『千日の瑠璃』18日目——私は月だ。(丸山健二小説連載)

 

私は月だ。

うつせみ山とまほろ町を照らし、うたかた湖とあやまち川に映って揺れる、ふくよかで、清鮮な月だ。私は久遠の時の流れに沿ってどこまでも滑って行き、さかしらな流星群を牽制し、病人や年老いた者を侮って冷淡に扱いたがる連中の心を和らげ、年頃の娘たちが幸福へ向けて放っ、得もいわれぬ芳香を一段と強めてやり、人々の変り映えしない営みを暖かく見守る。

私を敬して遠ざけようとする者はいない。それでも、私の手に余る者がふたりほどいる。ひとりは、この界隈ではあまり見掛けない、長身で細面の青年。もうひとりは、すでにお馴染みの少年世一。ただ者ではないふたりは今、ぱったりと人気の絶えた湖岸の細道を、思い思いにぶらついている。私のほうは、夜気を防ぐ厚い革ジャンパーや法律を跳ね返す刺青をものともせず、相手の寒風吹きすさぶ胸のうちを見通しているのに、その青年は私には眼もくれない。そして世一はというと、頼みもしないのにひっきりなしにこっちへ眼を向け、私が隠しておきたい裏側まで見て取ろうとする。けれども世一は、私と他の星々を区別も差別もせず、また、双方を同一視することもない。

ふたりは私の真下ですれ違う。青年が「見たくもねえ」と言ったのは、きっと世一のことだ。世一が「殺しても生きる」と呟いたのは、たぶんそのやくざ者のことだろう。
(10・18・火)

丸山健二×ガジェット通信

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