ワクワクモノづくりで世界が元気に!「zenschool」が目指す、やりたいことを事業にするための授業
夢を叶えるために入ったはずの会社で、やる気ばかりがそぎ落とされていく。日々の業務に追われるあまり、自分が本当は何がやりたいのか分からなくなってしまった。そんなモヤモヤ感を拭えずにいる社会人を中心に「答えを与えない授業」がじわじわと人気を集めている。
町工場の経営者や大規模企業の技術者らが心からやりたいことを事業にするための学校、zenschoolを開催するのは、マイクロモノづくりの提唱者である株式会社enmonoの三木康司さんと宇都宮茂さん。
▲宇都宮茂さん(向かって左)、三木康司さん(同右)
マイクロモノづくりとは、これまでの大量生産、大量消費とは対極し、少量ニーズに合わせ、高付加価値、高利潤のモノづくりを行い、自ら販路をつくり販売していく考え方だ。人々を驚かせるようなまったく新しい製品は、開発者自身の心の中に眠っており、「ワクワク・トレジャーハンティング」こそ、イノベーションをおこすという。
▲さまざまな表現で作品を制作することができる金属バネブロック「SpLink」
同校で考え出したプロジェクトをクラウドファンディングに掲載した企業はすべて資金調達に成功。その後、実際にB2C製品/サービスになっている。マインドフルネスを取り入れて内観を重視し、本来あるべき「イノベーティブなモノづくり」を支援し続けるふたりに話を聞いた。
大企業のビジネスパーソンほど“下請け化”している現状
三木:自著である「マイクロモノづくりはじめよう」(テン・ブックス)を出版した2013年は、100パーセント自社開発で新しいモノを生み出す考え方として、マイクロモノづくりは主に中小企業を中心に広がったのですが、現在は大企業の方も多く興味を示してくださるようになりました。自社だけではイノベーションを起こすことができない閉塞感が漂うなか、小さなチームを結成することで新しいモノを生み出せるのではないか。そんな期待を込めてzenschoolに参加してくださっています。
宇都宮:会社から一歩外へ出て、多種多様な人と共に創り上げていくオープンイノベーションという言葉が流行っている影響もあるように感じます。
三木:とはいえ、今までキチキチの箱のなかで「社用」に教育されてきた人が突然「好きなことをやっていいぞ」と言われても、戸惑ってしまいますよね。情報漏えいを懸念し、私用のスマートフォンの持ち込みすら禁止される時代。コンプライアンス上の理由で、システム化されたこと以外は一切やってはいけないとトレーニングされてしまっています。言い方を変えれば、大企業にいる方ほど外の世界から遮断され、気づかぬうちにそれが最適化されてしまっている傾向が強い。
宇都宮:逆の見方をすれば遮断されて守られているとも言えます。動物園で飼われている動物が野生に戻れなくなってしまうように、そうした環境下にいると「自由にやっていい」と言われても、すぐには信用できない。だから、「マーケティングやクチコミを一切考えず、自分が本当にやりたいことだけを考えてください」と言っても、初めの頃はプルプルしてしまいます。
三木:「余計なことを考えるな」とトレーニングされてきた人がいきなり「新しいことを考えろ」と言われても、脳が慣れていないので、非常に重いタスクとして捉えてしまうんです。
10歳の頃のワクワク感を思い出すzenschool
宇都宮:常にマーケティングや市場調査を強いられている大企業の人ほど、自分の好きなことだけをやるという行為自体に、罪悪感を抱きがちです。自由な発想を導き出すためには、その罪悪感を取っ払わなければなりません。
三木:そこで受講生のみなさんには、それぞれご自身が10歳の頃の夏休みを思い出してもらうことにしています。とはいえ、いきなり10歳に戻るというのも無理なので、何回か瞑想をしていただいて、瞑想が終わったら、当時ワクワクしながらやっていた遊びを書き出してもらう。マインドフルネスを組み合わせることで、硬い発想を柔らかくしていきます。zenschoolは1日12時間の講座を全4日間行います。そのうち瞑想は、3分、6分、10分の一日3回。20分間、ツールとして瞑想を取り入れると成果は格段に違います。子どもの頃を思い出している受講者の方の表情は、10歳の頃そのものです。
宇都宮:さらに禅問答のようなQ&Aを各々に仕掛けて、根本的な感情を掘り起こしていくのもまたzenschoolの特徴です。
三木:「碎啄同時(そったくとうじ)」という禅のことばがあります。鳥が卵からかえるとき、雛が内から殻を突つつき、親鳥も同じタイミングで外から突ついて初めて孵化できるのですが、人のアイデアが生まれる瞬間にも同じことがいえます。
宇都宮:親鳥がヒナを殻から早く出したいからと、外からどんどん叩き続ければ、卵は壊れてしまうでしょう。なので、私たちはシンクロナイズドできる瞬間をひたすら待ちます。言葉がたくさん出てくるうちというのはまだ表面的。答えが出ずに無言になる時間ほど重要です。言語化されていないところにこそ本質があります。
三木:すぐに思いつくアイデアはすでにあると考えるのが自然。世の中にまだ出ていないものほど、思いつくまでに時間がかかる。
宇都宮:そういうものに対して私たちは答えを知らないから、そもそも教えようがありません。だから、私たちの学校では「答えを与えない」のです。
三木:うまいコンサルタントさんは、すでに自分が持っている答えにクライアントを誘導しますが、それだとコンサルタントの発想レベルでしかイノベーションは起こせません。
宇都宮:彼らは勉強熱心なので学んでしまうんです。学ぶということは過去にある知識の蓄えであって、未知のものを生み出すのとは違います。そのほうが効率もよいし、かけるリソースに対してリターンも大きいのは確かですが、それで楽しいかどうかというと、私たちふたりはつまらないと思う。
三木:自分の中のモノづくりに対する情熱を掘り起こすためにも、マーケティングや情報を意識の外に追いやり、無音の中で内観することをすすめています。そうして10歳の頃の感覚に戻れたら、幸福度と創造力を格段にあげられますから。
宇都宮:「ワクワクモノづくりで世界が元気になる。」が私たちの企業理念でもあるので。
企業人と町工場経営者の化学反応
宇都宮:前提として私たちは下請けが悪いとは思っていません。当人が幸せであれば、それでいい。けれど、世の中にはそれに適応できずにモヤモヤしたままの人がいる。マイクロモノづくりは、自分はこのままでよいのだろうかという漠然とした不安を感じ始めた人たちのためのひとつの選択肢です。事実、zenschoolには「モヤモヤを取りたい」という方が集まってきます。zenschoolは、海外へ行ってモノの見方が一新するのと近いところがあります。大企業で長年働いてきた人が、即断即決することに慣れている町工場の経営者と出会って、「あ、これでいいんだ」「こんな人もいるんだ」と気づかされる。普段いる生活圏や行動圏内にいない人と出会うことで視野がぐっと広がります。
三木:大企業の方はドキュメント化する能力は高いのですが、よくよくつっこんでいくと極めて表面的なことしか言えていないケースも少なくありません。「これをやると市場がこれだけあるので、売上がこれだけあがります」と理屈をこねることはできても、自分のやりたいことを人に説明したり、即実行に移したりすることができない。ゆえに、本質的ではないところばかりをぐるぐると廻ってしまうのです。
宇都宮:逆に町工場の人たちは、「●●という体験からこれを作った」といった着実な発想があるのですが、言いたいことがあってもうまくそれを伝えられず、言語化に対して苦手意識がある。
三木:両者が出会うと、互いの能力の高さに驚嘆するんです。町工場の人は大企業の人の言語化能力に衝撃を受け、大企業の人は町工場の人の即断即決力に舌を巻く。その化学反応は実におもしろいです。
脚下照顧――マイクロモノづくりの基本
三木:複雑なものを作ろうとすると、外と連携しなければならないために時間もコストもかかる。するとエネルギーがそこで消耗されてしまいがちです。けれど、手元にある材料やシステムを使って自社開発すれば、継続することはより容易となります。
宇都宮:すごいものを作らなくてはいけないと思うから疲れるわけで、まずは「すごくなくていいから、まず作ろう」と思うことです。町工場の社長に聞くと、「友達に頼まれてこういうものを作ったことがある」という試作品が多々あります。そうした商売っ気なく作ったものの中にも、情報発信の仕方によっては製品化できることに当人が気づいていないんです。
▲金管楽器と同じ金属で製作されたiPhone用アナログスピーカー「IBRASS」
三木:「却下照顧」(きゃっかしょうこ)という禅のことばがありますが、それは自分の足の下に物事の本質があるという意味です。自分のすでにやってきたことを丁寧に、丹念に掘り起こせば、大切なモノほど自分の足元にあることに気づきます。それをバージョンアップしていけばいい。たとえばプリント基板の設計技術者の方で葉のかたちをしたアクセサリーを作っている方がいます。通常プリント基板はパソコンや携帯の中に入っているので表には出てこない製品なのですが、彼のプリント基板愛は半端なく、美しくてワクワクするプリント基板を世に広めたいと考えました。葉っぱの葉脈1本1本もすべてCADで自分ひとりで描いていて、それはもう、ものすごい技。
▲プリント基板アート「healing leaf」
宇都宮:これまでの製品はお客さんから発注されたもので、他者に見せる機会もなかったのが、葉っぱのアクセサリーを作ったのをきっかけに情報発信できるようになりました。自分が手掛けているからこそ、SNSや展示会で見せることが可能になった。すると、こんなこともできるか、あんなこともできるかと、これまでなかったような問い合わせがくるようになりました。
三木:彼はこの商品を作ったことで、本業の仕事が殺到して売り上げも4倍増に。結果的に自社開発した製品が自分の技術のPRツールになっています。
宇都宮:町工場が自社開発製品を生み出すことによって、結果的に人に知ってもらえる機会を増やすことになるよい事例です。
非社交的な人ほど向いている!?マイクロモノづくり
宇都宮:何かを手放すときというのはまた、何かを手に入れるときでもある。握っているとつかめないんだけど、手放すと入ってくるもの。でも、ずっと握っている人からすると手放せないんですよ。「手放すことで、手に入れられるものがある」という体験がある人は手放せますが、手放したことのない人はこわいですから。
三木:病気、事故、離婚、倒産、リストラといった衝撃的な体験をしたとき、マインドブロックというのは外れやすい。だから半ば強制的に手放さなければならない体験をすると、あとから、「ああ、手放してよかった」と思うことがあります。
宇都宮:大企業の中にいると、上がガチガチの手放せない病で、下は手放したいと思っているのに手放せないということも頻繁におきます。そんなシチュエーションにあるときでも、まずはこっそり自分だけでやってみること。誰にも言わずにやって、既成事実をつくってしまえば、状況は刻々と好転していきます。要するにレジスタンスになればいいんです。少年時代に例えるなら、放課後や土日に作る秘密基地。日頃、世間に見せている自分とは違うかたちで、自分の力を生かせる場所を作ればいい。そういう意味では、社交的でない人ほど実はチャンスを手にしやすい。人付き合いが好きな人や得意な人は、どうしても周囲のペースに影響を受けやすいですが、人付き合いが苦手だと黙々と自分の創造の世界に浸れますからね。
三木:「知らんわ、他の人のことは」くらいのほうが、むしろメイカーズ向きです。
宇都宮:新しいことをしようとすると、どうしても反対勢力が強くなります。身近な人、自分の味方だと思っていた人ほど反対する傾向がありますね。利害関係にある人は、今日明日手に入るリターンがほしいから、「そんなことをしている暇があるのなら家族サービスをしてよ」、「本業をがんばってよ」と反発しがち。ですので、モノづくりに励みたいなら、初期段階ではこっそりやるしかないわけです。ただ、こっそりやると、孤独に打ちひしがれることも多いので、仲間がいたほうがいい。zenschoolは4人チームで行うので、その4人ともつながれますし、フェイスブックを通じて先輩後輩ともつながれます。
三木:互いに切磋琢磨をしていくファイトクラブのようなもの。
宇都宮:働くということは、「傍を楽にする」ということ。自分が苦と感じない、むしろ楽しいと感じられることを誰かが価値を感じてくれれば、互いにとってラッキーじゃないですか。
三木:私たち自身もそう。自分が苦じゃないことだけをずっとやっているし、そこに価値を感じてくれる人たちが集まるのはありがたい。基本的にひきこもり体質なので、営業は積極的に行いません。インターネット上に罠を張り、魚がくるのを待っている漁師みたいなもので、そもそも戦わないし、戦いに行かない。じっと狙いすましているだけです。
宇都宮:これが営業に行こうとすると、経費がかかるし、精神的にも滅入るじゃないですか。それが得意な人はよいですが、苦手な人にとっては苦にしかならない。なので、自分たちと同じような仲間には「やりたいなら、来なよ」というスタンスでいます。
▲やりたいなら来なよ
一人でニコニコ、ワクワクと楽しそうにやっていると誰かしらやってくるんです。そうやって勝手にやってきた人は、勝手に参加して、勝手に仲間になってもらう。そうすると何かしらカタチになっていくものです。
取材・文:山葵夕子 写真:伊皿子りり子 取材協力:zenschool
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