【プロモーションに“余白”を残せ】宇多田ヒカル、AIのプロモ担当者が語る「音楽が売れない時代」で勝ち抜く極意

ネットに情報が氾濫し、消費者の嗜好も多様化している今、「モノが売れにくい時代」と言われている。特に音楽業界はデジタル関連の新サービスなども登場しているが、CD売り上げが下がっており、音楽の聴き方の多様化に対応するためにさまざまな取り組みが進められている。

そんな中、宇多田ヒカル、AIなどのプロモーションを担当し、確実にヒットにつなげているのがユニバーサルミュージックの梶さんだ。音楽業界で20年超のキャリアを持ち、環境の変化に合わせてさまざまなプロモーション方法を試行錯誤し、数々の成功体験を積んできた。

そんな梶さんに、ヒットを生むプロモーションのノウハウ、およびこれからの時代におけるマーケティングの考え方を語ってもらった。

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ユニバーサルミュージック合同会社

プロダクトマネジメント本部 部長プロデューサー

梶 望さん

1995年に新卒で日本コロムビアに入社。1年後、東芝EMI(現・ユニバーサルミュージック合同会社)にゲームソフト部門の宣伝職として入社し、96年から音楽部門のマーケティング・プロモーションを担当。98年には宇多田ヒカルのデビューに関わった。現在は宇多田ヒカルのほか今井美樹、MIYAVI、GLIM SPANKYなどを担当。

情報流通経路が増えたことで、プロモーションは「量」より「質」の時代に

――梶さんは1996年から音楽プロモーションに関わり、98年には宇多田ヒカルのデビューを担当したそうですが、当時と今とではプロモーションの方法は変わりましたか?

全く違いますね。当時はネットが今ほど普及しておらず、メディアといえばテレビ、ラジオ、雑誌、新聞の四大メディアがメイン。だから、大きなメディアでいかに取り上げていただくか?をシンプルに考えればよかった。露出の多さとインパクトが、そのままCDの売り上げにダイレクトにつながる時代だったんです。

例えば、テレビドラマの主題歌やCMソングなど大きなタイアップを取ればチャートのベスト10入りは確実だったし、『ミュージックステーション』などのゴールデンタイムの歌番組に出演すれば翌日には1万枚単位のCD注文が当たり前のように入っていました。そして、たとえ大きなタイアップが取れなくても、小さな露出を数多く積み重ねれば、売り上げにつなげることもできた。つまり、単純に露出した分を足し算すれば、ある程度の結果を予想できたんです。

しかし現在は、ネットが普及し、スマホ一つで何でもできるようになりました。消費者が接触するメディアも多種多様になり、情報流通量も著しく増えた。その結果、数多ある情報の中から、消費者が何を取捨選択すればいいのかわからなくなる…という現象が起きるようになりました。

そんな状況下で、単にアーティストの露出を増やしたところで効果はなく、量よりも情報の“質”が問われるようになっています。つまり、我々プロモーション担当者としては、より「マーケティングの質」、「戦略の質」を追い求めることが重要になっています。

ソーシャルだけでプロモは成立しない。あくまでツールの一つ

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――テレビや雑誌などのいわゆる「四大メディア」離れが進み、デジタルメディアやソーシャルメディアが台頭していますが、この辺りはプロモーションにどんな影響を及ぼしていますか?

確かにデジタルメディアやソーシャルメディアを利用する人が急増していますが、デジタルやソーシャルでの情報ソースをたどっていくと、結局はテレビなどの既存メディアであるケースが非常に多いんです。「若者はテレビを見ない」と言われていますが、無料動画サイトにアップされたテレビ番組は観ていたりします。デジタルやソーシャルを過信せず、あくまでもツールの一つであると考え、戦術を立てるうえでうまく活用するといい効果が出せると考えています。

そもそも、人はAmazonなど最初から目的をもって訪問するECサイトを除けば、モノを買う目的でデジタルメディアやソーシャルメディアを訪れてはいません。一時期、みんなこぞって「ソーシャルコマース」に参入しようとしましたが、訪れたユーザーは購入目的で来ていないから、モノを売りつけようとすると途端に引いてしまう。…未だにソーシャルコマースでの成功例がほとんどないのは、こういう理由からだと思いますね。

調査データを深掘りする過程で、カスタマーインサイトが見えてくる

――そのような状況下において、どのようにプロモーション戦略を立てているのですか?

マーケティング用語に「カスタマージャーニー」という言葉があります。消費者が自社の商品を購入するまでにたどるプロセスのことを指しますが、まさにこの、「消費者に知ってもらう、手に取ってもらうまでのプロセス」が大事であり、それを考え、組み立てることに力を入れています。

アーティストを売り出す際、初めに私が行うのは、アーティストに対する消費者のセグメント調査。そして、調査データを読み込み、気になったり違和感を覚えたりした部分を掘り下げ、ファン、もしくはファンとなり得る層のペルソナ(モデルユーザーのイメージ)を具体的に描きます。そして、ペルソナの心に刺さるキャッチコピーを考えてから、全体の戦略を立てていきます。

ここまでの作業で戦略全体の大枠が決まれば、それを実現するための具体的な戦術が立てやすくなります。その「戦術」においてデジタルメディア、ソーシャルメディアを活用するという方法が、今のところは個人的に一番しっくりきています。

現在「GLIM SPANKY」という男女2人組の新人ユニットを担当していますが、消費者調査の結果、16~25歳の女性、40~60歳の男性が、彼らの音楽に反応を示していることがわかりました。全くタイプの異なる2つの層が反応していることが気になって、それぞれの特徴を見ると、前者は音楽に加えてカルチャー好きが多く、後者はローリング・ストーンズなどの古き良きロック好きが多いということに気付きました。

そこから描いたペルソナは2つ。ペルソナ1は、デザイン系の専門学校に通っている女子学生。下北沢か三軒茶屋に住んでいて、リメイクした古着を着てフェスに行くのが好き。ペルソナ2は、ストーンズ好きの会社員。時折酔っ払って部下を相手にストーンズ愛を熱く語り過ぎちゃうお茶目なオヤジ層…などなど。

ここまで掘り下げると、ペルソナ2は、おそらく「GLIM SPANKY」の音楽を伝えるだけでファンになってくれる可能性が高いのですが、ペルソナ1はビジュアルやPVなど、音楽以外の要素も伝える必要がある…などと具体的な戦術が見えてきます。そしてこの2つのペルソナに沿った媒体を選び、PRします。

定量データだけで考えず、気になった部分を徹底的に掘り下げると、ターゲットのインサイトが見えてきます。広大な海の中から、魚群を見つけ出すイメージ。そこを目がけて徹底的に攻めに行くというやり方です。

――以前に比べると、プロモーション担当者がやるべきことがものすごく増えた…と言う印象です。

その通りです。露出の足し算で済んでいたものが、メディアが増え、情報量が膨大になったからこそ、掛け算をするなど多面的に戦略を考えないとファンに伝わらなくなってしまった。ただ、だからこそプロモーション担当者の活躍余地が広がったということもできます。

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▲1月に発売された、GLIM SPANKYの2ndミニアルバム『ワイルド・サイドを行け』

見せない部分=余白を作れば、ソーシャル上で情報が滞留する

――我々を取り巻く環境は、これからもどんどん変化していくと思われます。これからのプロモーションには、何が必要になると思われますか?

私は「余白を残すプロモーション」がこれからのキーワードになると思っています。

以前のプロモーションは「いかに露出を稼ぐか」でしたが、これからは「露出する塩梅」を考え、ときに「見せない部分を作る」ことも大切だと考えています。

スマホが登場したことで、特に若年層の音楽への接触方法が大きく変化しています。30~40代以上の「beforeスマホ」世代は、テレビで育ってきた人たちなのでチャートを信頼しているし、CDを買ってくれるし、好きなアーティストに関してはコレクションもしてくれる。しかし、それ以下の「スマホネイティブ」な世代は、音楽はアクセスするものであり、CDを買うどころかストレージがもったいないのでダウンロードすらしてくれない。チャートには全く興味がなく、友人からのシェアを信頼する。…要は音楽に対するコミュニケーションが全く違うんですね。ここをまず認識しないと、間違った戦略を立ててしまう恐れがあります。

今はソーシャル全盛の社会であり、スマホネイティブの心を捉えるにおいてソーシャルを使った「戦術」は必要不可欠です。しかし、Twitterで1つツイートしたところで情報はあっという間に流れていってしまいます。これからは、「ソーシャル上にいかに情報を滞留させるか?」が重要だと考えます。

2014年12月に、『宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について-』という企画アルバムを発売しました。13組のアーティストが、宇多田ヒカルの楽曲をカバーしたアルバムです。

宇多田ヒカル本人による新譜ではないし、参加いただいたそうそうたる大御所アーティストを気軽にプロモーションに引っ張り出すわけにもいかない。非常に強力なアルバムではありますが、少ないリソースの中で、どのように世の中にプロモーションすれば効果的か、何度も戦略を練りました。

その結果、考え出したのが、「プロモーションに余白を残す」こと。情報が少ないことを逆手に取り、敢えて情報公開を絞ったところ、逆にソーシャルが活性化したんです。

初めは、社内からもすべての情報を公開してほしいという要望もありましたが、「宇多田ヒカルのカバーアルバムを出す」ことのみを発信しました。すると、ソーシャル上で「誰がカバーするんだ?」という会話で盛り上がりました。その後、参加アーティストを発表しましたが、曲名まではオープンにしなかったところ、今度はソーシャル上で「誰が何を歌うのか」という予想合戦が始まった。後日、楽曲を発表したら、「井上陽水のSAKURAドロップスって気になる!」「どんなアレンジになるんだろう?」などと会話されるように。そして満を持して『ミュージックステーション』で浜崎あゆみの「Movin’ on without you」を一部公開したら、「すごい!!」とまたソーシャルグラフが跳ね上がり、発売日には「やっと聞けてうれしい!」との声がまたソーシャルを賑わせました。このようにして、バズの連鎖を生みだすことに成功したんです。

今の時代は、検索すればすぐに答えが見つかりますが、露出を制限して余白を残すことで人々は想像し、会話をしてくれるようになり、その結果ソーシャル上に情報が滞留するようになります。「余白」を考えることは、これからのプロモーションの方法として、さらに重要になると思っています。

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▲『宇多田ヒカルのうた』においては、予約者招待先行視聴会&エヴァンジェリストによるトークショーや、「宇多田ヒカル展」を開催するなどのプロモーションも実施

コンテンツの「熱量」は「拡散力」に比例する

また、伝える側の「熱量」も、これまで以上に重要になるでしょう。

ソーシャルでの拡散は、私は運動方程式に近いと考えています。コンテンツの熱量が高ければ拡散力も高まり、ソーシャルで加速することで、より多くの人の心に届くと思うからです。

『宇多田ヒカルのうた』のプロモーションにおいては、「宇多田ヒカル(のうた)をみんなで表現してみた」というコンテストを実施しました。写真、イラスト、動画など、宇多田ヒカルを自由な発想で表現してもらうというものですが、これが非常にソーシャル時代らしい結果になりました。

優秀作品に選ばれたのは、「このコンテストに応募するために、みんなでtravelingをカバーしない?」というソーシャル上での呼びかけで集まった人たちの動画でした。ほとんどの人が、動画の撮影当日が「はじめまして」という状態。でもファンたちの愛が伝わってくる内容だったんです。アーティストも感動しましたし、見ている側もなんだかほっこりして心に残る。ブランディングとしても大きく寄与したと感じています。

「デジタルやソーシャルを過信せず、あくまでもツールの一つであると考え、戦術を立てるうえでうまく活用するといい効果が出せる」と前述しましたが、まさにこの例がそう。ソーシャルのいい使い方ができ、アルバム、そしてアーティストのいいプロモーションにつながった事例だと思っています。

プロモ方法に正解はない。成功者の体験談から自分の「正解」を追求すべし

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――プロモーション方法を模索しているマーケティング担当者にとって、示唆が多い話だったと思います。

自分自身ではこの方法で一定の成果を上げることができましたが、プロモーションって正解があってないようなものだから、この方法が絶対というわけではありません。成果が出れば、それが正解。

お勧めしたいのは、成功している人の話を聞きに行くこと。マーケティングは生ものですから、昔の成功ではなく、今成功している人の話を聞くと、目の前の戦略を立てる上で非常に勉強になります。私も、音楽業界に限らず、いろいろな人の話を聞きに行っています。そして、成果を挙げた経験者として、いろいろな場所に出て行って話をするようにもしています。学ばせてもらった以上、経験は積極的にシェアしたいと思っています。

自分が「面白い」と思える人に会いに行くことも、ぜひお勧めしたいですね。一人で勉強し、考えても、発想には限界があるからです。面白い人と場所には、面白い人が集まります。その中に飛び込めば、自然と「面白い人ネットワーク」ができ、さまざまな刺激を受けるでしょう。

業界問わず、積極的にいろいろな人と関わることで、知性の引き出しを増やしてほしいですね。それが「正解」に近付く、大きなステップになるはずですから。

EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭

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