仮設住宅に”小屋” 熊本の「ちいさいおうちプロジェクト」とは
2016年4月に発生し、大きな被害をもたらした熊本地震。今なお余震が続くなか、避難所や車中泊で避難生活を続けている人も多い。この住まいの問題を解決するため、熊本県西原村で、「板倉」という日本の伝統的な構法でつくった「小屋」に庭先避難をする試み、その名も「ちいさいおうちプロジェクト」がはじまった。被災地の復興にも、日本の森林の復興にもつながる取り組みのようすを紹介しよう。
1棟150万〜300万円、2〜3日で完成する「ちいさいおうち」
そもそもこの「板倉構法」は日本の伝統的な構法のひとつで、主に神社や米倉などで採用されてきたもの。板を3層にも重ねてつくる頑丈な建物で、人命や食糧など、大切なものを守るために使われてきた。実はこの板倉構法、仮設住宅としてもすぐれていて、(1)工期が短い(2)低コスト(3)居住性にすぐれる(4)耐震性、防火性も高い※1(5)移築やリフォーム、リサイクルが可能、(6)国産材を使うので地域経済が潤う、といったメリットがある。そのため、東日本大震災時にも福島県いわき市で仮設住宅として採用された。さらに今回、熊本ならではの事情があるという。
※1……板倉構法は、防火構造の国土交通大臣認定を取得している。
「西原村は1軒あたりの敷地が大きい。ですから、庭先に小屋(6畳・10m2畳程度)を建てて、そこで寝起きをしながら、生活再建をしてもらう。敷地内で暮らせるので心理面での負担も少なく、また防犯面でも安心。地域のコミュニティも分断されません」と話すのは、このプロジェクトの発起人でもある藤本誠一さん。西原村で藤本和想建築という建築会社を営むとともに、西原村商工会の建築部会長を務めている。
短い工期で完成する「板倉」だが、今回のように小屋キットを使えばわずか2〜3日、1棟150万〜300万円で完成するという。
「キットになっているので、大工が一人いれば、あとはボランティアなどの建築の素人でもできる。徐々に建物ができあがっていくのは、見ているだけでも楽しいものです」と解説してくれたのは、筑波大学名誉教授で日本板倉建築協会代表の安藤邦廣さん。板倉構法を現代に蘇らせ、東日本大震災でも「板倉構法」での仮設住宅建設の指揮をとった経験を持つ。
「10m2以内の建物なら建築申請も不要、基礎も簡易にすることで、スピーディにできる。小屋での避難が終わったら、趣味部屋にしてもいいし、子ども部屋、農作業小屋にしてもいい。何より木の家って安心するんだよ。いわき市での仮説住宅でも、この木の家が気に入ったと言われ、仮設住宅としての利用が終わった後に復興公営住宅として再利用する工事が進んでいるんです」という。この板倉構法、災害の多い日本で受け継がれてきた叡智(えいち)がつまった建物なのだ。 【画像1】1枚の木の厚みが3cmほど。これが壁板になり、柱のあいだにはめこまれていく。その上に木の板を、縦横と方向を変えて重ねることで、防火性・耐震性を兼ね備えた建物になる(写真撮影/嘉屋恭子) 【画像2】柱を立てて、まずは3cm厚の板を落とし込んでいく(写真提供/安藤邦廣)【画像3】その上に2.4cm厚の木ずり板を釘打ちで張っていく。この2枚あわせで、耐震性と防火性を確保。
さらに雨仕舞や断熱性を高めるために、仕上げの板(1.5cm程度)を張る。通常の3倍の木材を使用する(写真撮影/安藤邦廣)【画像4】地元の親子が安藤さんに説明を受けている。楽しそうに建物をつくっていると、人が集まってくるのが興味深い(写真撮影/嘉屋恭子)
板倉構法は国産の杉材を大量に使用
板倉構法に使うのは、杉やひのきといった国産材。特に杉は戦後、日本の山々で植林されたものの、価格が見合わず放置されてきたため、多くの人を悩ませる花粉症の原因にもなっている。熊本県も多くの杉林があるが、小屋ではこうした国産材を使うため、地域経済にも役立つという。
「今回は徳島県の県産材を提供してもらいましたが、ゆくゆくは地元の木々を使いたいと思っています。熊本にも製材所はあるので、加工もできる。木材を提供してくれる人には、通常の1.5倍〜2倍の価格で買い取ることにしているので、この仕組みを使って、地域の復興にもつながります」と藤本さん。自身も自宅や会社、従業員の自宅も多数、被害を受けた。地震直後はあまりの被害の大きさに落胆していたというが、友人である杉岡製材所の杉岡世邦(としくに)さんから電話をもらい、今回のプロジェクトにいたったそう。
「ただ、被災した人に小屋に住んで、というのはなんだか言い難いですよね。そこで絵本の“ちいさいおうち”に着想をえて、出版社と連絡をとり、プロジェクトの名前にしたんです」と話すのは、九州大学芸術工学研究院で准教授を務める知足美加子さん。そう、ひとたび藤本さんと杉岡さんのあいだで、板倉構法での小屋プロジェクトの話がでると、あっという間に仲間の輪が広がり、6月26日のモデルの小屋づくりには九州各地の大工さんや学生、地元の人、40〜50人が集うこととなった。当日はワークショップも開催され、子どもたちが端材で木のおもちゃなどをつくっていたほか、建築を学ぶ大学生が古材でベンチなどをつくり、地元の人に寄贈していた。 【画像5】古材を使ったワークショップも開催。今回のプロジェクトに参加したいと、野宿して参加したツワモノ学生もいたそう(写真撮影/嘉屋恭子)【画像6】こちらは端材を使った制作のようす。はじめはちびっ子が楽しんでつくっていたが、そのうち大人が夢中になってしまうのは、お約束(写真撮影/嘉屋恭子)
家をつくるプロセスに参加することで、心に収まりがつく
板倉構法では、通常の建物の3倍ほど木材を使う。1棟にこんなに使うのか! と驚くほどで、ある学生は、「純度100%ジュースならぬ、100%木の家ですよね」と笑っていた。また予めカットしてあるとはいえ、現地での調整も必要になり、大工さんたちの仕事ぶりが重要になる。
【画像7】ボランティアで参加した大工さん。国家プロジェクト「大工志の会」の活動として参加した人もいる。鮮やかな手つきは見ていてあきない(写真撮影/嘉屋恭子) 【画像8】屋根材にはガルバリウム鋼板を使った。福岡に本社のある栄住産業が提供してくれた(写真提供/藤本和想建築)【画像9】建物はおよそ完成したところ。社(やしろ)のような存在感(写真提供/藤本和想建築)
「大工さんの仕事って惚れぼれするでしょう。子どもや老人、何もできなくて座って見ているだけでも、参加すること、このプロセスが大切なんです。活気ある仕事ぶり、身振りを見ていると自然と気持ちが落ち着くもの。震災で傷ついた気持ちがなくなることは、ない。でも、収まりがつくっていうのかな、静まっていく」と教えてくれた安藤さん。何もできないのに参加していいのかな、と思っていた筆者も、家ができあがっていくようすを見ているだけで、なんともいえない高揚感があった。
「板倉構法の小屋の最大の弱点は、知られていないこと。まずは、今回モデルとして1棟完成させて、西原村商工会に寄贈します。建物を気に入ってもらえれば、“小屋避難”という選択肢が広がるはずです」と藤本さん。被災地での仮設住宅に、「小屋」という選択肢が知られ、広まっていき、少しずつでも健やかな暮らしが戻ることを願ってやまない。【画像10】今回の小屋づくりに参加したメンバーの集合写真。老若男女、終始なごやかな雰囲気で1日が終了した(写真撮影/嘉屋恭子)●取材協力
日本板倉建築協会
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