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再生の気配に満ちあふれた物語〜新井千裕『プール葬』

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 最近身内が相次いで亡くなったせいで、自らの葬儀について少々考えるようになった。そんな時に書店で見かけて、ジャケ買いならぬタイトル買いをしたのが本書である。お墓に入るという一般的な方法以外では「自分が死んだら海に散骨してほしい」と望む人が多い気がするが、溺死という死に方に異様な恐怖感があるため私自身はできれば避けたい(とりわけ”どこかに閉じ込められた状態でひたひたと水が上がってくる”というシチュエーションが最も怖ろしい。もちろん”焼け死ぬ”とか”刺されて死ぬ”とかも嫌は嫌だが)。あと、鮫や鯨といった海の巨大生物も苦手なので。そこでプール葬だが、プール葬って何だ? プールに散骨をしてもらうということなら、心情的には△だ。水があるのは海もプールも同じだけれど、プールの方が溺死する可能性は低く、巨大生物もいないのはよし。ただ、プールは放置しておくとヌメリや藻のようなものが発生するし、かといって掃除するために排水してしまったら骨も一緒に流れて行きそうだ。やはりそこら辺の地面に撒いてもらうのがいちばんであろうか。

 というところまで結論づけてから読み始めたのだが、冒頭で主人公はプールの底で両手を組み目を閉じて横たわっていた。なるほど、プール葬の「葬」はお骨になった後ではなく、棺に横たわっている状態のことか。プール管理員である彼は、夜明けのプールの快適な水の底でいつまでもくつろいでいたいのに、息苦しくなって水面へと浮かび上がってしまう(この辺りの描写は、溺死反対主義者には冷や汗もの)。大学中退後は仕事も長続きせずヒモだったこともある彼の現在の日常は、判で押したようなプール点検を繰り返す日々。が、プールの中にゴキブリの死骸と動物の糞が立て続けに放り込まれるという事件が起きた(この辺りの描写は、やはりプールへの散骨は×かもと思わせる。屋内プールなので藻が発生することはなさそうだが)。自分がマスターキーをなくしたからだと考えた主人公は、職を失うことを恐れて自力で犯人を捜そうとするが…。

 本書の登場人物たちは一癖も二癖もあるキャラクターばかりだ。とはいえ地味。プールに不法侵入するホームレスも、主人公にストーカーまがいの行為を繰り返す元カノの清美も、引きこもりの大家の息子も。そもそも主人公本人からして、鍵の紛失を隠そうとして汲々とする小物である(彼のコーガンが最大12センチまで腫れるというのがおそらく最も大きな事件だが、この症状が男性に与えるダメージがどの程度のものか、異性にはいまひとつわからないのも事実)。そんな彼らに寛大な気持ちを持てるのは、本書に満ちあふれている再生の気配によるものだ。最終的に彼らは皆、自分がいた日常から一歩踏み出していく。主人公もきっとそうするだろうと感じさせるエンディングだ。

 著者の本を読んだのは本書が初めて。新宿区区役所職員を経てコピーライターとなり、「復活祭のためのレクイエム」で第29回群像新人文学賞を受賞されたという、硬軟ミックスな経歴の持ち主のようだ。実は再生の気配とともに、この小説には猫も満ちあふれている。残念ながらその多くが亡くなっていくのだが、ホームレスが面倒をみていたプールで泳ぐ猫はかわいい。猫好きの作家であればいいなと思う。

 さて、物語は「プール葬」がほんとうに行われる可能性が示されて終わる。著者が書いたそれは結局どんなものだったか。ぜひ読んで確かめてみてください。

(松井ゆかり)

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