『千日の瑠璃』40日目——私は絵葉書だ。(丸山健二小説連載)
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私は絵葉書だ。
みやげ物店で販売されている、うたかた湖を中心にした写真入りの、不人気な絵葉書だ。よそ者の眼に映じた私の評価はよく知らないが、しかし地元でのそれは実に酷いものだった。写真なのに実景よりも美しく見えないのはどういうわけだ、と言う者が何人もいた。「これではそのへんの溜池とちっとも変らんじゃないか」と言ったのは、町長だった。
私を誉めてくれるのは、少年世一の家族くらいだろう。それというのも、かれらの家が丘ごと真正面にでんと据えられ、おまけに湖面にもくっきりと映っていたからだ。四季折り折りの光がぼろ家を邸宅に変えてしまっていた。そこには逸楽の日々すら感じられたのだ。まだ誰も気づいていなかったが、丘の道をてくてく歩いて行く、今よりいくらか幼い世一の後ろ姿も微かに写っていた。どこか飛んでいる鳥の姿に似ているのは、たぶんオーバーの裾が風に翻っているせいだろう。
また、松林の向うの街道に面したバス停では、生活のために出郷する姉と、彼女を見送る妹が別れを惜しんで相擁して泣く姿が、小さく写っていた。花で彩られた食卓を囲む新婚夫婦や、川遊びに時を過す老女や、湖畔の宿、《三光鳥》に投宿している客も写っていた。そして私は、どこか春情をそそる地形としてまほろ町を捉え、ゆくゆくは国家主義に吸収されるに違いないマイホーム主義を、見る者が見ればわかるように写し出していた。
(11・9・水)
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