「面白い映画はきちんとスクリーンにかけるべき」 いとうせいこう氏に『したまちコメディ映画祭』今年の注目作を聞いてみた
文化芸術の街“上野”と喜劇発祥の地“浅草”を舞台に開催されるコメディ映画の祭典『したまちコメディ映画祭in台東』(通称:『したコメ』)。第8回を迎える今年は、9月18日(金)~22日(火・祝)に開催を予定しています。
ガジェット通信は『したコメ』の総合プロデューサーを務めるいとうせいこう氏にインタビューを実施し、今年の注目作や映画祭への想いなどについてお話を聞いてきました。
『したまちコメディ映画祭』とは
――今年で第8回を迎える『したまちコメディ映画祭』ですが、総合プロデューサーとして携わることになったキッカケを改めてお伺いできますでしょうか。
いとうせいこう:もともとは台東区フィルム・コミッションの委員を務めていて、映画のロケ誘致を通じて地域の活性化を目指した活動をしていました。でもある時、映画の撮影を誘致するより映画祭を開催した方が手っ取り早いと思い付いて、一緒に活動していた井上ひさしさんが「せっかく浅草でやるならコメディ専門がいいよ」とアドバイスをくださったのがキッカケです。下町の人は気が早いからトントン拍子に話が進んで第1回の開催に至って、気付いたらもう第8回ですよ。
――もともと映画祭が根付きやすい土壌があったということですね。
いとうせいこう:浅草・上野は江戸時代から寄席文化が盛んだったわけだし、日本初の常設映画館が設立されたのも浅草電気館。古くから劇場がひしめいていて、映画祭を開催するにはもってこいの場所だと思っていました。そんなきちんとしたバックグラウンドを持ちつつ、さらにジャンルをコメディに絞ったのは地元の人も理解しやすかったんじゃないかな。企画には十分な“納得”が必要じゃないですか。
――『したコメ』は日本未公開の面白い映画を招聘する役割としても大きいですよね。2009年に『ハングオーバー!』を上映した時点で、日本ではDVDスルーされる予定の作品だったとは今でも信じられません。
いとうせいこう:『ハングオーバー!』もそうだし、2010年の『きっと、うまくいく』もそうだよね。本当に誰もマークしていなかったもん! 面白い映画はきちんとスクリーンにかけるべき。『したコメ』をキッカケにして、そんな流れができていくのが我々の理想です。
――スターが出演していない低予算のコメディは、なかなか日本で上映されにくい環境ですよね。有名俳優が出演していても、今年で言えば、一時期話題になった『ジ・インタビュー』や全米大ヒットの『22ジャンプストリート』ですら劇場公開されていない状況です。
いとうせいこう:自分たちは面白いと思っていてもシネコンの時代には限られた大作しか上映できない、そんな“じくじたる思い”を抱えている人たちがたくさんいるハズなんだよね。僕らが良い映画を選んで、配給会社と折衝しながら観客に届けることである種のムーブメントを作っていきたいです。枠は限られているけど、できるだけ『したコメ』で扱っていきたいですよ。過激な作品も含めて、くまなく目を光らせているので。もう自分で認めちゃうけど、今回の『グリーン・インフェルノ』なんてコメディじゃないんだよね(笑)。
<『グリーン・インフェルノ』ストーリー>
環境保護を訴える活動をしている学生グループたちはアマゾンの森林伐採の不正を暴くために現地を訪れる。しかし、彼らの過激な活動は問題視され、強制送還されてしまう。不運にも帰路についた飛行機にエンジントラブルが発生。あえなく彼らの乗った飛行機は、熱帯雨林に墜落してしまう。生き残った学生たちは助けを求めるのだが、そこにいたのは人間を食べる習慣をもつ食人族だった…。捕らわれた彼らは一人、また一人と喰われていく―。(c)2013 Worldview Entertainment Capital LLC & Dragonfly EntertainmentInc.
――これは苦手な方が間違って観に行かないように祈っています(笑)。
いとうせいこう:平然とラインアップに滑り込ませてるけど、要するに面白い映画をスクリーンにかけたいという主旨が伝わる良いメッセージじゃないかな。一応は、「怖すぎて笑える」なんて宣伝してるけどね(笑)。『したコメ』じゃないと劇場で観ることができない作品が世の中にはたくさんある、その一部だけでも救済したいというのが我々の望みです。それが映画業界や映画ファンに浸透していって、ヒットしてしかるべきものがスクリーンにかかるという流れを作りたいよね。
注目の特別招待作品
――作品選びの嗅覚には本当に頭が下がるのですが、今年ジャパン・プレミアとして招聘している注目作品を他にも教えていただけますか?
いとうせいこう:今年の特別招待作品も凄いですよ。自分で言うのも変だけど、全米公開前の作品もあるって頭がオカシイよね(笑)。その中でも、まず注目はジム・キャリーの『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』ですね。
<『帰ってきたMr.ダマー バカMAX!』ストーリー>
20年もの間、精神病院に入院しているロイドを見舞うハリーは自身が腎臓病を患ったことをロイドに打ち明ける。これまで一切反応を示さなかったロイドが突然飛び起き、「病気のふりをしていただけ」とハリーをだましていたことをばらす。ハリーはしてやられたと、笑い転げた。二人はハリーの腎臓病を治すため提供者を探す旅にでるのだが、そこにはおバカなやつらが待っていた!(c) 2014 DDTo Finance, LLC
――ジム・キャリーの王道コメディ“Mr.ダマー”が20年ぶりの復活ですね。
いとうせいこう:これは“コメディ万歳”という気持ちで来て欲しいです。ジム・キャリーもいい歳で、顔に結構なシワができちゃってるのよ。それでも、まだまだバカを追及している姿に感動しちゃう。この企画がこのタイミングで成立した理由がまったく分からない(笑)。しかも監督がボビー&ピーター・ファレリー兄弟。ボビー・ファレリー監督は『したコメ』第1回の時も来日していて、参加したティーチインで熱狂的なファンと濃いトークを繰り広げてくれました。
――今年の来日も楽しみですね。ハリウッドの第一線で活躍している監督の声が聞けるなんて素晴らしいことです。
いとうせいこう:もちろん他の作品も全部オススメですけど、そうだなあ、『ムーン・ウォーカーズ』も楽しいですよ。
<『ムーン・ウォーカーズ』ストーリー>
1969年、なかなか月面着陸を成功出来ないNASAを見かねた米政府は、映画『2001年宇宙の旅』のキューブリック監督に月面着陸映像の捏造を依頼するため、CIA諜報員・キッドマン(ロン・パールマン)をロンドンに送り込んだ。しかし、ベトナム戦争帰りで映画に全く詳しくないキッドマンは、偶然キューブリックのエージェントオフィスにいた借金まみれのダメ男・ジョニー(ルパート・グリント)に莫大な制作費を騙し取られてしまう。すぐに自分が騙されたことに気づき奪い返しに向かうが―。(c) Partizan Films- Nexus Factory – Potemkino 2015
――ロン・パールマンと、『ハリー・ポッター』でロン役だったルパート・グリントが出演する作品ですね。
いとうせいこう:これはフランスとベルギーの合作で、フランスのスパイ・パロディ映画『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』を見た時にも思ったんだけど、コメディに対する予算のかけ方や熱意がハンパない。それでいて、ユーモアに包まれながらアメリカへの批判も交ざっている。エスプリが効いてオシャレでしたね。
注目のプログラム
――本当に楽しみな作品が満載ですが、他にも様々なプログラムが用意されていますよね。西村喜廣さんの特殊造型講義なんて反響が大きそうです。
いとうせいこう:炎上ばっかりして大変そうだよね(笑)。『進撃の巨人』で使ったアイテムを持ってきてくれて撮影の裏話なんかも聞けるみたいなので、きっと楽しいんじゃないかな。実際の映画でどんな特殊造型を手掛けたのかを講義してくれるプログラムの他に、子どもたち向けのワークショップも開催します。映画っていろんな役割の人がいるじゃないですか。俳優や監督だけじゃなく、美術や音声みたいな裏方の仕事に興味がある中高生もいると思うんですよ。映画祭として次の世代を育てたいという意図もあって、こういう取り組みはどんどんと広げていきたいです。
――そういうテーマとしては、とり・みきさんの吹替え講義なんかも用意されていますね。
いとうせいこう:とり・みきさんは『スサミ・ストリート全員集合 ~または”パペット・ フィクション”ともいう~』の吹替え監修を担当しているんだけど、これがまたバカにできない強烈な作品でしたよ。
<『スサミ・ストリート全員集合 ~または“パペット・フィクション”ともいう~』ストーリー>
絶大な人気を誇る白熊のコメディアンのカーレ、カエルの舞台演出家ファルケンホルスト、マネージャーでモグラのモールの3匹は、豪華なナイトクラブを連日満杯にし、ウハウハ状態。しかし、カーレにはコカインの常習癖があった。付き人のリッチーは、凶暴な裏社会の顔役スペックから、カーレに渡すクスリを買わなくてはならなかった……。(c)2013 Universum Film. All Rights Reserved.
――ドイツの映画ですね。パペットが主人公なんですか?
いとうせいこう:一見するとパペットのほんわかした映画と思いがちだけど、くしゃくしゃになった毛糸のカタマリみたいな麻薬中毒の芸人パペットとかが登場するんですよ。マフィアとの抗争みたいなって、本当にヒドい話なんだよね(笑)。とり・みきさん監修の吹替えが最高で、ただでさえ面白い映画を観た後に、また映画講義が聞けるなんてたまらないでしょ。
――本当に楽しみなプログラムが目白押しで困ってしまいます……。まだまだ多くのアイデアを隠し持っていそうな気がしますが、最後に、映画祭に関して今後の展望を教えてください。
いとうせいこう:まずは商業映画や注目作を撮る監督をコンペから輩出したいということですね。腹が減ってれば飯を食わせてあげる、そんな下町の風土が多くの芸人を生み出してきたわけ。それを映画祭でやりたい、映画やコメディにまつわるスターを『したコメ』から誕生させたいという思いは強いです。監督でなくとも、例えば今年のポスターは水木しげる先生がデザインしてくれましたけど、来年は突然18歳の無名の学生が担当しているかもしれない。そういうマジックを起こしたいよね。
――ご自身でメガホンを務めるのはご興味ないですか?
いとうせいこう:僕は監督には向いてないです。あんなに胃の痛くなりそうな仕事は嫌(笑)。人間関係が難しいもん。
――では、原作の方を今後も期待させていただきます(笑)。
いとうせいこう:小説は一人でできるからね。そっちはこれからも頑張りますよ。
――本日は、ありがとうございました!
『したまちコメディ映画祭in台東』公式サイト:
www.shitacome.jp
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