〈直交〉宇宙への序曲 ユークリッド時空の冒険
グレッグ・イーガンは本書に開幕する三部作で「まったく違う」宇宙をまるごと創造する。名づけて〈直交〉宇宙。「まったく違う」と言っても要素ひとつひとつをいちいち調整し、それを積み重ねていくようなまどろっこしい手順—-異世界ファンタジイがやっている世界設定の拡大版—-ではなく、物理の根本を「ほんの僅か」変えるだけの、きわめてエレガントな方法だ。
私たちの宇宙では、「空間的方向」と「時間的方向」とは明確に区別されるが、『クロックワーク・ロケット』の宇宙ではそれらが完全に対称である。
……と言っても、なんのことやらさっぱりわからない。本書の「著者あとがき」でイーガンは〔〈直交〉三部作における物理は、時間と空間の区別を消去することで生起する。より対称性の高い幾何学を持つ時空において、抽象的な幾何学とわれわれの宇宙における実体を持った物理と結びつける論理的思考と同様な推論を適用することで導かれる〕と誇らしげだが、これはあまりこなれた説明とは言えない。物理に詳しいひとなら「なるほど! ミンコフスキー時空ではなくてユークリッド時空なのね!」とピンとくるかもしれないけど。日本版だけの特別付録、板倉光洋さんによる「「回転物理学」虎の巻」は、作中のさまざまな物理現象を説明してくれているが、これも特殊相対性理論の入門書を読んで咀嚼した経験くらいないと、ありがたみがわからない。
「それほどハードな設定じゃ、自分にはとてもムリだ」と腰が引ける読者があるといけないので、ここに断言しておこう。「オレもわからないから心配するな!」
ええとですね、SFファンなら「光速の壁」とか「ウラシマ効果」とか聞いたことあるでしょう。その根拠とか仕組みとかはわからないけれど「ふーん、そうなっているんだなあ」と納得して、ふだんSFを読んでいますよね。そのつもりで臨めば『クロックワーク・ロケット』も楽勝楽勝。余裕余裕。
ざっくり言えば、〈直交〉宇宙では「光速の壁」がなくて、物体は無限に速度を増すことができる。そして、私たちの宇宙の「ウラシマ効果」とは逆に、〈直交〉宇宙では速度を増せば増すほど時間経過が急速になるので、ロケットでビュンビュン飛んで帰ってくると元の場所では一時間しか経っていないのに搭乗者は十年も歳を取っているなんてことが起きる。
まあ、それに関連して、〈直交〉宇宙では波長の短い光(紫っぽい光)のほうが長い光(赤っぽい光)よりも速度が速かったり—-私たちの宇宙では光の速度は波長によらない—-、物体が光を発しながらどんどん加速をつづけるとか、いろいろあってそれにも説明がついているんですが、全部ひっくるめて「そうなっているんだ」と丸呑みでOK!
だって、この作品のストーリーもテーマも、そうした「宇宙がどうなっているか」を別にして、むしろ明快なんだから。おそらくイーガン作品でもっとも単純。ハードな物理的蘊蓄が披露されるあたりも小説の運びとしては素朴すぎるほど素朴で、登場人物の誰かが「こんなことがわかりました!」と宣言してやおら説明をはじめるふうだ。
さて、物語の主人公はヤルダという女性。女性といっても、地球人じゃないので「子どもを生む」性ということですね。この世界には男性もいるのだけど、生殖機構も家族構成も私たちとはまったく違う。そのあたりの詳細は物語が進むにつれておいおいわかってくるが、序盤で明かされるのは、通常の出産では男女のペアが二組、つまり合計四人が同時に生まれることだ。ときに例外的に男女のペア(互いに相手のことを「双」と呼ぶ)と、単独の女性の合計三人しか生まれないケースがあり、この単独の女性は「単者」としてマイノリティとして扱われる。「単者」は成長したのち、家族のほかの「代理双」を見つけることが社会常識とされている。また、何かの事情で「双」(≒家族の絆)から遠ざかったはぐれものは「出奔者」と呼ばれ、これもマイノリティとして扱われる。
ヤルダは「単者」だった。家族は農家で、身体の大きな彼女は重宝されていてたのだが、そのまま働いていても代理双を見つけられないと父が判断。ヤルダは学校へ行くことになる。彼女自身にとっては代理双などよりも、自分の好奇心を満たせることが遙かに重要だった。
学校で学び、さらに研究の道を志したヤルダは、その過程でさまざまな出会いと挫折を経験する。アカデミズムの硬直性、研究をつづけるうえでの日常的な制約、女性を縛りつける慣習や常識。それらは、私たちの身のまわりにある問題そのままだ。ヤルダが生きる世界はさらにシビアで、生物学的な機構のため女性は仕事と出産とを両立できない。しかも、自分が望まずとも(たとえ相手の男性がおらずとも)出産は起きてしまう。それを抑制する薬はあるが、まだ合法化されていない。
ヤルダは奇妙な天体現象「疾走星」の増加に着目して観測と思索をつづけていたが、それが恐ろしい予想をはじきだす。やがて宇宙的な衝突によってこの惑星は壊滅する。現状では回避する手だてはなく、これから技術開発をするにもその時間が足りない。窮余の策としてヤルダは、巨大ロケットの建造を提案する。超高速で航行するロケット内ならば、〈直行〉宇宙の物理によって、無限の時間をかせぐことができる。その時間を使って科学技術を発展させるのだ! あとは、ロケット建造に関わる困難との闘い。ロケットの機体やエンジンや燃料をどうするか、乗組員をどう集め、資金はどう調達するか、法的許可をどう取りつけ報道にどう対応するか……アーサー・C・クラークが月ロケット計画を描いた『宇宙への序曲』とそう変わりはない。
知的探究心に燃えるヤルダの情熱、彼女のまわりで展開する人間(じゃないけど)模様、壮大なロケット計画の遂行……。これはまさしく古式ゆかしいサイエンス・フィクションじゃないですか。
(牧眞司)
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