オリンピックレガシーとは?東京マラソン財団が考える「未来に遺すべきもの」
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を4年後に控えた今、オリンピックがその後の世の中に遺す“オリンピック・レガシー”について、議論されることが増えています。
英語のLEGACYとは、本来「遺産(後世に残るもの)」を意味し、ポジティブ・ネガティブいずれの意味も含むもの。しかし、2020年東京オリンピック・パラリンピックの“オリンピック・レガシー”については、新国立競技場建設をめぐる混乱や、巨額の税金投入に対する是非についてなど、ネガティブな文脈で語られることが多く、負のイメージがつきまとっていることが否めません。
そんななか、昨年“スポーツが後世に遺せるものは何か”について考え、実践する「スポーツレガシー事業」を立ち上げたのが、東京マラソンを運営する東京マラソン財団です。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックをひとつの“通過点”と捉え、真の“スポーツレガシー”を築いていこうと邁進する東京マラソン財団の取り組みとは? スポーツレガシー事業運営委員長でもあり東京マラソン財団事業担当局長・レースディレクターの早野忠昭さんに話を聞きました。
次の10年に向けてスタートを切る東京マラソン
——東京マラソンは2016年2月28日の開催で、10回目を迎えますね。
はい。東京マラソンはこの10年の間に、マラソン版「グランドスラム」である「アボット・ワールドマラソンメジャーズ(AbbottWMM)」にも2013大会から加入し、世界の最高峰の競技大会と肩を並べられるまでに成長してきました。
そして今年、第10回大会の開催にあたり、新しくやってくる次の10年を見据えて、ロゴを刷新しました。今までは1人の人が走っている姿をかたどったものでしたが、「東京がひとつになる日。The Day We Unite.」というコンセプトを表現したデザインにしたのです。
(C)東京マラソン財団
東京マラソンを構成するのは、世界のトップアスリートとともに走る市民ランナーの「走る喜び」、寒いなかランナーを各所でサポートするボランティアの「支える誇り」、懸命に走るランナーに声が枯れるまで声援を送る人の「応援する楽しみ」。そんな一人一人のドラマが交錯する様子を俯瞰してみると、カラフルなタペストリーみたいで綺麗だね、と。 そうした思いから、カラフルなタペストリーをモチーフにした今回のロゴが出来上がりました。
——東京マラソンでは今年から、車いすマラソンレースを国際パラリンピック委員会の公認大会として開催することになり、パラリンピックに出場するための公式記録が取得できる大会となるのだそうですね。
ええ。日本でパラリンピックが注目されはじめた機を捉えて、車いすレースの注目度を上げて、ひとつの文化に格上げができるようなサポートを東京マラソンでもしていきたいと考えています。
(C)東京マラソン財団
——車いすで走れる環境を整えることは難しくないのでしょうか?
今回、車いすレースディレクターに就いてもらった副島正純選手は世界中の大会に出ているのですが、彼いわく、「東京の道はとにかくきれいで走りやすい」と。海外の選手もその噂を聞いて、早く東京の素晴らしい道を走ってみたいと言ってくれているみたいです。
——海外の方に喜んでもらえるのは、日本人としても嬉しいことですね。
今、世界の中で日本が注目を浴びている時でもあるので、僕らも東京マラソンを通じて、日本の良さを伝えていきたいです。
実は、「東京マラソンウィーク」と言って、開催日の約一か月前から、都市をあげて国内外の参加ランナーを含め、ボランティアが観戦者をおもてなしするプログラムを2011年から始めていたり、海外のランナーと交流できるファンランイベント「フレンドシップラン」も2012年からやっていたりしています。このように、“おもてなし”の心で全方位網的なマーケティング施策を打ち出してきたことが、今の人気に結びついてきているのだと思っています。
負の遺産にしないための鍵は“関与度”
——2020年の東京オリンピック開催を終えたあと、日本社会に閉塞感や喪失感といったネガティブな雰囲気や、無用になった箱物のような負の遺産が遺される“アフターオリンピック問題”が指摘されています。一方、東京マラソン財団ではスポーツを正の遺産にする“スポーツレガシー事業”を行っているようですね。これはアフターオリンピック問題を危惧されてのことなのでしょうか?
そうですね。僕らが見ているのは、“ポスト2020”です。 オリンピックで大騒ぎしたあと、社会が嵐の去った枯れ野原みたいになってしまうのではないかと。
2020年を過ぎると、おそらくオリンピック景気は収束して、人もお金も集められなくなるし、スポーツに関するビジネスもやりにくくなるでしょう。そんななかでもスポーツレガシー、つまりスポーツに関わる正の遺産を今から継続的に蓄積しておくことで、ポスト2020でも東京マラソンはずっと魅力的なものであり続けられるという思いでやっています。
——スポーツレガシー事業の中で重視されていることは何ですか?
東京マラソンに対するインボルブメント(関与度)ですね。
東京オリンピックが決まって、みんな行きたいと思ったでしょう? でも、地方の人は東京までの交通費もかかるし、ホテル代も高いし、チケット代も高いという3重苦があり、せっかく日本でオリンピックをやっていても、ほとんどの人は結局テレビで見ることしかできない。だから地方に住む人はオリンピックが他人事になっちゃって、オリンピックへの関わり方としても「事前合宿誘致」くらいしかアイデアが出てこないんですよ。
一方、例えば東京マラソンなら、スポーツレガシー事業に寄付してもらうことで、スポーツを後世に遺す取り組み、具体的には「若手トップアスリートに向けたリベラルアーツプログラム」「障害者スポーツ競技団体の応援」といった魅力あるアスリート人材の育成・排出に関わることができる。
すると、地方のおじさんなんかがテレビを見ながら「いまテレビに映ってるこのランナーは俺が育てたんだぞ!」って自慢できる。直接観戦に行くことができない方でもそうしてスポーツに関われるのって、幸せなことだと思いませんか?
このようにして、いかにスポーツに対してインボルブ、つまり関与してもらい、自分事にしてもらえるかが、スポーツを正の遺産として遺していくために重要だと考えています。
運動が給与に反映される仕組みを作り始めている
——オリンピック・レガシーに関して負の遺産、具体的には「箱物」ばかり取り沙汰されることについて、どう思われますか?
スポーツが生活と切り離されていることが根本的な原因だと思っています。 走ることもそうだけど、スポーツって別に、やっても会社の人事制度で評価されないですよね。多くの方にとって、スポーツは生活のなかに組み込まれていないんです。
それが、協調性や指導力といった人事考課の中に“健康管理や運動への取り組み”といった項目が入るようになって、給与にも反映されるようになったとしたら、どうでしょう? もっと多くの方が、朝早く起きてランを始めるかもしれませんね。そうすることで、自身の健康管理にもつながる。そんな世の中を作っていきたいと考えて、東京マラソン財団では“運動が会社での評価に反映される制度づくり”を始めているんです。これが実現したら、病院に行かなければならない人が減って、医療費が半減するかもしれませんよ。
もうすでに東京マラソン財団では、1時間の休み時間の他に、1時間のランニングをしていいことになっています。タバコ休憩を1日6回とったら、約1時間になるんですから、健康になるために1時間休んだって、何の問題もないと思いませんか? そうすれば必然的にみんな健康になるし、しかも給与に反映されるんだから、走らない理由はなくなるはずです。
このように、健康な社会を作るというのも、ひとつのスポーツレガシーでしょうね。
東京マラソンが惹きつけたのは“人生を豊かにしたい”欲求のある人たち
——今や一般エントリーの倍率は10倍を超えるまでになっています。ここまで人を惹きつける東京マラソンの魅力とは何なのでしょうか?
東京マラソンには「ONE TOKYO」という会員組織があり、45万人(そのうち約3万人がプレミアムメンバー)が登録しているのですが、特にこの中の会費制のプレミアムメンバーは日常の“Something Extra(特別な何か)”を求めているんですね。
たとえば、健康な身体や、ランでできる友達、東京マラソンに出たというステータスなどです。
(C)東京マラソン財団
例えば、目的地まで高級車に乗って行っても、普通車に乗って行っても、かかる時間は同じ。それでもなぜ何十倍も値段の張る商品を買うかというと、その商品に“Something Extra”があるからなんですよ。 そんな風に、“Something Extra”によって人生を豊かにしたいという欲求のある人たちを、我々は多数抱えているわけです。
さらに、この人たちのなかには、世の中のオピニオン・リーダーがたくさんいる。こんな良質な人たちの集まるコンテンツを、企業が放っておくわけがないでしょう? だから東京マラソンは、震災が来ようと、リーマンショックが来ようと、オフィシャルパートナー(スポンサー)を集めることができ、右肩上がりで成長を続けて来られたんです。
——マーケティング戦略ができあがっているというわけですね。
はい。実際に、今年は約30のオフィシャルパートナーが付いていて、20億円ほど出していただいて。初年度の約7.7億円と比べると、3倍ほどになっています。どんなヒット商品でも3年経てば下降傾向になってしまうので、民間のマーケティング手法を取り入れながら、常に魅力的なコンテンツ作りを心がけているんですよ。
——なるほど。東京マラソンはランが好きな人たちだけが満足するイベントではなく、その周辺にいる人たちまで惹きつけるコンテンツとして作り上げられている、と。
「健康にいいから走りましょう」と言っても、すでに健康な若者は寄ってこない。でも「走る女は美しい」と言えば、美容を意識している女性なら寄ってくるでしょう?
マーケティングは“釣り”と同じで、“餌が何であるか”が大事なんです。東京マラソンでは、その餌をたくさん用意している。 さっきみたいな美容で引っかかる人もいれば、音楽で反応する人もいるだろうし、ファッションや旅行など、走る理由は、それぞれ何だっていいんです。我々は押し付けがましいことは何も言わないので、みなさん自由に、自分らしいランニングスタイルを作ってもらえれば。
僕はこれを“フュージョン(融合)・ランニング”と呼んでいます。マラソンを始めたきっかけは何でもいいんだけど、東京マラソンを通じて出会った人やパートナー企業と融合することで、多様なスタイルにマッチする仕組みになっているんですよ。
東京マラソンを世界で一番の大会にしたい
——最後に、2020年より先の未来を見据えた今後のビジョンについて教えて下さい。
まずは、東京マラソンを世界一の大会にすることを目指していきます。“世界一エキサイティング”で、“世界一温かく、安全”で、なおかつ“世界一楽しい”大会にしていきたい。
安全面に関しては、東京マラソンはこれまでずっと誰ひとり死者を出していない。これは、ギネスブックに載ってもおかしくないくらいすごいことなんです。そうした世界一を積み重ねて、「東京はどこをとっても一番だね」と言われるようになりたいですね。
それによって、日本の皆さんに東京マラソンを日本の誇りだと思ってもらいたい。「東京マラソンは社会貢献しているな」と、一般の人にも実感してもらえるようにするところが、僕の最後の役割かなと思っています。
早野 忠昭( はやの ただあき)
1958年4月4日生まれ。長崎県出身。1976年インターハイ男子800m全国高校チャンピオン、筑波大学体育専門学群を経て高校教諭として勤務。その後渡米し、コロラド大学大学院に在籍。アシックスボウルダーマネージャーとして勤務。帰国後、ニシ・スポーツ常務取締役に就任。2006年東京マラソン事務局広報部部長、2010年7月東京マラソン財団事務局長、2012年4月東京マラソン財団事業局長、レースディレクター、2013年4月東京マラソン財団事業担当局長、レースディレクター、東京マラソン財団スポーツレガシー事業運営委員長。
WRITING:野本纏花 PHOTO:岩本良介
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