際やってみると反対で。鳥の求愛を真似てるときだけが自由な気持ちになれた(笑)。その間だけは、白岩なのかオダギリさんなのか分からない冷たい視線から逃れられてる気がしました。で、別の場面に写ると、また重たい現実がどっと襲ってくる。そのギャップの感覚を、すごくリアルに覚えてます」
──ちなみに聡の演技では、声の変化もすごく印象的でした。白岩の機嫌をうかがう柔らかいトーンからパーンと弾ける絶叫まで、場面によって広いレンジを細かく使い分けている気がしたんですが……。
蒼井「あ、それは嬉しいです。ただ、そこの部分も、自分ではほとんど客観視できてなかったですね。1つだけ気をつけてた点があるとすれば、脚本を読んだときの記憶に引きずられないことかなぁ。さっきオダギリさんが仰ったように、今回、いい台詞がいっぱい出てくるんですよ。破綻してるからこそリアルで、台本を黙読してるだけでリズムに乗れるというか……台詞が音で浮き上がってくる気がする。でも、そういうイメージは逆に外していこうと」
──せっかく浮かんだのに? どうしてですか?
蒼井「自分のイメージのサイズに収まってしまうというか、かえってつまらなくなる気がしたんですね。なので、脚本で音が浮かんだ箇所は疑ってかかろうと。それだけは最初から決めてました」
──お2人の共演は、2007年の『蟲師』以来ですね。
オダギリ「はい。ただ現場では、ほとんどお話はしなかったんですよね。それからは共演はおろかお会いするチャンスもなくて……」
蒼井「撮影当時、私は20代に入ってすぐくらいだったのかな。すみません、今にして思うと、人見知りがもっとも激しかった時期で(笑)」
オダギリ「いえいえ、僕の方もそんな年下の女性と何を喋ればいいのか、よく分からなかったので(笑)。今でも覚えてるんですけど、撮影の合間に一度、控え室で2人きりになったことがあったんですよ。へんに話しかけて怖がられても困るし、『どうしよ、どうしよ』と半パニック状態で。結局、大沈黙で終わったというね」
蒼井「そうです、そうです! 私は私で、オダギリさんの困った空気をすごく感じていて。けっこうな時間、2人で黙りこくってたんですよね(笑)。で、まったく会話のないまま撮影が再開しちゃって…。自分は何で先輩に気を遣わせちゃってるんだと、後で自己嫌悪に陥りました。絶対嫌われちゃったなって。なので今回、共演のお話をいただいたとき、事務所に「え、本当に?」って聞き返しちゃった」
オダギリ「それくらいすごい雰囲気でしたもんね(笑)。こちらはこちらで、たぶん蒼井さんは僕のこと嫌ってるんだろうなと勝手に思い込んでました。そのまま10年が経過して。今回、お互いの思い込みだったと初めて判明しました」
蒼井「スタッフさんを交えて飲んでいて、それがわかった瞬間、すっごい盛り上がりましたもんね! 約10年ごしの雪解け」
オダギリ「(笑)。和解できて本当によかったです」
──久しぶりに共演された感想はいかがでした?
オダギリ「この10年の間の、もちろん蒼井さんのお仕事はいろんなところで拝見してました。演技の幅もどんどん広げられてきて、特に舞台作品を通じていろんな経験を積まれたと思うんです。今回一緒にお芝居をして、あらためてその重みを実感したと言いますか…。率直に、演技者として凄い人だなってずっと思ってました」
蒼井「私まったく同じです。あと、演技面はもちろん、作品との関わり方でも刺激を受けましたね。いい意味で肩の力が抜けているというか…。『え、主役の方がこんな時間まで飲んでいてもいいんだ!』みたいな(笑)」
オダギリ「(笑)」
蒼井「みんな、オダギリさんのこと『不良先輩』って呼んでたんですよ」
オダギリ「いや、単に主演の自覚が足りないだけです(笑)」
蒼井「いえいえいえ(笑)。私が今までご一緒してきた主演俳優さんって、どこかで映画を背負って立つ覚悟が見えやすいというか……監督と並んで、作品の中心にいる感じがしたんですね。でもオダギリさんは逆で、中心から一番離れたところで全体を見守ってる感じがした。『蟲師』の頃は私が未熟すぎて、そういう立ち位置のことは全然分からなかったんですけど。今回、『あ、こういう作品との関わり方もあるんだな』と思って、すごく気が楽になったんです」
オダギリ「そう言っていただけると、ちょっとだけホッとします」
──今回の撮影現場で、特に記憶に残ったシーンやエピソードなどがあれば、教えていただけますか?
蒼井「そうですね……今回、夜の動物園で、白岩と聡が自転車を2人乗りするところがあるんですね。で、その頭上から鳥の羽がいっぱい降ってくる。映画ならではのファンタジーというか、大好きなシーンなんですけど。実はあれ、山下組のメイクさんの発案なんですよ。その場面で何か印象的な仕掛けができないか、監督がスタッフから匿名でアイデアを募った結果、羽の案が採用された。そのエピソードを聞いたときはすっごくいいなと思いました。『オレが、オレが』みたいな感じじゃなく、そういうことが自然にできる山下監督ってすごいなって」
オダギリ「たしかに。民主主義ですよね」
蒼井「ただし本番では、みんなが想像していた3〜4倍も降ってきたという」
オダギリ「そうそう、真夜中にとんでもない量の羽を降らす山下組(笑)」
蒼井「もう1つ──これは別に感謝してるわけじゃないんですけど、ものすごく不安な状態のまま私を放っておいてくださった。山下組って、明らかに私が心配そうでも、役についてアドバイスするとか、『大丈夫?』って気を遣うとか、一切ない。それはすごく憶えてます。放置されることで、役作りしなくても自然と聡の不安定な心情に近づけたというのも、結果的にはあったかもしれませんね」
オダギリ「ああ、なるほど」
蒼井「すべてのシーンを撮り終えた日、スタッフの皆さんとホテルのロビーで乾杯したんですね。そのとき山下さんは『俳優が自分で観たいと思うような映画は撮りたくない』って仰ってて。その意味では私なんか、監督の思う壺だったなと(笑)」
オダギリ「演技の話からは離れるんだけど、僕は個人的に、山下監督の風景ショットの使い方がすごく好きですね。例えば、鉛色の空を背景にカモメが飛んでるところ。何気ないんだけど、墨絵のような映像が絶妙なタイミングで入ってくることで、函館という土地のちょっとした閉塞感とか、聡と白岩が置かれた境遇が、余韻として心に残る。そういう独特のタッチやリズムは監督らしいなと思います」
──見所と言えば、物語中盤のあるシーン。それまで何となく惹かれ合っていた2人の関係が決定的に変わり、互いの感情をぶつけ合う芝居が凄まじかったです。
オダギリ「ありがとうございます」
──詳しい内容は映画を観てもらうしかないんですが……それこそ目を背けたくなる気まずさと、誰かを好きになる切なさが入り交じった名場面と感じました。
オダギリ「2人が衝突するあのシーンは、実は撮影期間の最終日に撮ったんです。いわば本作における最大のターニングポイントであり、作品全体を左右するくらい大切なやりとりだと言っていい。逆に言うと蒼井さんも僕も、そのハイライトから逆算してすべての芝居を構築していたと思うんですね。その意味で、最後の最後に一番大事なシーンを撮るというやり方は、役者として新鮮だった。しかも、どんなに脚本を読み込んで逆算しても、イメージ通り行かない部分は必ず出てくるわけで……」
──実際、いきなり感情を炸裂させる聡を前にして、白岩はなすすべもなく狼狽えているように見えました…。あの表情の演技も計算だけじゃなかった?
オダギリ「そうですね。たぶん白岩だけじゃなく、僕という生身の人間もリアルに狼狽えてたんじゃないかな(笑)」
蒼井「今となってはもう、笑うしかない(笑)。たしかあの場面に限っては、何度かわざわざリハーサルもしたんですよね」
オダギリ「そうでしたっけ?」
蒼井「はい。でも結局、本番ではまったく違う展開になっちゃった」
オダギリ「うん、そうでした。でも、あの張り詰め方じゃ当然そうなりますよねえ。毎回ほとんどぶっつけ本番ですし、リハと同じように動いてくださいと言われたも、できるわけがない(笑)」
蒼井「何だろう……あのシーンは役者もスタッフさんもみんな捨て身だった。現場にいる誰もが変な汗をかきながら、『どうなるかわからないけど、とりあえずカメラを回そう!』みたいなテンションで撮っていったので。いろんな人のいろんな気持ちが混ざり合って、もの凄い化学反応が起きてる気がします」
——言うべきじゃないって頭では分かっているのに、感情を堰き止められなくなってしまう聡の表情も忘れられません。
蒼井「相手を攻撃しようとすればするほど、どんどん自分が傷付いていく。それでも口だけが勝手に動いてしまう感覚が、私の中にあって…。あそこも演じながら、後悔してるのが聡なのか私なのか、分からなくなってしまう感じでした」
オダギリ「ああいう経験は、役者をしていてもなかなかあるもんじゃない」
蒼井「ないですね。たぶん今後もないと思います」
オダギリ「本当に。いろんなことが現場で奇跡のように影響し合って生まれたシーンでしたよね。あのウネリは僕も忘れられません」
photo Shuya Nakano
hair&make-up Yoshimi Sunahara(Joe Odagiri)/Yumi Narai(Yu Aoi)
Styling Tetusya Nishimura(Joe Odagiri)/Setsuko Morigami(Yu Aoi)
text Takayuki Otani
edit Ryoko Kuwahara
『オーバー・フェンス』9月17日(土)、テアトル新宿他にて全国ロードショー
監督:山下敦弘『苦役列車』、『味園ユニバース』
出演:オダギリジョー、蒼井 優、松田翔太ほか
オダギリジョー
第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『アカルイミライ』にて初主演を果たし、『あずみ』では、第27回日本アカデミー賞新人俳優賞、エランドール賞新人賞を受賞。『血と骨』で第28回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、『ゆれる』、『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』で日本アカデミー賞主演男優賞、『舟を編む』で同賞優秀助演男優賞を受賞。近年は、『合葬』、『FOUJITA』にて主演・藤田嗣治を熱演。またTBSドラマ「おかしの家」、「重版出来!」の出演も話題に。本年は、『湯を沸かす程の熱い愛』(中野量太監督/10月29日公開)、『続・深夜食堂』(松岡錠司監督/2016年11月公開)の公開も控えている。
http://www.dongyu.co.jp/profile/JoeOdagiri/
蒼井 優
1999年、1万人の中からミュージカル『アニー』のポリー役に選ばれデビュー。2001年、岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』で映画に初出演。その後、2002年に「三井のリハウス」の10代目リハウスガールに選ばれ、2003年に『高校教師』(TBS)で初めて連続ドラマにレギュラー出演。2006年度は、映画『フラガール』などでの演技が認められ、第30回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、第49回ブルーリボン賞主演女優賞をはじめ、数多くの映画賞を総なめにした。松井大吾監督作で主演を演じる『アズミ・ハルコは行方不明』が2016年12月3日に公開。
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