金子 渚(DISCO nail)インタビュー
渋谷・神南の一角に位置するDISCO nailは、日本はもちろん世界各国のファッショニスタが訪れるネイルサロンだ。無限の想像力と繊細な筆致、独特の色合いから生み出されるオーナー金子 渚の作品は、光や周囲の景色も巻き込んで表情を変え、飽きることがない。ネイルという小さなキャンバスをまさにアートに仕立ててくれる稀代のネイリストである。ファッション界にネイルアートを浸透させ、日本におけるネイルカルチャーの流れを変えたと言っても過言ではない彼女に、ネイリストになるまでの過程からクリエイティヴの源までを聞いた。
──渚さんは元々すごくファッションが好きで、それがネイリストになるきっかけにもなっているそうですね。
金子「はい。ファッションが好きで、絵が好きで、それをネイルに描いたり落とし込んでいたりしていたのがスタートです。学生時代はバリバリのバスケ部だったんですけど、家では朝6時くらいまでテキスタイルを描いてました」
──テキスタイルを好きになったのは幼少時代に着ていた服の影響がありますか。
金子「母親が柄物の服が好きで、小さい頃からそういう服ばかり着ていたのでその影響は大きいと思います。それで自然と服が好きになったし、テキスタイルも好きになりました。あと、昔から造形物が好きで、(向いのビルを指差しながら)例えばあそこに見えるアーチ型の窓枠とかそういうものも見て描いたりしてましたね」
──絵を描き出したのはいつ頃から?
金子「中学生くらいです。ネイルをやり始めたのも同時期で、チップに絵柄を描いたりしてました」
──すごいなあ。まだチップも出始めたばかりの頃ですよね。
金子「そうですね。プラザで売ってたチップに、画材屋で買ったガッシュ(水彩絵具の一種)で描くのが趣味になって。昔から小さいものが好きで、ビーズでアニマルを作るとか、そういうことをやってたんです。編み物や刺繍も好きで、そういうものから始まった感じがしています」
──最初は遊びみたいな感覚だった?
金子「そう、遊びでした。決定的だったのは、兄のお嫁さんと出会ったこと。高校1年の時に会ったんですが、彼女がネイリストだったんです。スカプルが流行っていたから、『こういうスタイルもあるんだ!』って知って、また影響されて、ネイリストの道しかないと早々に決めました。それで大学受験もせず、NSJという学校に進んで基礎を学んで、卒業後はサロンで働きました」
──そのサロンでアートもやるようになったんですか。
金子「最初のサロンはコンサバだったのであまりアートはやってないんです。でもその次に働いていたサロンがギャルのお客さんがたくさん来るところだったんですね。ギャルってオーダーがすごいんです(笑)。発想もすごいし、技術がすごく必要なオーダーをしてくるから鍛えられました」
——例えばどんなオーダーなんですか。
金子「エアブラシで花を描いてとか、3Dのオーダーもあって(笑)。アクリルで昇り龍を作ってくれというオーダーが一番難しかったかな。すごく長いスカルプの全部に3Dで昇り龍を描いてほしいと言われて、『1か月お時間をください』って必死で練習しました(笑)。DISCOは他のサロンより施術のスピードが速いんですけど、それもギャルたちのおかげです」
──そこで自分のお客さんができて独立したんですね。
金子「はい。勤めていたサロンの100m先くらいに自分のサロン出したんですが、前のサロンの社長もお客さんを連れてっていいよって言ってくれて円満退職でした。店長だったから社長とも仲が良くて、『売り上げを上げていくから、2年後に辞める時は協力してほしい』って交渉してたんですよ」
──売り上げ達成して独立というそのステップの踏み方は素晴らしいし、渚さんの人間性が表れていますよね。ネイルの技術自体についてですが、チップからスカルプ、今ではジェルと進化を遂げています。それによって何か変わったことは?
金子「ジェルになって、一般にネイルが定着したと思います。スカルプは、アメリカではもっとカジュアルなものだったんですけど、日本ではギなぜかャル発信の文化として捉えられていたので一般の方には壁があったのかもしれません。あと、スカルプは1か月ももたないのに両手で4万円くらいかかる、かつ1か月に1回は伸びたところをリペアしなくてはいけなかった。ジェルより重みがあるんですが、浮きやすいのでカビやすかったり、重さでゆるくなったり、そういうデメリットも多かったんです。それがジェルになって、長さを出さなくてもできるようになり、価格や衛生面も改善されたことで劇的な広がりが出たと思います。ファッション系の子に向けたネイルがなかったから、そこになんとかうまく落としこみたいと思ってDISCOを作ったんですが、それで文化が変わったこともネイルアートが流行した一因になっているかもしれません」
──海外でもジェルネイルは浸透しているんですか。
金子「ヨーロッパよりアメリカの方が浸透していますね。海外では未だにポリッシュが多くて、ロンドンにいる私がすごく好きなネイリストもポリッシュなんです。むしろポリッシュでよくあそこまでやれるなって逆に尊敬します。ロンドンはかわいいネイルサロンがいっぱいあって、本当に日本と近い感じ。でもパリのネイルサロンってあまり聞かないですね」
──へえ、その国のカルチャーによるんですね。
金子「そうですね。面白いのが、最近海外のネイリストが作るアートがすごく日本っぽいんですよ」
──インスタグラムとかで日本のアートをチェックしてる?
金子「すごく見てるみたいです。以前より細かく描くようになったし、日本っぽいくすんだ色を使ったりしていて」
──それだけ影響力があるということは、ジェルネイルの中では日本はトップクラスなんですね。
金子「日本が一番かもしれないですね。あとは、パーツの問題もあります。日本の企業が作るパーツを使っているからそうなるのかも。まつげのエクステもそうですが、日本人は可愛くなりたい欲が本当にすごい」
——そして細かい手作業が得意。色というと、DISCOのネイルカラーはすごく独特ですね。
金子「古着が好きで古着のテキスタイルを描いていたから、そういう色合いが自然と入ってるんだと思います」
──その色は元々あるものではなく、ご自身で作られているんですよね。
金子「作ってます。その目になっちゃってるから、原色そのままを使うことができなくて。使える色もあるけど、塗ると安っぽい色に見える気がするんですよ。だから絶対に混ぜていますね」
──混ぜて深みを与えている。
金子「逆に明るくしたり。こっちに赤を入れたらあっちに水色を持ってきたいとか、全体で見ているというのもあります。見たことない合わせにすごく興味があるから、ダサいと思われかねない組み合わせも自分が面白くてイケてると感じたら提案していますね。
私は自分がどこかのジャンルに属しているという意識がないし、形がないものが好きと言うか、ジャンルに入らない何かをネイルでも作りたいと思っていて。これにはこれという決まった色合いになってくるのは避けたいので、ずっと日本にいちゃいけないんだろうなって思います」
──日本の色に目が慣れてしまう。だから渚さんはいつも旅に出るんですね。
金子「自然でも古着屋のセレクトひとつとっても、国ごとに違う色が見えるのがすごく楽しいんです。そして旅の後は仕事がはかどるんですよね。頭の中がはかどるというか」
──旅と同様に渚さんが惹かれるものとして、鉱物があります。ジュエリーラインのMAIDENを始めたのは元々鉱物好きというのもありました?
金子「あったと思います。貝や石が好きだったから、それらを取り入れたジュエリーを作るのは自然な流れでしたし、ネイルから手元全体をデザインしたいという想いもありました。2012年の冬から始めたんですが、パートナーが彫金師で、材木屋の息子だから家具でもなんでも作れるんです。DISCOのディスプレイも作ってくれていて。ものを作ってる人とデザインする私で一緒に仕事をしたかったので、私から彼に言ってMAIDENを作りました。彼は私の好きなものをすごくわかろうとしてくれるので、三歩先をいくデザインを出してくれたりするのも面白いです。一緒に生活してるから見てるものは似るけど、生まれ育ったところや根本的な感覚が違うので捉え方が違ったり。それが重なり合うのも面白いなって。デザインの締切日を決めて『せーの』で出し合ってます(笑)」
──MAIDENは渚さんだけでなく、旦那さんとのコミュニケーションで作り上げているものだったんですね。ネイルもお客さんの意見を汲み取って作る、いわばオートクチュールのようなもの。渚さんはきっと交流しあって作るものが好きなんですね。
金子「そうですね。人とコミュニケーションをとるのが元から好きだし、お客さん半分私半分のデザインを作るのが好きなんです。お客さんの意思は全て汲み取りたいし、でもそれだけじゃつまらないから私の意思も入れて、かつその人に合う色を選びたい」
──うん、施術の時は全身で聞いているというのを感じます。
金子「人の顔色を見るような察知力は小さいころからあると思います。『今、この人はこういう風に言ってほしいんだな』とか。それは斜めからの目線じゃなく、本当に心の中で自然と思っているんですが、仕事の時はそれがよりハードに動くし、訓練されていったんでしょうね。ちょっと違う色を入れた時は顔色でわかるので、『直せるから何でも言ってね』と言ったり。防衛本能が働くというか、忙しい時ほど念入りにアートの説明をしたり、想像できないと言われたら実際に自分の手に簡単に作ってみたりして、自分のデザインを入れたいからこそ入念にチェックしているんだと思います」
──瞬時に想像しながら相手の意見をキャッチする、すごい仕事だと思います。
金子「私は10本の中のストーリーを自分の中で決めてから施術を始めるんですが、猛烈な勢いで次のことを考えているし、頭の中は機械みたいな動きをしていますね。でも毎回、最後に1個の作品が出来上がるから、そこが楽しいところで。意見を聞くというのも、きっと私は本来は人見知りなタイプで、だからこそコミュニケーションを大切にしたいというのがあって。相手と自分互いの意思を尊重しながら独創的な絵を描くーーネイリストはまさに天職だと思っています」
DISCO nail
東京都渋谷区神南1-14-9 3F
tel 03-3463-7831
営業:11:00-21:00(月曜〜土曜) 11:00-20:00(日曜)
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ポートレイト撮影 永瀬沙世/photo Sayo Nagase
文 桑原亮子/text Ryoko Kuwahara
都市で暮らす女性のためのカルチャーWebマガジン。最新ファッションや映画、音楽、 占いなど、創作を刺激する情報を発信。アーティスト連載も多数。
ウェブサイト: http://www.neol.jp/
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