やっぱり出た!心霊スポットでのお泊りデートにご用心 ~ツッコみたくなる源氏物語の男女~
夏といえば、海水浴や登山、花火大会と並んで肝試しや怪談話もはずせませんね。でもふざけて心霊スポットに行くと、怖い目に遭うという話も聞きます。今回は源氏と夕顔を襲った、心霊スポットでの悲劇を紹介しましょう。
気分転換に、噂の心霊スポットでお泊りデート
狭くて粗末な五条の夕顔の家。御殿や豪邸を見慣れた源氏には、隣近所の庶民の声や、生活音も新鮮な面白さがありました。でも来るのも大変だし、落ち着かない。「ここも楽しいけど、近所の音がうるさいね。一緒にお出かけしよう」。
夕顔が不安そうなので、源氏は「私とあなたのどちらがキツネかな。だまされてついておいで」と言っているのも、怪談話の伏線的です。源氏は夕顔と、彼女の乳姉妹の右近という女房を連れて移動します。
二人がやってきたのは、『なにがしの院』。昔は皇族が住んでいた広い邸でしたが、今は草ボーボーの荒れ放題。ジットリ湿った霧が出て、こんもりした木々にフクロウが「ホー…ホー…」と鳴くのも気持ち悪い。この場所のモデルは実在した『河原院』と言われ、怪談話が多く残っています。
翌朝、源氏は「ほら、あの夕顔の扇の…」とついに正体を明かします。夕顔は「あら、カッコいいと思ったのは見間違いだったみたい」。冗談をいうものの、どうしても名乗りません。「教えてよ」「うふふ……」2人はイチャイチャして、日がな一日過ごします。
夕顔はまだここが怖いのですが、右近は(頭の中将さまとお付き合いの頃、こんなお出かけがあったわ)とちょっとウキウキしています。
こだまでしょうか、それとも……物の怪登場
夜、少し寝入った頃。源氏の枕上に美しい女が座り「私がお慕いしていますのに、こんなつまらない女とご一緒されて。恨めしや…」。隣の夕顔に触れようとします。ゾッとして、源氏が枕元の太刀を引き抜くと、女はスーッ……と消えていきました。彼女を守ろうと、太刀を引きぬくアクションはちょっとかっこいい!
気がつけば灯りも全て消え、あたりは静まり返っています。右近に灯りを持ってくるように言いますが、ガタガタ震え「怖くてとてもとても……」。夕顔はひどく汗をかいてぐったりし、様子が変です。「誰か!」源氏は手を叩いて人を呼びますが、廊下の奥にこだまするばかり。手を叩く音のこだま、気持ち悪いですね……。
源氏は自分で行って、灯りや魔除けの指示を出します。戻ってくると右近は夕顔にしがみついていました。「しっかりしろ。こういう場所ではキツネや物の怪が取り付いたりする。でも私はそんなものに負けないぞ」。源氏、男らしいぞ!頑張れ!!
やっと来た灯りを掲げて夕顔の様子を見てみると、またあの女がフッとあらわれて消え、夕顔はもう死んでいる。「夕顔!私を悲しませないでくれ……」源氏の呼びかけもむなしく、彼女の体はどんどん冷たくなり、右近は怖さも忘れ、狂ったように泣きます。
死んだ夕顔、泣き叫ぶ右近。正気でいるのは自分だけ。今日に限って惟光はどこか行っていて捕まらない。灯りに影が怪しく揺れるのも、建物がギシギシいうのも、物音のすべてが物の怪の仕業のように思えます。(どうしてこんな目に遭うんだ…)。ポルターガイスト現象に耐えながら、源氏は長い長い一夜を明かしました。
恐怖体験から一夜明け、悲しみに混乱する源氏
明け方、惟光が参上。源氏は(いつもいるくせに、こんな肝心なときにどうしていないんだ!)と言いたいのですが、思いがこみ上げてすぐに話せない。泣きながら「どうしよう…夕顔が……」。緊張が緩んでホッとしたんでしょう。昨日の夜は源氏は大健闘でした。
これには惟光も思わずもらい泣き。でも、二人とも17歳位の若者、こういう時どうしていいかわからない。目の前で変死事件が起きたんだから無理もないです。それでも惟光は考えて「ここの管理人に知られるのもマズイし、五条だと人目につく。知り合いの尼がいる山寺にお移しして、そこで葬儀を営みましょう」。
源氏は山寺についていこうとしますが、惟光は「馬で、とにかく二条院にお帰りを」。源氏が馬に乗るのに、指貫(さしぬき。男性の履物で長いかぼちゃパンツ風)の裾をくくってあげます。源氏は服装どころではなかったんでしょう。甲斐甲斐しい惟光です。
源氏は真っ青な顔で帰宅し、帳台にこもります。(やっぱり寺についてけばよかった。物の怪の仕業なら、寺で息を吹き返すかも。気がついて、そばに私がいないと知ったらどんなに悲しむだろう。あんなに怯えていたし…)。そう思うと胸がつまり、体中が痛くて苦しくてたまらない。自分ももう死ぬんじゃないか。女房たちは、源氏が朝食にこないので不思議に思います。
惟光の読み通り、心配した帝の使いや頭の中将がやって来ました。「昨日も宮中に来なかったけど、どうかしたんですか?」部屋に上がろうとするので「そのままで。急な死の穢れに触れた」。死の穢れに触れた人の家や、体に触るとアウトです。ちょっと“エンガチョ”みたいですね…。
頭の中将は「では帝にそうお伝えします。でも、ホントは女でしょ?」とカマをかけますが、源氏はただただ「ごめん、今日はもう」。頭の中将が真相を知るのは、十数年後になります。
「これ以上死人が増えたらオレが困る」惟光の孤軍奮闘
一方、惟光は大変でした。夕顔は生き返る様子なく、葬儀の手配などを頼みます。右近は絶望のあまり、谷間に投身自殺を図りますが、惟光がギリギリで止めます。頼むからもうオレの仕事を増やさないでくれ!!
夕方、源氏に報告に戻ると「最期に一目会いたい」。それもまた難儀ですが、あまりに悲しんでいるので仕方なく山寺へ。源氏は夕顔の手を握り「もう一度、声を聞かせてくれ。あんまりだよ」。源氏は我慢を忘れ、声を上げて号泣しました。いろんな死別シーンが出てきますが、この激しさはなかなか印象的です。
さらにフラフラの源氏は落馬し「道端で死ぬ運命なんだ。もう家に帰りつけそうにない」。惟光もさすがに困り果てて「どうしても、というから連れてきたけど、やっぱり止めときゃよかった!」。もうこの話のMVPは惟光で決定ですね。ご苦労さまです。
源氏はその日から1ヶ月ほど寝込みます。回復してきた頃、二条院に連れてきた右近に話を聞くと、思った通り、夕顔は頭の中将の昔の彼女で娘もいることが判明。享年19歳でした。「夕顔のように頼りなげで可愛い女性は理想的だ。ここで一緒に暮らそうと思っていた」。「本当にピッタリの方でしたのに…」右近はこれ以降、源氏付きの女房として仕えます。
四十九日の法要の時に、源氏は夢に夕顔と、あの物の怪の女を見ます。「あの廃院にいた魔物が源氏に魅入られて、夕顔を取り殺したのだろう」。ここで夕顔の話はおしまいです。夕顔の花のように、夜半に急死した不思議な女性との恋。神の化身やキツネや、物の怪に彩られた、オカルト色の強いお話でした。
空蝉の時のやりたい放題ぶりから考えると、物の怪から夕顔を守ろうとしたり、夕顔の死に号泣したり、落馬したりと、源氏の若者らしさや純粋さが全面に出ていて、可哀想ですが共感できます。それにしても、面白半分で心霊スポットに行くのはやっぱり怖いですね。そこで何が起こるかわかりませんから……。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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