『千日の瑠璃』31日目——私は義手だ。(丸山健二小説連載)

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私は義手だ。

茸採りにかけては比肩する者がいないといわれている男、彼の左の腕を補う、旧式の義手だ。彼はしょっちゅう振り返って尾行されていないかどうかを確かめ、それから自分だけの秘密の山へと入って行った。そして、色と形が人間の脳に似ているマイタケを見つけてかがみこんだとき、傍らでとぐろを巻いている毒蛇に気づいた。ひと振りで首を刎ねることが可能な草刈り鎌を持っていたにもかかわらず、なぜか彼は、私を使って攻撃を加えたのだ。必殺の牙がまったく通じない私にたじたじとなったときには、その罪もない生き物はすでに最初の致命的な一撃を三角形の頭にくらって悶絶していた。

男は茸をどっさり抱えて、鼻歌を歌いながら山を下って行った。途中、谷川へ寄り、蛇の血を浴びた私を取り外して流れに浸した。それから彼は、吊り橋の袂で昼寝をはじめた。

私はがっかりした。もう長いこと左手の代りを立派に果たしてきたつもりなのに、彼は私よりも鎌のほうを大切に扱ったのだ。できることなら、このまま水に押し流されてどこか遠くへ行ってしまいたい、そんな気分だった。

だが、ちょうどそこへ通りかかった少年の私に対する扱いは申し分なかった。全身の揺れが片時もとまらない奇妙な少年は、川砂をこすりつけて私を念入りに洗ってくれ、自分のシャツで以て水気を拭き取り、日当たりのいい岩の上にそっと置いて、そっと立ち去ったのだ。
(10・31・月)

丸山健二×ガジェット通信

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