日本だろうが海外だろうが関係ない! 伝統工芸を再構築するクリエイティブプロデューサー・丸若裕俊の流儀

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2020年の東京オリンピックに向けて、日本全体が「海外に日本を発信すること」に意識的になっています。そんな時代のなか、丸若裕俊さんは一足早く伝統工芸の職人たちと深く関わりながら、日本文化を再構築、再編集して世に提案してきました。たとえば九谷焼の食器のプロデュースや、有田焼の花器、ステンレス包丁の製作や世界一薄い手漉き和紙「典具帖紙(てんぐじょうし)」によるインスタレーションなどを日本だけでなくパリでも発表しています。まさに「日本の優れたモノ」を海外に発信してきた丸若さん。その活動の原点や「自分の直感を信じる」という考えかたについて伺いました。

ファッション業界からの転職。理由は「人生を賭けてやれることだと思った」から

――もともとファッションブランドでお仕事をされていたそうですが、伝統工芸に関わるようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

丸若裕俊さん(以下、丸若):若い時はとにかく新しい刺激が欲しくて、トレンドにどう関わろうかとばかり考えていたんです。でもそのうち「この洋服はすごく流行っているけど、本当に自分はこれがいいと思っているのか?」と、トレンドと自分の感覚が乖離していっちゃったんです。そこで、もっと視野を広げたいなと思って旅に出た時に出会ったのが九谷焼。衝撃を受けました。

――九谷焼といえば石川県の伝統的な焼き物で、繊細かつ鮮やかな彩色が特徴的ですね。

丸若:ええ。それまでは日本のもので「すごいな!」と衝撃を感じることは長らくなかったのですが、九谷焼を見たときに「なんだこれ!?」とワクワクしたんですよ。周りがなんと言おうが、僕は自信を持って「良い」と言えると思ったんです。そんなふうに自分が心惹かれる「良いモノ」を世の中に残していこうと、丸若屋を立ち上げました。

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――伝統工芸に惚れ込んだ。

丸若:ただ、日本の伝統工芸すべて、というわけではありません。というのも伝統工芸には「惹かれないモノ」も多くあるんです。世の中には伝統的なものを漠然と捉えて曖昧にしたまま、「残していくためにはどうするか」という考え方がありますが、そうするとフォーカスが合わず、良いモノもそうでないモノもどちらとも朽ちてしまう。本当に素晴らしい輝きを持っているモノを残すためには、早い段階で本質を見極め、選別しなくてはいけません。その選別は、僕にとってすごくやりがいのあること。結果を出せるかは分からないけれど、人生をかけてやる必要があると感じました。ただ好きだという気持ちだけでは足りなくて、世の中にとって必要なんだというモチベーションに突き動かされていますね。

――それが、九谷焼の食器や有田焼の花器をプロデュースされる仕事に繋がっているのですね。

丸若:僕はただやみくもに伝承物を保存したいわけではないから、どうやって日常で生きるモノにするかを考えています。ただ、気軽に買えるほど安価にすることは求めません。コストを無理やり下げようとすると、材料に本来使用しない物質を使ったり、「Made in Japan」と言いつつ、製品の一部は海外で作ったりしてしまうんですよ。良いモノをつくるには、嘘のないモノ作りをしなくてはならない。それができる環境を、自分で作らなければいけません。

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海外でビジネスをするには、「なぜそう思ったか」を突き詰めなければいけない

――「良いモノ」の基準はどうやって判断しているのでしょうか。

丸若:まずは、出会った瞬間にときめくかどうかです。「良いモノは良い音を出す」と言われますが、モノでも職人さんでも、最初に出会った時に「良い響き」を感じれば、一緒にプロジェクトを立ち上げようと思います。逆にどんなに名声がある人でも、まったく自分に響かなければ、一緒に仕事はしない。自分が「良い」と直感したかどうかが基準です。

――あくまでも主観的に判断するんですね。

丸若:最終的な判断基準って自分の感情でしかないと思うんです。どんなに世の中で良いと言われているモノでも、自分が「これは嫌だな」と思っていたら、積極的に選ぼうとは思わないはずですから。それなのに日本では、子供のころからみんなと違う意見を言うと無視されたりするせいで、「周囲の空気を読んで、周りにおびえる」文化になってしまった。けれども海外では当たり前のように「『あなた』はどう思うのか」と自分自身の意見が求められます。「これが世界で一番美しい。なぜなら自分が美しいと思ったから」と真顔で言われることもあります。そんな場所でやっていこうと思ったら、「自分はこれが良い」と断言できないといけない。僕もつねに「この職人さんが一番だ」と言える状態でいられるように意識しています。

――主観的に判断するためには、自分のなかに確固たるものがないとなかなか難しいと思います。丸若さんはどうやってその判断基準を身につけていったのでしょうか。

丸若:僕が意識しているのは、まずオリジナルを知ること。この職人さんとなにか一緒にやりたいなと思ったら、プロジェクトを始める前に対象となる工芸品について調べます。「なぜこの模様なのか」「この色はなにでできているのか」「何センチ×何センチだと美しいとされているが、なぜその形が美しいのか」など、とことん研究して納得することで理解が深まるだけでなく、自分はなぜこれが良いと感じたのかを一度整理できるんです。

――自分が選んだものを、突き詰めていくんですね。

丸若:そう。白飯を味わう感覚に似ています。口に入れた最初の瞬間に「美味しい」と感じるのは、刺激を得ただけなんです。けれどもゆっくりと味わったときに、そのうまみまで感じながら、本当に美味しいと思えるかどうかが重要です。とにかくじっくりとリサーチを重ねることで、自分の直感が選んだものが「本当にこれでいいのか?」という疑問もなくなりますし、裏付けがとれると「自分を信じよう」と自信が持てますよね。

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「海外」にも「伝統工芸」にもこだわっていない

――パリにギャラリーをオープンして製品を展示していますが、なぜプロダクトを国内だけでなく海外にも持っていくのでしょうか。

丸若:結果的に海外だったというだけで、別にどこでもいいんですよ。そもそも海外にはまったく興味がありませんでしたから。それでもパリにギャラリーを作ったのは、日本よりもシビアな判断をするなと感じたからです。日本だと「この商品は○○先生が作った○○で、○○賞をとった」というと「すごいね!」となるけれど、パリなら「なにそれ? なにがすごいの?」という反応。他人からの評価やスペックでは受け入れられないんです。モノそのものを見て、良いかどうかが判断される場所だから、ここなら「本当に良いモノを選別していく」という丸若屋のコンセプトが実現できると思ったんです。

――厳しい目を持ったフランスの人々に、どうやって丸若屋の製品の良さを伝えているのでしょうか。

丸若:「考える」。ただそれだけです。相手がフランス人でも日本人でも、どうやったら喜んでくれるのかを真剣に考えることのみです。僕が一緒に仕事をする職人さんも、優れた職人さんは「人を楽しませたい」という気持ちがある。「これは売れるから」とか「これは歴史があるから」という基準で作られた作品には、魂がこもらないんです。「どうすれば伝わるか」「どうすれば喜んでもらえるか」と頭をフル回転させて臨むと、その製品についてのリサーチも紹介の仕方も生きたものになってくる。そんなふうに、自分の脳みそが活性化し、必死に「考える」ことができる場所にいられるなら、それがどんな職業であっても続けていけるんじゃないかな。

――会社の拠点はパリだけでなく、短期間だけオフィスを地方に移す「ポップアップオフィス」を実施していますね。ご自身の中での東京と地方とパリの位置づけの違いはありますか。

丸若:クリエイティブなことを「生み出す」のは地方、「見せる」のはパリ、「繋がる」のは東京ですね。その3つは明確に分かれていますが、たまたま「これをやるならここがベストだな」という場所がそれぞれ違ったというだけ。ですから場所を変えたり、海外へ行くことがいいというわけではないんです。会社の規模や場所なんて関係なく、田舎の規模の小さな商店がグローバル企業にもなれるし、反対に、閉鎖的な外資系の大企業もいっぱいある。けれども、今は簡単に世界中を移動できる時代だから、自分がやりたいことを形にするにはどこが一番いいのか、ある程度は選ぶことができる。それなら、せっかくなので好きな場所を選んで、「今」という時代を使い切ったほうがいい。それが「今を生きる」ということだと思う。

――自分のやりたいことにとってベストな場所を選ぶと、日本かもしれないし、海外かもしれない、というわけですね。

丸若:そう。世界はフラットで、境は無いと思うんですよ。どこでも一緒です。今、僕は日本にいるけど、この瞬間にパリで何が起きているか、北極ではどうか、アメリカでは、アフリカでは……どこでも同軸に存在しているんです。そういうフラットな感覚で物事を見ると、選択肢がすごく増えますよ。

だから、伝統工芸というジャンルにも縛られるつもりはありません。今はたまたま伝統工芸に惹かれることが多いですが、それは僕自身が日本の東京で生まれ育って、その土地を理解しているからなんでしょう。「日本のモノが世界のなかで一番良い」と思って伝統工芸に関わっているわけではありません。日本にも海外にもたくさん良いモノはありますからね。

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自分の直感を信じれば、自信も責任も充実感も生まれる。

――2020年に東京オリンピックを控え、改めて「日本」というものを意識する機会が増えている気がします。

丸若:オリンピックに向けて「日本はこんなところが素晴らしい」と言われることが増えてくると思うけれど、気をつけたほうがいい。もし日本全体がオリンピックで来日する人をおもてなしするために、商業施設をどんどん建て、和風のお土産品をいっぱい作り、テレビの特番を組み、広告をバンバン出して、盛りあがるかもしれないけれど、オリンピックが終わった後に「これからどうしよう?」と気が抜けるんじゃないかと心配になる時もあります。

――そうならないために今、どう行動したほうがいいと思いますか。

丸若:周りの評価や雰囲気に左右されず、自分にビビッとくるものを突き詰めたほうがいい。人に会うにしても、相手が偉いかどうかは関係なく、いろんなジャンルの魅力的だと思う人と話をして、自分の考えを熟成させていくことが大事です。たとえば「どこの会社で働くか」って、人生においていきなり答えのないリスキーな選択を迫られることですよね。「本当にこれでいいのか」「失敗したらどうしようか」と不安になると思います。けれど逆に考えると、答えがないということは「考える楽しみ」が味わえることでもある。だからもっと自分の直観を信じて「良い」と感じたことを深堀りしていくこと。そうすれば自信もつくし、責任も生まれ、人生に充実感を感じられるようになるんじゃないでしょうか。

丸若裕俊(まるわかひろとし)さん

1979年、東京都出身。イタリアファッションブランド勤務などを経て、2010年に株式会社丸若屋( http://maru-waka.com )を設立。クリエイティブプロデューサー、プロジェクトプランナーとして、伝統工芸から最先端の工業技術まで今ある姿に時代の空気を取り入れて再構築、視点を変えた新たな提案を得意とする。14年、パリのサンジェルマンにギャラリーショップ『NAKANIWA』をオープン。16年1月にはパリのマレ地区に新たにクリエイティブディレクションを務めた店舗をオープン予定。日本の技の魅力を発信している。

WRITING 河野桃子+プレスラボ PHOTO(人物) 田村洋一

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