賃貸アパートの一室の様々な人生〜長嶋有『三の隣は五号室』
三号室の隣は、四号室ではなく五号室。これって「『四』は『死』に通ずる」というので四号室を作っていないってことですよね? 昔はこういう施設多かった気がするが、最近あまり見ないような。なぜ三号室の隣が五号室なのかまったくピンときていない(あるいは、五号室の隣は当然四号室だと勘違いしている)登場人物もいたし。
賃貸アパートである第一藤岡荘五号室に住んだ十三世帯の暮らしが描かれる。定点観測の実験結果のようでもあるこの小説はしかし、深く心に染みる。
五号室は変な間取りだった。これはほとんどの住人が抱いた思いである(肯定的に評価したのは二瓶敏雄・文子夫妻、なんの感想も持たなかったのは藤岡一平)。とはいえ、どこに”変さ”を感じるかは人それぞれで、真ん中の四畳半の三方が障子で囲まれていることを変だと思う住人もいれば、部屋全体の狭さについて感じる人もいたし、変だと思いはしたもののそれ以上に普通の間取りのように模様替えすることに余念のない者もいた)。
また、五号室のシンク周りにはなにかと不自由がある。入居早々九重久美子はガスの元栓に3センチほど残ったホースと格闘し、二瓶文子は回転式だった蛇口をレバー式に取り替え、十畑保はそのレバーを不便に感じた(阪神大震災以来主流になった、上げると水が出るタイプではなく、下げなければならなかったからだ)。
それ以外にも、五号室は何かと特徴の多い部屋だったため、歴代の住人たちはそれらについてあれこれ思いをめぐらすこととなった。すべてのことがらはつながっている。以前に行われたそのとき住んでいた者の判断が現在の居住者の生活に影響しているのだ。前住人の気配を感じて現住人の心に浮かぶ感慨が、笑えるししみじみする。人は移り変わり、住まいはただそこにある。「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」という漢詩を思い出した。
大家の息子で最初の住人でもある藤岡一平から、元ハイヤーの運転手で最後の住人となった諸木十三まで、さまざまな人生を垣間見ることができる。個人的に、結婚するまでずっと賃貸物件に住んでいたし新築物件にも縁がなかったので、ここで書かれるアパート生活はなじみ深い。「住めば都」「狭いながらも楽しい我が家」といった言葉の通り、家の大きさや快適さと幸せは比例するとは限らない。登場人物たちのユニークな感性によってちょっとしたできごとでも日常の中できらりと輝いて見えるため、よけいに”幸せは気の持ちよう”と思えてくる。1966年から2016年までの50年にわたる(しかしカメラは据え置きの)物語を、ぜひ堪能していただきたい。
長嶋作品で私がいちばん好きなのは『ぼくは落ち着きがない』(光文社文庫)であるが、本書も同じく群像劇。大きなくくりでみると似たようなタイプの人々が多い気がするのに、飄々としているようで繊細な長嶋氏の描写によりひとりひとりの個性の違いが際立って感じられる。著者ご本人もブルボン小林というコミカルな別名義を持つファンキーさでありながら、エッセイなどの端々から気遣いの人であるのが読み取れること、気づいてますよ。
(松井ゆかり)
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