椿の奇形と不安の種と
今回はアサイさんのブログ『紺色のひと』からご寄稿いただきました。
※記事のすべての画像が表示されない場合は、https://getnews.jp/archives/128842をごらんください。
椿の奇形と不安の種と
「庭の椿の葉が奇形になっている、放射能の影響では?」という話題を『Twitter』経由で目にしました。
「元からそういう形の品種だったのを勘違いしているのでは」と思い、原因ありきの結果探しが生む不安の渦と、不安に対してできることについて考えてみました。
その椿、本当に“放射能による異常”でしょうか?
「椿が奇形かも」と気に病んでいる方の元記事から、該当部分を引用します。
最近庭や、室内の植物までも、奇形を見つけ、もう、これ以上何もないだろう。と、思っていたら、また、今朝、庭で ツヤツヤした椿の新芽が、異常な形に。
今年の春は、悲しい事に、チューリップも、薔薇も、観葉植物も、そして、椿も新芽が、異常になってしまいました。もう、これは、放射能汚染による異常にちがいありません。
「奇形の植物と3月21日の雨の関連性」2011年05月31日『アメコカ マイケル ”Twinkle Twinkle Little Star”』
http://blog.goo.ne.jp/kazudeko/e/14a1e66c92de4396289f58a1c7c49948
今年5月の記事です。写真を見ると、どうやら千葉県柏市で、椿の新芽から異様な形の葉が出てきた! ということのようです。放射能汚染による異常に違いない、と強く疑いを持っておいでなのがわかります。
また、新たに7月の記事では
我が家の椿は、他にもあるのですが、この椿の新芽の成長点だけが、変になりました。これは、低いフェンスを隔てたお隣の椿も、同様です。つまり、今年の春、種類の違う2種の椿の新芽が、この地点で、金魚葉になってしまいました。
「3カ月半のブログの経緯と椿の観察(2)」2011年07月07日『アメコカ マイケル ”Twinkle Twinkle Little Star”』
http://blog.goo.ne.jp/kazudeko/e/987b4ac9faec4f9a7e1a2ffe527b6851
と、放射線の影響により、何かしらの変異が起こったのではないかとの思いを強めておいでのようです。
「奇形の植物と3月21日の雨の関連性」という記事に掲載された写真を見ると、ふむふむ、確かに普通の椿に比べて、なにやら葉の形が独特ですね。
……でもこれ、うちにある椿の鉢の葉っぱ(トップ画像参照)にそっくりです。うちのは“金魚葉椿”といいます。
金魚葉椿についてのあれこれ
金魚葉椿(金魚椿・錦魚葉椿とも)は、ツバキの園芸品種のひとつ。金魚のように葉がくびれて先が三方に分かれたり、葉脈が浮いてもうひとつの葉がついたりする品種を『梵天』と呼ぶそうです。
この金魚葉椿の歴史は古く、なんでも江戸時代までさかのぼるとか。園芸が盛んだった江戸の頃、植木屋の増田金太というひとが、斑入りのものや変わった花の色、葉の形など“奇品”とされる植物を集め育てていたそうです。それらをまとめた『草木奇品家雅見(そうもくきひんかがみ)』という本の中に、この梵天椿も登場します。*1
*1:参照
「椿古図譜復刻シリーズ」『美しきツバキの世界』
http://www.geocities.jp/jpnkcs/reprint.html
「椿」2011年06月12日『園遊舎主人のブログ』
http://blogs.yahoo.co.jp/koichiro1945/archive/2011/06/12
この珍しい特徴を持った椿は、現在では園芸用の品種として認められており、栽培されています。
……さて、ブログ主さんは、この変わった形の椿を「放射能の影響で奇形になったに違いない」と主張されています。
放射線を照射し植物の品種改良スピードを上げる技術は既に存在し、「放射性物質によって植物に奇形が生じる」という事象自体は充分に起こり得ることです。かの写真の葉(金魚葉椿)は奇形と呼ばれるもの……ではありますが、それが原発事故に関する放射線の影響によって生じたものか、というとまた別のお話です。同じ時期にふたつの出来事が起こった場合でも、その間に因果関係があるかどうかは一概に断定できないからです。
また園芸品種では「先祖返り」と呼ばれる、基準の種に突然戻ってしまう現象や、先祖返りしたものがまた元の形質を発現することがあります。さらに、椿では枝変わり*2 と呼ばれる「ある枝が別の形質を発現する」現象が起きる、ことも知られています。
*2:「枝変りを探そう」『筑紫つばき会』
http://chikushi-tsubaki.com/kurumetubaki/siryou/tubaki/edagawari/edagawari.htm
話題を絞るため、本記事ではあえて地域による放射線量の話題や、実際に他の植物に奇形が生じているのかどうか、現在の放射線量で生えている植物に奇形が起こるか――という話題には触れません。ご了承ください。代わりに、「放射線が原因ではないだろうか」と原因ありきで結果を探すことの危険性について考えてみたいと思います。
この椿、元からこういう葉っぱだったんじゃないだろうか
僕は、ブログ主さんは“放射性物質の影響はなにかないかと探した結果、自分の印象にある椿の形と違うものを見つけ、これを放射性物質の影響と思い込んでしまった”のではないか、と考えています。数百年前から品種として存在する(人間が品種とした)とある形の葉と酷似した葉が、ある日偶然にも生えてきた……というよりは、そっちのほうが僕にとっては至極納得できる理由です。
この検証は簡単にできます。椿は常緑広葉樹(冬に葉を落とさない樹木)なので、今年出た新芽以外にも前から付いている葉があります。それらが金魚葉かどうかを確認すれば、今年春に出たものなのか、以前からそういう形の葉なのかがはっきりと解決します。それでなお、この変わった形の葉が「今年から出た」ものであると判断できれば、上記の“枝変わり”などの要因を検討すればよいのかな、と考えます。
ブログに貼られた写真からの判断はちょっと難しいので、実際にどうなのかはご確認いただかないことにはわかりません。
ちなみに梵天椿の葉には、くびれた金魚葉になるものと、葉脈が浮いて二枚目の葉(金魚のしっぽ)が出てくるものがあって、後者は二枚目がぽろっと取れてしまうとごく普通の椿のように見えます。
こちら↓が我が家の“しっぽが取れた”葉です。
「3カ月半のブログの経緯と椿の観察(2)」という記事にあるブログ主さん家の去年の葉っぱ(4枚目の写真)と比べてみて、どうでしょうか、似ていませんか?
ちなみに、こちらは我が家の“金魚椿ではない普通の椿”です。
スズメの減少にまつわる“原因の発見”
ちょっと別の話をします。
以前、「スズメが減った」というニュースが話題になりました。あちこちでスズメの大量死が確認されたことに関わるものだったと記憶していますが、あの頃、ニュースを見た方が「去年より少ない気がする」「うちの周りでも見なくなった」と口々に仰っていた印象が強く残っています。
でも、ニュースを聞いて僕は思いました。「それ、“普段からスズメなんか気にも留めてなかったけど、減ってると言われたから減ってるような気がしてる”ってだけじゃないの?」と。
実際にスズメの個体数は減少傾向にあるようなのです*2 が、大量死うんぬんとはっきりした原因があるわけではなく、数十年かけて減っている、というもののようです。「最近減ってる」と思ったことは、もしかしたら「スズメのことなんか興味ないよ」の裏返しなのかもしれません。
*2:「日本におけるスズメの個体数減少の実態」『日本鳥学会誌』
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jjo/58/2/58_161/_article/-char/ja
原因ありきで結果を探すことの危険性
話を戻しましょう。
「庭の椿の葉が変わってるな」と気づいたとき、原因について考えてみるべきことは多くあります。「元からこんな形だったっけ?」「あ、去年の葉っぱと比べてみればわかるか」「ついでに図鑑でも見てみようか」「うーん、もしかしたら奇形かもしれない」「奇形だとしたらどうしてだろう?」「天候は? 肥料は? なにか変わったことはなかっただろうか」「虫にでもかじられたかな?」「あ、椿には枝変わりというのがあるんだ」などなど。
もちろん、「見間違えた」と思っている僕が勘違いをしていて、実際に今年の葉が変わった形になっているという可能性もあります。それはそれで“枝変わり”や“先祖帰り”など、考えられる要因はいくつもあるのです。「原発で放射性物質が降り注いだから奇形になったに違いない」と結論づける前に、疑うべきことは山ほどあります。
「あれもこれも放射能のせいでは」という原因ありきで結果っぽいものを探すと、なおさら“それっぽい結果”を“発見”してしまいます。それは不安に駆られて見つけてしまった、何の関係もないものかもしれません。ご自分でご自分の不安を煽って、さらに危険かもしれない場に身を置いていることにストレスを感じてしまう。それは負の連鎖です。
僕はあちこちで野歩きをしますが、同じ種類の葉っぱでも何かの拍子に葉の先が分かれたり、虫にかじられておかしな形になっていたり、葉の端がよれていたり……なんて変異はごく当たり前に見かけます。「植物とはそういうもの」だと思っています。
かえって、普段気にかけていないものほど、気にしてみると自分の知っているものと違うような気がしてしまうものです。そういう“発見”を「放射能のせいだ」と決め付ける前に、自分の発見が本当に発見なのか、勘違いではないか、落ち着いて考えてみることが大事なのではないかと僕は思います。
不安に対してできることは、不安の種をまかないこと
自分が抱えている不安は、『Twitter』やブログなどの媒体を通して、簡単に共有されます。そして、他の健康被害を心配されている方の危機感をあおったりと、負の感情をどんどん強めてゆくことにつながってしまいます。それはさながら渦のようで、一度流れ出すと止めるのが困難です。
例えば今回は、このブログ記事が投稿されてから1か月後、突然『Twitter』で紹介されて広まり、大勢のひとに読まれました。
千葉県柏市(ホットスポット)で植物の奇形発生
http://blog.goo.ne.jp/kazudeko/e/14a1e66c92de4396289f58a1c7c49948
https://twitter.com/#!/neechan8/status/87686218577489920
そして「植木屋で2年半働いていたけどこんな変わった葉を目にしたことはない」という情報がつけ加えられ、
2年半 植木屋をやって日々葉っぱを見ていたけど 思い返せばこんな変わった葉を目にする事はなかった!“@*****: 怖っ!人間にどれほどの影響がでるのだろう?RT@***** 奇形の植物と3月21日の雨の関連性 http://t.co/a329VHQ”
http://twitter.com/#!/yukikotetsu/status/87510802457825280
さらにそれがいつの間にか「長年植木屋で働いているひとでも見たことがない奇形」ということになり、その説得力を深めてしまっています。
“2年半”だったのが“長年”になってしまっています。尾ひれがついてしまったのです、金魚椿だけに!
RT @*****: 東京で植物の奇形が確認されたようです。植木屋さんも長年やってきてこんなのは見たことないと。怖すぎます。http://bit.ly/jp79GX 昆虫、植物はどうなんだろう? #genpatsu #no_nukes
http://twitter.com/#!/Hidex72/status/88285046980624384
僕は「放射性物質による健康被害なんてないから安心しろ、安全だ」と言いたいのではありません。なにかわからないことがあって不安を感じたときに、「この不安は感じる必要があるものだろうか、実はよくあることなんじゃないか」「よくわからないことを拡散したら、みんなの不安を煽る発信源になるかもしれない」と考えてみるのはどうでしょう。
誰もが正しい情報を求め、安心を求めているはずです。なのに、危機感が高じて、よかれと思って発信した情報が、自分や周囲のひとの不安をかき立ててしまったとしたら……? それは、逆に安心から遠ざかってしまう行動なのではないかな、と思うのです。
椿の葉が変な形になっていたのに気づいた。それは、「変な葉を見つけたよ」「原因はなんだろうね」と調べるなり、ひとに聞くなりすればよいことです。「奇形じゃないだろうか」「原発の影響じゃないだろうか」と、あなたが不安な気持ちを含めて誰かに伝えることで、不安はひとり歩きしてどんどんと膨れ上がってゆきます。
ひとつ、ブログ記事を紹介します。
こちらのブログ『とらねこ日誌』さんでは、風評被害に対して自分たちができることを考えたとき、「差別のアウトソーシング的な発言をしない」「他人を必要以上に不安にさせない」という行動が重要なのではないか、と主張されています。
自分たちに何が出来るのか
……不安をよその人に漏らさないという重要な仕事があるんですよ。なかには、余所のヒトから聞いた話にとっても影響をうけたり気になったりする方がいるんです。そんな方を必要以上に不安にさせないのもとっても大切な事なんです。だから、不安な気持ちがあっても、その点についてはちょっと我慢して、自分だけに留めておいて欲しいんですね。
「風評被害が深刻な場面でこそ食育の出番じゃないの?」2011年03月29日『とらねこ日誌』
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110329/1301405897
僕も同じことを強く思います。
原発事故以来、日々の生活に強く不安を感じるようになったこと、きっと皆さんの胸の内にあると思います。それに対して自分ができることは、その不安や不信感を誰かと共有することでしょうか?
不安の種をまくよりも、不確かな情報を発信しないことが、ずっと自分や皆さんの気持ちが楽になることに繋がるのじゃないかな、と僕は思います。
冒頭の椿の葉が、以前からあの形だったのに気づかなかったとか、よくある葉の変異であるとか、そういうありふれた原因であればいいなと思います。近郊にお住まいのたくさんの方やブログ主さんの不安がひとつ消えることを、僕は願ってやみません。
執筆: この記事はアサイさんのブログ『紺色のひと』からご寄稿いただきました。
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