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正しいとはなにか? 追補版  「正しい」と思う前の手続き(中部大学教授 武田邦彦)

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今回は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

正しいとはなにか? 追補版  「正しい」と思う前の手続き(中部大学教授 武田邦彦)

人は日常的に目の前にあることや話題について、「正しい」とか「間違っている」と判断する。自分の得になることを正しいと思い、損になることを間違っていると感じる。これは動物としてまともな事で、自己防衛反応である。

しかし、人間はそれだけだと理性が納得しない。そこで、周囲の人が納得できる言い訳を考える。この場合の理性は「自分一人では人生を送っていけない」という理由から理性が発動されると考えられる。

だから「正しい」というのは単なる「理屈付け」であって、もっとおおっぴらに「俺の得になるから、正しいと思う。でもそれではみんなが納得しないからこういう理屈はどうか?」というのが誠実な態度かも知れない。

だから人間はほとんど瞬時にして「正しいか間違っているか」がわかる。それは「損得」を判断しているからだ。たとえばアメリカはシリアを爆撃している。どう考えても正しいとは思えない。「戦争はいけない、防衛だけは正義だ」と言い続けている(世界中が)のだから、地球の裏側まで行って爆撃するのが正しいはずもない。

でも、理屈をこねれば正しさを作り出すことはできる。いわく「世界秩序を守るのは指導的立場にある国としては必要だ」とか「このまま放置すると過激派が世界を制覇するから、未然に防ぐのだ」などがある。

ところで、「正しさとはその人が得になること」という仮定を置くと、「本当の正しさを決める準備」が存在することがわかる。それはまずあることに対して、「年齢、性別、国籍、幼児体験、趣味、性向」ごとに分類して考えることだ。

「アメリカのシリア爆撃」ということについて、アメリカ人、イスラム国人、インドネシア人を例にとると、アメリカ人は正しいと言い、イスラム国人は間違っているといい、インドネシア人は遠い話だがイスラムを信じているものとしてはイスラム国に味方したいという感じになるだろう。本当に何が正しいかはお釈迦様にお聞きしてみないとわからない。

「節約は良いことか」ということを、お年寄りに聞くと「良い」と言い、ちょうど遊びたいさかりの若者は「今、そんなことをしたら人生で楽しむことができない」と口を尖らせる。若者の方が正しいように思う。だって、そのお年寄りは若い頃、さんざんバブルで遊びほうけ、もう飽きたし、彼女の必要な歳でもないので節約が正しいと思う。

ヨーロッパ人に聞くと節約が良いという。ここ300年間、アジアを植民地にしてさんざん贅沢をしてきたし、アジアは独立してしまって今後は自分たちで働かなければならないので地球環境とか言っている。アジアの人は「これからやっと自分たちも欧米並みの生活をしようとしているのに、こんな時に節約と言うな」という気分だ。

女性に聞いてみると「節約は良いこと」と答える。よくよくその意味を問うと、「節約してお金を貯めて旅行に行きたい」とか「老後に備えたい」という。それは節約ではなく、用途の違いだと説明しなければならない。

女性の節約はほとんどが用途の違いで、女性で給料を上げる(浪費)に反対する人はいない。また「自分は節約したいから」というのと、「他人も同じ考えでなければならない」というパターナリズムはおじさんと女性に同じように見られるのも不思議なことだ。

「幼児体験」も正しいという判断に大きな影響を及ぼすようだ。「里山を残さなければならない。ゴルフ場反対」というのを聞いていると、里山もゴルフ場も「自然に手をつけて人間の役にたつようにする」というのは同じで、里山があるのは貧乏な時代に田んぼを作ったからで、ゴルフ場はバブルで浮かれて遊んだからだ。

里山は良いけれどゴルフ場はいけないという意見には「幼児体験」、「ゴルフは遊びだから悪だ」という自分だけの論理が見える。里山も無残に山肌を削って段々畑にする。人間から見ればお米が取れる段々畑は美しく見えるが、自然ではない。段々畑で働く人は果たして「人間らしい労働」をしているだろうかと考えると、これも疑問がある。

私は「私が正しいと思うこと」を「正しい」とは言わない。「私はこう思う」とか、「私は皆さんと違うけれど、これが正しいと思います」と表現する。人間にはなにが正しいかを判断することはできないが、ただ「ウソ(自分が知っているのに違うことをいう)」ことや、「場合によって違うことをいう」などをしなければ軋轢の少ない社会になると思う。

自分が得になることを正しいと感じるのは仕方がないが、ウソや両価性(価値の違うことを相手によって平気でいう)はお互いの約束で止めることができるからだ。

執筆: この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年10月29日時点のものです。

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