「古瀬戸珈琲店」、「カフェ・ド・ランブル」 作家たちが愛した珈琲の名店
原稿用紙に万年筆、そしてその傍らにある一杯の珈琲。執筆の共として、珈琲の存在をあげる作家たち。美食家としても知られる、作家・池波正太郎もそのひとり。常宿にしていた東京・お茶ノ水の「山の上ホテル」本館401号室での執筆の合間には、同ホテルのコーヒーパーラーを訪れ、水出し珈琲を味わったそうです。
また、食後には決まって珈琲を飲んでいた池波は、駿河台下の「古瀬戸珈琲店」を訪れ、カウンター中央に腰を下ろし、静かに書き物をしたり、絵を描いたりして過ごすことも多かったといいます。一方、京都を訪れた際には、必ずイノダコーヒ本店へ。イノダの珈琲を「日本人の舌に合う旨さ」といって好んだそうです。
続いて、新宿中央公園近く、十二社通りの熊野神社前交差点角にあるマンションの1階にある、「ブラジル館」。このブラジル館に入り浸り、珈琲を傍らに執筆していたのは、中上健次。新宿のゴールデン街などで夜通し飲んだ中上は、夜が明けるとブラジル館に現れたそう。集計用紙に規則正しくびっしりと埋めつくされた文字は、ここで生まれたようです。
中上自身、随筆『犬の私』のなかで、次のように表現しています。
「活字にしたどれひとつとして、喫茶店以外で書いたものはない。歌謡曲、ポピュラー、クラシック、ジャズ、それらがいつも流れている場所だ。勝手に曲は流れている。人の話は、耳をそばだてると聴こえる。しかし聴こえない。人はいるが、誰もいない。私一人だ。
『コーヒーひとつ』とウェイトレスに頼む。『ホット』と言う時もある。その時から、区切りをつけて店を出るまで、私は一種の催眠状態にいる」
さらに、松本清張は、自宅でも出先でもよく珈琲を飲んだといいます。なかでも行きつけは、西銀座にある「カフェ・ド・ランブル」。ここには、松本清張の他にも、永井荷風や17代中村勘三郎も訪れていたそうです。お酒を飲まない松本は、大の甘党。コーヒーにも砂糖をスプーン3杯もいれていたといいます。担当編集者は当時を振り返り、次のように語っています。
「これといった趣味も持たず、膨大な仕事に立ち向かった清張にとって、コーヒーを飲む時間は、数少ない気分転換の大切なひと時だったに違いない。その超人的な思索や着想に、コーヒーは大いに寄与したと思うのである」
本書『作家の珈琲』では、こうしたコーヒーと関係の深い25人の作家を紹介。それぞれの人物たちとコーヒーとの密接な関係を、豊富な写真と共に辿ることのできる一冊となっています。
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