なぜヒトはボケるのか~前編

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なぜヒトはボケるのか 前編

今回は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。

なぜヒトはボケるのか~前編

なぜヒトは齢をとるとボケるのでしょう? なぜって、そんなの古くなった機械の調子が悪くなるのと同じで、古くなった脳がボケるのは当たり前じゃないの? なんて思ってやしませんか? いやいや、それはちょっとあきらめが早すぎるというものです。最近報告された2つの論文は、ボケることが絶対に避けられないものなどではない可能性を指摘しているのですから。

ケース1

ちょっとしたことを数分間覚えておくのに必要なワーキングメモリー*1(作業記憶)と呼ばれる記憶の形態があるのですが、このワーキングメモリーも齢をとるにつれて衰えることが知られています。ついさっき置いたカギの場所を忘れるとか、トランプの神経衰弱が苦手になったりとか。このワーキングメモリーの衰えは、サルでも起こるのですが、不思議なことにサルに認知症はないため、サルにおいては純粋にワーキングメモリーの衰えをその他の記憶の衰えと区別できるのです。

*1:ワーキングメモリ(Working Memory)とは認知心理学において、情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程を指す構成概念である。
『フリー百科事典 ウィキペディア』より
http://ja.wikipedia.org/wiki/ワーキングメモリ

こうした理由から米エール大学のMin Wang氏らは、サルの脳の前頭前皮質*2 という場所で、ワーキングメモリーを司っている錐体神経の電気信号を計測しました。モニター上に一瞬示された目印の場所を、2.5秒後にも覚えていて、正しく示すことができれば報酬をもらえるように訓練されたサルの錐体神経のいくつかは、目印を見た瞬間だけ発火する(CUE神経)のですが、別の錐体神経は、その後の2.5秒間、ワーキングメモリーを維持するために、発火し続けます(DELAY神経)。

*2:前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ、英: Prefrontal cortex、PFC)は、脳にある前頭葉の前側の領域で、一次運動野と前運動野の前に存在する。
『フリー百科事典 ウィキペディア』より
http://ja.wikipedia.org/wiki/前頭前皮質

これを年齢の異なるサルで比較すると、CUE神経の発火の強さに年齢差はなかったにも関わらず、DELAY神経の発火は、齢をとるにつれて弱くなるのが確認できたのです。つまりワーキングメモリーが、齢とともに衰えることを、客観的に測定できたことになります。で、面白いのはここからで、加齢と共に前頭前皮質に蓄積してくる物質のひとつにcAMP*3 というものがありますが、このcAMPは神経のイオンチャンネルに作用して、その持続発火を制御することが知られています。

*3:環状アデノシン一リン酸(かんじょうアデノシンいちリンさん; cyclic AMP, cAMP, 環状AMP, 3′-5′-アデノシン一リン酸)は、アデノシン三リン酸 (ATP) から合成され、リボースの 3′, 5′ とリン酸が環状になっている分子。
『フリー百科事典 ウィキペディア』より
http://ja.wikipedia.org/wiki/環状アデノシン一リン酸

そこでWang氏らは、このcAMPの働きを阻害するグアンファシン(Guanfacine)や、反対にその働きを促進するエタゾレート(Etazolate)をサルに与えたところ、グアンファシンではワーキングメモリーの衰えが改善され、エタゾレートではより悪くなることが確かめられました。つまり、ワーキングメモリーが年齢と共に衰える原因は、それを担っている神経そのものではなく、神経の周りの環境、つまり加齢と共に蓄積してくるcAMPにあったというわけです。この成果は、『Nature』誌8月11日号に掲載されました*4。

*4:「Neuronal basis of age-related working memory decline」『Nature』
http://www.nature.com/nature/journal/v476/n7359/full/nature10243.html

現在、このグアンファシンがヒトのワーキングメモリー改善に効果があるのかどうかの臨床試験が行われているようですが、資料*5 を見る限りどうもあまり進展していないようなのが気になりますね。論文ではグアンファシンをサルの前頭前皮質に直接導入しているのに対し、まさかヒトではそんなことできませんから、その辺りの違いもあるのかもしれません。急がば回れと言うように、もう少しマイルドな方法を模索するのも手かもしれません。例えば、どうして老化と共にcAMPが蓄積してくるのか。そのメカニズムがわかれば、蓄積しないようにする手段もきっとあるはずですよね。

*5:「Guanfacine Treatment for Prefrontal Cognitive Dysfunction in Elderly Subjects」『ClinicalTrials.gov』
http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00935493

執筆: この記事は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。

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