取材をするときは「遠距離恋愛をしているような気持ちで」――堤未果さんインタビュー(3)

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 一昨日からお送りしている『沈みゆく大国アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉』(集英社/刊)著者・堤未果さんへのインタビュー。
 本書の前編にあたる『沈みゆく大国アメリカ』(集英社)では、医療保険制度改革「オバマケア」がアメリカの医療を崩壊させ、アメリカ社会に悲劇をもたらしている様子を克明に描いますが、この『沈みゆく大国アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉』では、日本に視点を向かわせます。世界が絶賛する「国民皆保険」が米国の市場原理主義に呑まれてしまうとき、何が起こるのか?
 今回は最終回となるインタビュー後編をお伝えします。

■取材をするときは「遠距離恋愛をしているような気持ちで」

―― ジャーナリストは現場に出ることが大事だというお話をされていましたが、取材をする際に大事にしていることはなんですか?

堤さん(以下敬称略): 一つは出来るだけ一次情報を使う事。もう一つは、先入観を持たず、人間として相手に寄り添うことですね。1%側の人を取材するときも、医師に取材をするときも変わりません。取材相手に会う際は、遠距離恋愛をしていて1年に1度しか会えない彼氏と1時間だけ会える!という気持ちで接しています(笑)。

―― それは徹底的ですね。

堤: もう一つ、今年亡くなった敬愛する國広正雄先生に頂いたアドバイスなんですが、あう前に相手に関する資料は全て読み、会う直前にそれらの情報を一旦頭から消去して、白紙の状態であう事です。これをやると取材中直感がフルに働きます。

―― 取材はできるだけ実際にお会いしてすることが多いのですか?

堤: もちろんです。私は基本的にメール取材はしません。顔が見えないと分からないことがたくさんありますし、人間からしか本物の情報は出て来ない。どうしても相手がつかまらず、やむをえず西海岸と東海岸で顔を見ながらスカイプインタビューをした事もありましたが、そういうのは珍しいですね。

―― ジャーナリストの視点から見て、日本のメディアについて思うことはありますか?

堤: 特に911テロ以来、世界的にどこの先進国でも進んでいる傾向ですが、ジャーナリズムそのものが危機にさらされていると感じますね。
日本には記者クラブいう構造的問題もさることながら、大手マスコミが政府や企業と近くなりすぎている事や、現場に行かない記者が増えていることなど、いろいろなサインが出ているように思います。でも日本の場合最大の懸念は、国民の大半が大手マスコミやテレビを情報源にしている事でしょう。実は世界のマスコミ鵜呑み度ランキングで、日本はトップクラスです。受け手である私たちは、SNSも含めて時々情報断ちすることで、自分の直感や五感が感じる力を鍛えた方が良いと思います。

―― だからこそ、どのように変わっていったのかを見つめているジャーナリストが必要なんですね。

堤: アメリカやヨーロッパのジャーナリスト達から同じせりふをよく言われるのですが、当時者の声、現場の実態をすくいあげる独立ジャーナリストを支えることは、時差はあるけれど、まわりまわって、国民と社会全体を守る事になるんです。グローバルなスケールで企業支配が進む今の世界で、真実を伝えるジャーナリストは絶滅危惧種になりつつありますから。

―― 最後に、この「ベストセラーズインタビュー」では毎回、影響を受けた本を3冊、ご紹介いただいています。堤さんはいかがでしょうか。

堤: まずはユン・チアンの『ワイルド・スワン』ですね。19歳のときに読んで、本当に影響を受けました。中国の文革時代を中心に書かれた壮絶な内容ですが、人間の深さと大きさと底知れない力を感じる作品で、もうボロボロになるまで何十回も読んでいます。
2冊目は、ミヒャエル・エンデの『果てしない物語』。求める者が外側にあると信じてあらゆる旅をしたあと、自分自身の内側にある源へたどりつくという結末には、中学生ながら人生感を大きく揺さぶられたのを覚えています。
『ワイルド・スワン』と並べて、いつもベッドの脇に置いています。
3冊目は星野道夫さんの『旅をする木』星野氏は私の永遠の憧れ。読むたびにすっと自分の核とつながれます。

私、原稿を書く前に泣ける本を読んだり、動画を見たりするんですよ(笑)。そうするとものすごく開くんです。体が柔らかくなるというか。そうやって一回心をリセットして書いています(笑)

■取材後記
 ジャーナリストの視点から日米の医療分野の変化やメディアが抱えている問題について語っていただいた今回のインタビュー。現在はインターネットで調べればいろいろなことが分かるようになりましたが、そういったところに転がっている情報は「現場の声」が抜けているものかもしれません。堤さんの徹底的な現場の取材から生まれた『沈みゆく大国アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉』は、私たちの視点を変える一冊です。
(インタビュアー・記事:金井元貴)

■ 堤未果さんプロフィール
ジャーナリスト、東京生まれ。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。二〇〇六年『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』で黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞。二〇〇八年『ルポ 貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞2008をW受賞。二〇一一年『政府は必ず嘘をつく』で早稲田大学理事長賞を受賞。(書籍より引用)新刊に「沈みゆく大国〜逃げ切れ!日本の医療編〜」(集英社新書)


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