『千日の瑠璃』34日目——私は退廃だ。(丸山健二小説連載)

access_time create

 

私は退廃だ。

まほろ町全域をすっぽりと覆う、過渡的現象とは別の、慢性的で、どうしょうもない退廃だ。活性化に結びつくほどの新機軸を打ち出せる者はおらず、終日細やかな倖せを待ち暮らす人の数も減り、今や私の独壇場と化している。住民たちはもはや先行きの心配をせず、難局に当直しているという自覚さえも持っていない。待ちくたびれたかれらは、しびれを切らして横坐りになるか、あるいは、だらしなく寝そべるばかりだ。

そんなかれらを、私は確実に蝕んでゆく。すでにかれらには、事の難易を問わずに体当たりをする気概などない。不滅の偉功を立てようと夢見たり、才学豊かな人物をめざしたり、腕っ節に自信を持ったりする若者がここにいたのは、はるか遠いむかしのことだ。このまま放っておくといずれ大事になる、とそう指摘する者もいない。

生まれてから二十年余りも経ち、骨が軋むほどの成長を遂げて親よりもでかい図体になった若者が、おとなになることを拒んでいる。男どもは恥知らずにも、子宮への回帰を本気で願っている。そして女たちは、抑制の利かない本能にまたがって荒れ狂い、私に挑戦しては無惨に砕け散る。

きょう、丘の上で飼われているオオルリが私に言った。「おまえは田舎町に似合わしい安物の退廃だ」と言って、飛び切り極上の頽唐を、それは見事にさえずってみせた。
(11・3・木)

丸山健二×ガジェット通信

  1. HOME
  2. エンタメ
  3. 『千日の瑠璃』34日目——私は退廃だ。(丸山健二小説連載)
access_time create
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。