孫正義の秘密のアービトラージ
今回は藤沢数希さんのブログ『金融日記』からご寄稿いただきました。
孫正義の秘密のアービトラージ
僕は、孫正義氏という人物が不気味だった。一体何をしようとしているのか皆目見当がつかなかったからだ。原発事故以来、100万人以上のフォロワーを持ち、メディアでの露出も多い孫正義氏は、執拗(しつよう)に放射能の恐怖をあおる言動を繰り返していた。それは客観的なデータで見る限り、科学的なものには、とても見えなかった。そして何より、彼のような著名人が放射能の恐怖をあおることによって、一番の被害を受けるのは福島県民なのだ。福島県の農産物は風評被害で売れなくなった。また、孫正義氏をはじめとする、放射線に無知な著名人による発言は、福島県民に対する差別にさえ結びついてしまう。
確かに放射線は危険だ。ある一定量の放射線を一度に浴びると、体中の細胞のDNA(複製子)がずたずたに切断され、細胞分裂を正常にできなくなった体は、時間をかけて朽ち果てていく。原爆で放射線を体中に受けた人たち、そして、世界の核施設での偶発的な事故で被ばくした人たちは、最初はまるで何事もなかったかのように元気にしているのに、やがて苦しみもがきながらその命を朽ちさせていった。
僕は、福島原発で作業に当たっている人が、突発的な事故により、そのように被ばくしてしまうことを当初から懸念していた。今も懸念している。しかし、周辺住民への被ばく量は、まったくもって心配するレベルではないと思われた。*1 仮に政府や東電が発表していた線量が正しいとすれば、だが(現在では複数の独立したチームが線量の計測に当たっており、線量のレベルはほぼ正確にわかっている)。
*1:「放射線のひみつ」2011年06月22日『金融日記』
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51836310.html
それからすぐに、孫正義氏が“自然エネルギー”財団なるものを設立して、政府に対して強烈なロビー活動をはじめた。そしてソーラーや風力で原発を置き換えるという夢のような話を持ち出してきた。それは技術的にも経済的にも無理な話だ。少なくとも20年や30年では確実に無理だ。しかし孫正義氏のこの荒唐無稽な自然エネルギー構想は、震災で興奮状態になっていた多くの国民の心をつかんだようだ。そして東京で生まれたこの自然エネルギーというアイデアは、『Twitter』を通じて、日本中部のフォッサマグナを超え、大阪の橋下徹氏の脳内に植えつけられた。絶大な人気を誇る、関西地方を牛耳る支配者だ。
そして、原発立地県でもない知事の橋下徹氏は、何を血迷ったか「自然エネルギーで脱原発」と、またもやわけのわからないことをいいはじめた。僕はこの瞬間に、関西で数十兆円単位の経済価値が吹き飛んだと確信した*2。トレーダーという職業柄、新しい情報が現在価値をどれだけ変化させるのか、一瞬で感じ取らないといけない。
*2:「ニュークリア・ショックが関西経済圏を襲う」2011年06月12日『金融日記』
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51828584.html
実は原発の最大の問題点は安全性でも経済性でもなく、倫理性だ。化石燃料を燃やすことによる大気汚染や地球温暖化といった外部性は、概ね世界中の人々が共有しなければいけない。ところが原発はシビアアクシデントが起こったときのリスクを、地元住民が全て引き受けるのだ。その電気は都市部が使っているにもかかわらず、だ。よって、原発立地県の知事や、原発の地元住民は、原発のリスクとその利益を常に冷静に考えている。そして、原発で作った電気を大都市に供給して日本の経済を支えていることに対して、プライドを持っている。それが原発や日本のエネルギー・セキュリティに関して、なんの知識も持っていない大阪の府知事が時流に乗って「自然エネルギーで脱原発」などと突然いい出したのだ。そして「関電は電気を隠している。原発がなくても、万が一電気がなくなればいっせいにエアコンを止めれば大丈夫」などと吹聴した。
関西経済の電力はその半分を原発に依存している。そしてそれらの原発が福井県に集中している。福井県にリスクを押し付け、豊富な電気を我が物顔で使ってきた、大阪の府知事が「原発なんていらない」といい出した。これは福井県民の誇りをひどく傷つけることになる、と僕は思った。そして、僕は関西の電気は止まるだろうと、かなりの確度でもって予測せざるを得なかった。
実際のところ、関電は老朽化した火力発電所などを復活させることにより、橋下徹氏のいうように、今年の夏を乗り切ることが可能かもしれない。あるいは不可能かもしれない。それは神のみぞ知る、といったところだ。しかし、そのことはあまり問題ではないのである。経済は将来の期待に基づき動く。電気が足りなくなるかもしれない、という爆弾を抱えた関西に、わざわざ工場を作ったり、オフィスを開いたりする酔狂な経営者はいない。つまり市場に、関西は電力が危ない、という予想が植えこまれた瞬間に、すでに経済損失が実現しているのである。
孫正義氏の奇妙な“自然エネルギー”というアイデアは、まるで放射線によりガン化した細胞が、体の血流に乗って、遠く離れた臓器に転移するように、関西経済圏の人々を苦しめることになった。そしてこのガン細胞が次に転移した先は、日本の現首相である、菅直人氏だ。
低迷する支持率、マスコミからの絶え間ないバッシング、そして自らが選任した閣僚にまで辞めることを進言されている、この市民運動家は、自らの延命のためにもがき苦しんでいた。孤独だった。仮に、地層深くに埋められ、外界から隔絶され、それでも大いなるエネルギーを未だに体の奥深くに隠し持った高レベル核廃棄物に、人間の感情というものがあったならば、それは菅直人氏が今感じているようなものなのかもしれない。そんな菅直人氏の心のすき間に、すっと入り込み、この“自然エネルギー”というアイデアは確かに植えこまれた。
カタツムリの脳に寄生し、カタツムリ自らが鳥の餌になるようにコントロールし、鳥を媒介して増殖するレウコクロリディウムという巧妙な寄生虫のように、“自然エネルギー”というアイデアが菅直人氏を乗っ取り、そして奇妙なことを口走らせた。
「自然エネルギー全量買取法案が成立するまで私は辞めない。私に辞めて欲しければ自然エネルギー全量買取方法案を成立させてほしい」と、菅直人氏は言った。
このころになると“自然エネルギー”というもののうさん臭さに気がつくものも現れはじめた。これはソフトバンクのただの補助金ビジネスではないか? また、自然エネルギーはあまりにも非力で、原子力を代替するような技術ではない、と説く科学者も現われた。孫正義氏は、ただの善意で行動しており、要するにエネルギーのことがまだよくわかっていないだけだ、というものもいた。しかしある種の原発ヒステリー状態の日本の中で、多くの国民が依然として孫正義氏の自然エネルギー計画を支持しているようだった。
僕の中で、当初から感じていた、孫正義氏という人物に対する不気味さは未だに消えなかった。熱せられた石炭が熱放射によって煌々(こうこう)とオレンジ色に輝くように、孫正義氏の小さな体の中にある巨大なエネルギーは、隠し切れずに、その特徴的な前頭部からある種の赤外線を発していて、インターネット空間の『Twitter』を通して、僕の皮膚をも温めているかのようだった。
この7000億円以上の資産を保有する、世界的な成功者が、そんなせこい補助金ビジネスに飛びつくものか? いくらなんでも聡明(そうめい)さ、狡猾(こうかつ)さといったものがなければ、一代で時価総額が数兆円もする企業を育て上げることなんてできない。だから、孫正義氏がただの無知であって、思い違いから、ある種の善意や正義感で持って、これまでの行動を取っていると信じることは、僕にはとてもできない。僕は、一部の人はとにかく原発や放射能というものを憎悪しており、そこは理屈が通じない世界だということも知っていた。孫正義氏もそんな人たちのひとりなのだろうか?
しかし僕は、孫正義氏が韓国の原子力政策を賞賛している、というニュースを知った。
訪韓したソフトバンクの孫正義社長は20日、青瓦台(大統領府)を表敬訪問し、李明博(イ・ミョンバク)大統領と会談した。孫社長は席上、「脱原発は日本の話。韓国は地震が多い日本とは明らかに異なる」とし、「安全に運営されている韓国の原発を高く評価している」と話した。複数の韓国メディアが報じた。(Yahoo News、6月21日)
孫正義氏は原発アレルギーじゃない。だとしたら、なぜ? 僕の中でいっそう謎が深まった。それから僕はソフトバンクが、日本で電気を大量に使うデータセンターを韓国に移している、というニュースを思い出した。以前に、日経などが報じたものだ。
「ソフトバンクテレコムと韓国KTがデータセンター事業で合弁、新会社を9月設立」(日経、5月31日)
韓国は電力の4割以上を原発で作り、また原発の稼働率も9割を超えている。そして金持ちの道楽のような再生可能エネルギーはゼロだ。これが韓国の電気代を日本の3分の1に押さえ込んでいるカラクリだ。日本の原発は止めて、日本の電気代を上げておいて、その上、ソーラー発電の全量買取法案でさらに電気代を上げようとしている。それで、自らは電気の安い韓国へ電気を大量に使う施設を移転させる。雇用といっしょに。
ずいぶんと勝手のいい話だなぁ。やれやれ、僕は思わずため息をついた。
放射能の恐怖を執拗(しつよう)にあおり、日本中に反原発感情を喚起し、そして関西のドンの橋下徹氏に福井県知事の顔を潰させ、日本中の電力危機を誘発する。それから追い詰められた菅直人氏を利用し自然エネルギー全量買取法案を可決させ、自らはメガソーラー発電施設を建造し、割高な電気を地域独占を温存した電力会社に好きなだけ強制的に買い取らせる。だとしたら100億円を寄付した理由は……
僕の中で、スティーブ・ジョブズ氏がいったみたいに、今までばらばらにあったと思われたいくつかのドットがラインでつながった。そしてそのラインが描き出したものを知ったとき、僕の膝はガクガクと震え始めた。僕は偶然にも、孫正義氏の秘密の計画を知ってしまったのだ。それはクロスボーダー電力アービトラージだ。ばく大な利益を永久に生み出す恐ろしいスキームだ。
世の中のあらゆる商売は安く買って、高く売ることで成り立つ。電力会社は中東などから化石燃料を買い、それを燃やして電気を作り、少しばかりの利益を乗せて、顧客に売る。現在の韓国の電気代は日本の3分の1。そして脱原発や自然エネルギー全量買取法案で今後の日本の電気代はうなぎ登りに上昇していく。仮に、韓国で電気を買って、それを日本で売ることができるならば、ばく大な利益が転がり込んでくるだろう。しかし、このアービトラージは実現不可能だ。なぜならば電気は送電ロスがあり、韓国から日本に現実的なコストで電気を運ぶことができないからだ。だからこそ東電や関電は、日本で高い電気を売りさばき、殿様商売ができるというわけだ。
しかしその不可能なクロスボーダー・アービトラージを可能にするのが、今回の孫正義氏のスキームである。まずソフトバンク傘下の電力を大量に消費するデータセンターなどを韓国に移し、そこで大量の電気を韓国で買う。一方で、日本ではメガソーラー発電施設を建造し、極めて高い電気を地域独占の半官半民の電力会社に好きなだけ売る。これによって、日本海の国境を渡って韓国から日本に電気を運ぶことなく、実質的に韓国で買った電気を、極めて高い値段で日本国民に売りさばくことが可能になる。この時の電力価格差が大きければ大きいほど、孫正義氏の利益も大きくなる。日本の電気代を釣り上げられるだけ釣り上げることが目的なら、孫正義氏の今までの行動も全て説明できる。放射能の恐怖をあおったこと、橋下徹氏の心にあのアイデアを植えつけたこと、そして菅直人氏の心に侵入したこと……
なるほど、本当によくできたスキームを考えついたものだ。通常、アービトラージ・オポチュニティーというのは、発見され利用されると利幅が狭くなり、やがて消失する。そのことによって高くものを買わされていた人々が救われる。目ざとい商人やトレーダーは、その社会的な意義のために報酬を受け取っていると考えてもいい。しかしこのクロスボーダー電力アービトラージの肝は、その利幅が永久に縮まらないことだ。日本の電力会社の地域独占とソーラーによる電力買取価格を固定することにより、日本側の電気代は永久に高止まりすることになる。つまり、孫正義氏は永久にもうけ続けることができるのだ。
僕の孫正義氏という人物に対して抱いていた、不気味だという感情はすっかりなくなった。それどころか、それは親しみのような感情になり、やがて尊敬へと変わった。
僕は、職業柄か、生まれ持ってかはわからないが、合法的に鮮やかに大金を抜き取るスキームを考えつく人間を、思わず尊敬してしまうところがある。自分が、そのスキームで損失を被る側の人間だとしても、だ。このクロスボーダー電力アービトラージで、確かに割高な電気を買わされるのは、日本の居住者である僕だ。そういう意味では、僕も孫正義氏にむしられる側の人間だ。大勢のむしられる人間。しかしだからこそ、このスキームがいっそう魅惑的に思えてしまう。この感情は説明するのが難しいけれども、自分が弄ばれるとわかっていても、そんな男を何度も愛してしまう女性の感情みたいなものを思い浮かべてもらえば、わかってもらえるだろうか。
僕は、孫正義氏のことを「ハゲ」といったことを悔やんだ。彼は最初から全てを見通していた。恐るべき知性でもってこのスキームを完成させようとしている。さすがに一代で世界的なテレコミュニケーション・カンパニーを作り上げた男だ。ハゲはハゲでも、超一流のハゲタカだ。
「孫正義。お前がNo.1だ」
執筆: この記事は藤沢数希さんのブログ『金融日記』からご寄稿いただきました。
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