『ディーン、君がいた瞬間(とき)』 アントン・コービン監督インタビュー
U2、ビョーク、デヴィッド・ボウイを始め、名だたるアーティストたちから絶大なる信頼と称賛を獲得し続けるフォトグラファー、アントン・コービン。一方、彼は映画監督としても知られ、これまでにも独自の視点で数々の濃密な空間を紡いできた。とりわけ最新作『ディーン、君がいた瞬間(とき)』は、24歳で亡くなった伝説の俳優ジェームズ・ディーンと、若き写真家デニス・ストックのほんの一瞬の邂逅を描いた歴史秘話であり、なおかつコービン自身のキャリアとも相通じるものがある興味深い作品だ。
インタビュー・ルームに入ってきた彼は、サッと周囲の状況を把握し、その場にいるスタッフ一人一人に声をかけ、細部にまでナチュラルな気配りを見せる人だった。その語り口も非常に優しく、温かな言葉に満ちている。きっと誰もがこうやって自ずと彼の魅力に引き込まれて行くのだろう。コービンの魔法にかかったような30分間。その模様をお届けする。
――お目に書かれて光栄です。お会いしたばかりでこんなことを言うのも何なのですが、コービン監督、とても長身なんですね!ちょっとびっくりです。
コービン「そうかい? 母国のオランダでは背の高い人間がウジャウジャいるんだよ。だから私くらいの身長なら、あまり何も言われないな。あ、でもね、イギリスで暮らしてると確かに『背が高いですね!』ってしょっちゅう言われる(笑)」
――新作の『ディーン、君がいた瞬間』、心打たれる瞬間がたくさん詰まった素晴らしい映画でした。コービン作品は毎回、ジャンルやテイストをガラリと変えるのが特徴的ですが、最新作ではどういった狙いがあったのでしょう?
コービン「そうだね。私が監督するのも今回で4本目。確かに毎回異なるジャンルに挑もうと努めてきた。最初の『コントロール』は私にとって非常にエモーショナルな題材を扱っていたし、2作目の『ラスト・ターゲット』は1作目と全くかけ離れた、対角線上に位置するジャンルと言っていい。
そして3作目の『誰よりも狙われた男』は、9.11以降、私たちがどれほど簡単に人を疑い、非難するようになったのかを解き明かしたいという想いから生まれた。そして今回の『ディーン』となるわけだが……端的に言えば、スポットライトを浴びるセレブと、彼らを撮るフォトグラファー、その両者の関係性をじっくり見つめていくことに興味をかられたんだ。出発点はそこだった」
役者魂をまざまざと見せつけられた
――ジェームズ・ディーンを演じること、これは俳優にとって想像を絶するプレッシャーだと思います。ディーン役のデイン・デハーンの苦悩を感じ取る瞬間はありましたか?
コービン「そうだね、デイン・デハーンは今回、ものすごいプレッシャーを感じていたはずだよ。その証拠に、キャスティングの過程で私がいくら連絡を取ろうとしても、彼は一向に会ってくれなかったんだ。彼にとってディーンはとてつもないヒーローであり、だからこそ演じるなんて恐れ多いというのが率直な本音だったようだ。
けれど、それはあくまで撮影前の話。いったん『やる』と決まってからは、今度はもう、デインの役者魂をまざまざと見せつけられたよ。役作りに関しても一切の妥協がない。撮影の4か月前には、ある程度のジェームズ・ディーン像が出来上がっていたからね。それから声のトーンや喋り方に関しては専門のコーチがついたし、特殊メイクやディーン特有のファッションといったコスチューム的な部分も“成り切る”ための大きな助けになったようだ。
ただ、撮影現場で彼がモニターを見ることは一切なかった。おそらく、自分がディーン役をやってることをモニター越しに客観視するのを避けていたんだろうね」
フォトグラファーとしての自分と重なる
――本作ではジェームズ・ディーンと共に並走する写真家デニス・ストックの心象模様もリアルに伝わってきます。彼の肖像を描くにあたり、フォトグラファーとしてのご自分のキャリアと通底する部分はありましたか?
コービン「セレブ狙いのデニス・ストックと違って、私はもともとポートレート専門のフォトグラファーだったから、胸に秘めた野望も彼ほどは大きくなかったと思うよ。
でもね、そんな自分にも、この映画と似たような経験が少なからずあったんだ。若かりし頃、私はもっと熱烈な気持ちで人を追いかけていた。オランダ最高のロック・スター、ハーマン・ブルードに『撮らせてくれ!』って懇願したりしてね。
それから私がイングランドに渡ったのは、ジョイ・ディヴィジョンの音楽がきっかけだった。あの素晴らしい音楽が生まれる、その最も近いところにまで迫ってみたくてね。その観点で言うと、『ディーン』における被写体とフォトグラファーの関係性は、私にとって決して他人事ではないレベルのものだ。
例えば、デニスがジェームズ・ディーンに『君の写真を撮らせてくれ』と頼み込むシーンがあるよね。ディーンは『わかった、わかった。君を助けてやるよ。写真を撮っていいよ』と言うんだが、その言葉を受けてデニスは『いや、待ってくれ。むしろ“俺が”(写真を撮ることによって)君を有名にして助けてあげるんだよ』と返す。些細なシーンに思えるかもしれないが、ああいった場面は私にとって生々しく、非常に共感できるものなんだ」
シャッター音に込められた意味
――デニスが放つシャッター音に心奪われました。ディーンが感傷的になっている場面でも構わず「カシャッ」という音が非常にリアルに響き渡りますよね。どこか無慈悲に思える音だけれど、写真家と被写体の信頼関係の証でもあるような、コービン監督だからこそ描くことのできた大事なポイントのように感じられます。
コービン「それは非常に面白い指摘だね。確かにシャッターを押す瞬間というのは、ここまでがプライベートで、ここからはそうではなくなるという境界、あるいは句読点のような意味合いが少なからずあると思う。だからこそ、とても繊細で、脆く、一つ踏み間違えるとその関係性を全て壊してしまうことにもなりかねない。
とはいえ、その突きくずした瞬間こそがフィルムに刻むべき貴重な一枚となる可能性だって大きいわけで、僕らフォトグラファーはそう言ったリスクと可能性を常に両天秤にかけながら葛藤し続ける存在と言えるだろうね。シャッター音はまさにその象徴みたいなものだ」
映画作りは、自分探しの旅のようなもの
――実は、今回の取材に備えて『アントン・コービン 伝説のフォトグラファーの光と影』というドキュメンタリーを観たんです。
コービン「そうかい(笑)」
――その中で、U2のボノが「アーティストたちは皆、アントン・コービンが撮ってくれた自分の写真を見て、初めて『ああ、こういう自分になりたい』と感じるんだ」と語っていました。その意味で言うと、今回の映画にもデイン・デハーンやロバート・パティンソンのこれまでにない素晴らしい瞬間が濃厚なまでに収められていたと思うんです。被写体へのアプローチの仕方において、写真と映画とでは何か共通する側面があるのでしょうか。
コービン「私に言わせれば、フォトグラファーと映画監督は全く異なるものだね。フォトグラファーは単一的な存在で、個人でも成立するものだと思う。被写体との関係で言えば、スチールに写し出されるのは『“私が”被写体について発見し、獲得したもの』ということになる。
でも、映画監督の仕事ではまずチームとして物を見つめ、考える。着想の段階でごく個人的な“想い”や“発想”がきっかけとなることもあるかもしれないが、それを作品として織り成す上ではもっともっと多くの人が関わってアイディアを具体的に練り上げねばならないわけだ。
映画作りを監督の直感のみに委ねるのは極めて危険なこと。しかしカメラの場合には、それが許される。個人的な芸術だからね。どうやって作り出すか、つまりHOWの面で、両者は大きく異なってくるものだと思うよ」
――なるほど。
コービン「正直言うと、私がいちばん愛情を注いでいるのは写真なんだ。その一方、冒険心を掻き立てられるのは?と問われれば、私はむしろ映画の方を選ぶ。自分を深い穴から連れ出し、これまで知らなかった世界や自分自身をどんどん発見させてくれるからね。
こう見えて私は、写真を始めた頃、とても内向的な性格だったんだよ。でもひとたび映画の仕事を始めると、ここではシャイであることが絶対に許されないのだと気がついた。自分の意見や考えをどんどん他人と交換し、発信していかなきゃ何も始まらない。それが映画作りだ。
そんなわけで、自分の中の外交的な部分を掻き出して、必死になんとか頑張ってるよ。おかげで随分と変わることができた。これはいわゆる、自分探しの旅のようなものだよね」
撮影 中野修也/photo Shuya Nakano
取材・文 牛津厚信/interview & text Atsunobu Ushizu
企画・編集 桑原亮子/direction & edit Ryoko Kuwahara
『ディーン、君がいた瞬間(とき)』
2015年12月19日(土)シネスイッチ銀座他 全国順次公開
監督:アントン・コービン『コントロール』
出演:デイン・デハーン『スパイダーマン2』、ロバート・パティンソン『トワイライト』シリーズ、ジョエル・エドガートン、ベン・キングズレー、アレッサンドラ・マストロナルディ
<STORY>
1955年、アメリカ。マグナム・フォトに所属する、野心溢れる若手写真家デニス・ストックはもっと世界を驚嘆させる写真を撮らなければと焦っていた。無名の新人俳優ジェームズ・ディーンとパーティで出会ったストックは、彼がスターになることを確信し、LIFE誌に掲載するための密着撮影を持ち掛ける。ディーンを追いかけ、LA、NY、そして彼の故郷のインディアナまで旅するストック。初めは心が通じ合わなかった二人だが、次第に互いの才能に刺激されていく。そして彼らの運命だけでなく時代まで変える写真が、思わぬ形で誕生するのだが──。
原題:LIFE/2015年/カナダ・ドイツ・オーストラリア合作/112分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
配給:ギャガ
公式HP: http://dean.gaga.ne.jp
Photo Credit:Caitlin Cronenberg, (C)See-Saw Films
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