BOOTH(pixiv)x同人音楽超まとめx百化 運営者たちが語る“同人”のこれから

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BOOTH(pixiv)x同人音楽超まとめx百化 運営者たちが語る“同人”のこれから

こんにちは。八田モンキーです。思いつきのように、ごくまれに登場させていただいてます。

突然ですが、4月にリリースされた「同人音楽超まとめ」というサービスを皆さんはご存知でしょうか。

同人音楽即売会M3に参加するサークルを網羅し、各楽曲を15秒ずつ自動で垂れ流してくれるというサービスです。私は、エンジニアとしてこのサービスの開発を担当させてもらいました。

企画者であるAnitaSunさんから開発の依頼をいただいたとき、私は同人音楽についてまったくの無知でした(今もです)。

しかしそんな私が、開発からリリースを通して、同人音楽、ひいては「同人業界の今」について関心を寄せるようになりました。

ただ、同人業界のことって、ディープすぎてよくわからないし、情報が一カ所にまとまっていません。入って来る情報も、「昔はこうだった」などの伝聞ばかり。

そこで、「じゃあ、当事者たちを集めて、詳しく語ってもらおう」と安直な発想を抱いた私は、各方面の「今」を知り、なおかつ「作り手」としてだけでなく、チームを率いて活動をおこなう「運営者」の方々をお招きし、ご自身が運営するサービスやチームの話を通して、同人の業界の今、そして「これから」を語ってもらおうと思い立ちました。

その結果、pixiv連動ショップサービス「BOOTH」の開発担当者さまをはじめ、なんだかすごい面々にお集まりいただけることに…!

具体的には、ピクシブ代表取締役社長の片桐孝憲さん、「BOOTH」開発マネージャーののりおさん、同人サークル「project百化」主宰の虎硬さん、AnitaSunさん、八田モンキーの5人。

※AnitaSunさんは地元にて休養中だったため、リモート参加

もはやこれは自分の見聞としてだけで終わらせるのはもったいないと思い、その一部を公開することになりました。

というわけで、普段はなかなか聞けない各代表者たちのナマの声を、この機会に是非お楽しみください。

※会場は都内の「笑笑」です。基本、登壇者はビールを飲んでいるものと思ってお読みください

はじめに

片桐 じゃあ、八田くんの『メイド喫茶ひろしま』発売記念ということで(笑)。乾杯!

八田 あざっす! 皆さん買ってくださいお願いします(真顔)。

〜乾杯〜

八田 では、ゆるりと座談会ぽいものをはじめたいと思います。登壇者(?)の方々についてですが、同人音楽超まとめのAnitaSunは元クリプトンの社員さんで、虎硬さんは某大手IT企業に勤められていて、じつは全員がIT界隈という共通点があります。

AnitaSun 私はクリプトンの前はITコンサルにいて、エンジニアをしていたときもあります、今でも自分でコードを書いたりしてます。

虎硬 俺は今、会社でデザインやイラストをやっています。プログラミングは勉強中です(笑)。

片桐 のりおはもともと音楽系の制作会社でアーティストのオフィシャルサイトとかをつくってて、「Magrohead(マグロヘッド)」っていう名前でVJもやってたんだよね(笑)。

のりお 若気の至りです。pixivでは社員同士をニックネームで呼び合うから、入社時に僕は「Magrohead」になりかけて、それだけは勘弁してくれって(笑)。

M3にはギョーカイ人の匂いがしない!

八田 それでは本題に入りましょう。まずは同人音楽超まとめについてお話ししていけたらと思うんですが、のりおさん、何か感想とかありませんか(乱暴)。

のりお じつは同人音楽超まとめにすごく感謝していて。僕にとって同人音楽はSNSでシェアされてくるサンクラ(SoundCloud)とかを聞く程度だったんだけど、そこで「ふんわりちゃん」っていうアーティストを知ったんだよね。

そのときはかっこいいなって思ったくらいで、特に追ったりはしなかったんだけど、同人音楽超まとめで新譜が出ていることを知って聴いてみたら、やっぱりいいなと思って。その率直な感想をツイートしたら、なんと本人がフォローしてくれたことがあって。

AnitaSun 私、ふんわりちゃんのリミックスアルバムに参加してますよ(笑)。

「FNWRMX VOL.1」にBitplane名義で収録

のりお え、そうだったんですね(笑)。そのあと、ふんわりちゃんがBOOTHを使ってくれていることを知って最高にうれしくなって、出演するイベントに行ったら直接会って話すことができてしまった。この一連の出来事は、同人音楽超まとめのおかげなんだよね。

出会いのきっかけになってくれたことに個人的に感謝しているし、そもそもサイトのコンセプトもすごくいい。ふんわりちゃん以外の好みのサークルも沢山知るきっかけにもなったし、4月は行けなかったけど、M3にも絶対行ってみたいと思った。

AnitaSun M3は是非行ってみてください! 私、M3ほど面白い音楽イベントって、サマソニやWIRE規模のフェスくらいしかないと思っています。

音楽イベントって、だいたいがギョーカイ人の匂いがするものなんですけど、M3にはそういうのが一切しない。プロの人もいれば、アマチュアの人もいるけど、売り手はみんな単純に「CDを売るんだ!」という意識だけで集まっている。

買い手にも音楽をつくってる人や音楽批評をやっている人が相対的に多くて、全員が「参加者」って感じがする。M3は、そういう人たちばかりが数万人も集まる場所なんです。

八田 4月のM3を終えてみて、何か同人音楽超まとめの成果を示せるようなデータはありますか? たとえば、4月のM3全体での売り上げが上がったとか。

AnitaSun そういうデータはないですね(笑)。ただ、リリース後1週間で4000ツイートされて、実際には累計1万人くらいの人に使ってもらえました。M3当日も、「あのサイト見た」と色んな人から言ってもらえたり、「サークル全員で徹夜で全部聞いたよ」という声をいただきました。

M3が終わったあとも、「それまでは鳴かず飛ばずだったのが、今回は完売しました」というリプライをくれたユーザーがいたり。ひとくちに1万人と言っても、M3の来場者数を考えると、それなりに効果はあったと思っています。そもそも同人イベントに行く人しかターゲットにしていないサービスですから。

片桐 いや、イベントに数万人が集まるなら、Webサービスにはそれ以上集められるよ。pixivも、リリース当時はユーザーとして見込めるのはコミケに参加する人数くらいが限界、つまり10万ユーザー、よくても100万ユーザーくらいだと散々言われた。

でもpixivは、それまでコミケには参加したことがなくても、イラストを目にすることで自分も描きたくなるような場にしたかった。それで実際、今では1000万ユーザーを越えた。

AnitaSun それができるならしたいですね。そのための場が同人音楽超まとめなのかはわかりませんが。

そもそも今、絶望的に音楽SNSが足りてないと思っています。自分のプレイリストを他人とシェアする音楽SNSは多いですが、実際、他人は他人のプレイリストに興味がないですから(笑)。だから、音楽批評とか、みんなで楽曲の投稿合戦をするとか、そういう場があればいいなとは思っています。

ぶっちゃけ今のボカロってどうなってるの?

八田 同人音楽超まとめのサイトにも少し書かれていましたが、AnitaSunから見て、それぞれの業界での「ボカロの今」ってどういう感じなんでしょうか?

AnitaSun それをどこまで僕が言うべきかわからないんですが…(苦笑)。特に2013年の中盤から、50万PVを超える作品が一気に減りましたね。その原因のひとつとしては、作品が紹介される場がニコ動のランキングにしかなくて、新しい芽が出てきにくい状況というのがあります。

単純な話で、露出しないというのは、存在しないのと一緒です。おまけに、2012年以降はランキング上のジャンルの一極化が進んだんですよ。

1年間同じ料理ばかり食べ続けたら、飽きてしまうのは当然です。togetterの記事の種類とView数の統計なんかも個人的にとりましたが、それでボカロから離れていった人も多いと感じましたね。

虎硬 俺もそのなかのひとりですね(笑)。

AnitaSun 東方やBMSのときも同じことが起こっていました。ある時期から、トランスで埋め尽くされるようになって、そこから一気にファンが離れていったという経緯があります。「カゲプロ」も、それ自体のクオリティやオリジナリティは本当にすごいし、人気が高いことも当然なんですが、それに対抗するものがない。あったとしても既にランキング上のジャンルが固定化されていて、新たにランキングに食い込めず、人の目に触れない。

この状況を変えるためには、ニコ動のランキングとは違う基準でつくられたメディアが必要です。そこで、同人音楽超まとめをつくったんです。

※BMS:2000年代に流行したデジタル音楽フォーマット。楽曲に限らず画像データや効果音などを内包する。特定のPCソフトから実行することで「音ゲーの楽曲」として配布することができる

虎硬 ちょっと話が変わるかもしれませんが、カゲプロ系が売れるのって、シナリオありきですよね。絵描きとしての体感なんですが、どうしても絵単体だと、そういうものには勝てないなって思うんですよ。

のりお 「絵だけじゃ勝てない」という感覚は、みんなで文脈を共有できるかどうかが重要だという話で、それはpixivの投稿作品に二次創作が多い理由にも通じる話だと思う。絵だけではなく世界観やシナリオという文脈を含めて楽しんでいるから。二次創作はすでに文脈を共有できているから文脈を共有できていないオリジナルより楽しみやすい。

ただ、オリジナルで大きいコンテンツになった例外として、ブラックロックシューターがある。ブラックロックシューターという1枚のイラストをきっかけにsupercellのryoさんが曲をつくって映像がついたことで世界観が伝わりやすくなってどんどん盛り上がった。コンテンツが盛り上がるためには、背景にある世界観やシナリオがどれだけ伝わるか、共有できるかが重要だと思う。

虎硬 例えば、そういう「シナリオや世界観ありきのコンテンツと戦う」みたいな意識って、M3に参加するサークルの中でもあるものなんですか?

AnitaSun 作品に物語性を持たせることは、それこそ(M3に参加している)サンホラ(Sound Horizon)の頃からありますよ。彼らの世界観は、かなり乱暴に言ってしまうとメタルとRPGを混ぜたような世界観なのですが、そのやり方自体が、同人の世界とも非常に親和性が高かったと思います。

ただ、少し前までは、物語性が高くてもオリジナルものは、東方やミクのようなキャラクタージャンルものには人気が及ばなかった。それが今は、オリジナルの方が売れたりする。いまのキャラクタージャンルものに飽きがきている証拠です。

CGMにしたらダメ

八田 また違う視点についてお話したいのですが、AnitaSunさんは最初から運営方法に関して「CGM(消費者生成メディア)にしたらダメ」だと決めていたじゃないですか。で、すべて運営側が手作業で登録する今の「スーパー人力更新システム」になったわけですが、その意図はどこにあるのでしょうか?

AnitaSun まず前提として、サークルすべてを網羅する必要があると思ったんです。ひとつでも欠けていたら意味がない。そこにいけば全部見られる、という状況をつくらなければいけない。それに、音楽に特化したCGM(つまり登録制)にはいくらでも残骸があり、成功が見えないという不安もありました。

おそらく、普通にCGMにしても、すでに知名度のあるトップサークルにとってはメリットがないので、べつに使わない。結果、とりあえず宣伝だけしたいっていう人たちばかりが集まることになる。そういう人たちがサイトの色をつくってしまうと、小さいコミュニティで終わってしまいますよね。まあ、単純にすべて登録してビビらせたかったというのもあります(笑)。

のりお でも今回のリリースで、大手からも「すべてのサークルが網羅されている場所なんだ」という認識はもらえたのでは? だったら、今後はCGM化もありえるかもってことかな。

AnitaSun そうですね。一部、自由登録みたいな機能を入れたいと思っています。ただ、結局はすべて人力でやる必要はあるだろうと。

このサービスを思いついた当初は、昔のコミケの300サークルを念頭に置いていたので、M3が1200サークルだと知ったときは、開発担当の八田さんとも頭を悩ませましたけどね(笑)。

※AnitaSunによる後日談:コミケの300という数字も、コミックマーケットの音系ジャンルコード「デジタル(その他)」のみの、しかもかなり古い数字だったようで、最近は「デジタル(その他)」単体で規模が膨れ上がっているほか、これ以外のジャンルコードに広がっている音楽作品数を足すと、数倍に膨れ上がることが分かったそうです

片桐 面白いね。Googleも「Webがこんなに増えるとわかってたらやってなかった」っていう話があるしね(笑)。

AnitaSun Googleの話をすると、極私的な観点でいえばGoogleは悪の存在なんですよ。昔のWebって、検索したら、1ページ目からわけわからないページが色々あって面白かったじゃないですか。

でも、今は整理されすぎていて、なかなか奇抜なものにあたらない。音楽でも同じで、なんだこれというものにもっと出会える場であった方がいいと思うんですよ。

だから、何かしらのジャンルで適当な区切りを設ければ、GoogleでもWeb黎明期でもない中間くらいのメディアをつくることは可能だと思うんですよね。同人音楽超まとめも、そういうメディアになれたらいいなと思っています。

自由すぎる「BOOTH」

八田 BOOTHについてですが、イラストレーターとして様々なオンラインショップを利用してきたユーザーとして、虎硬さんはどう見ていますか?

虎硬 BOOTHが出たとき、俺はpixivっぽくないなと思いました。「ホントにここまでしてくれんの? ユーザー自由すぎじゃね?」って(笑)。

同人のDL販売ってとら(のあな)とかメロン(ブックス)とかもやってるけど出品するための審査がキツい。それなのにBOOTHは出品に対する制限が何もない。でも冷静に考えてみたら、それがWeb販売の最先端なのかなとも思いました。Gumroadとかもそうですもんね。

のりお そう、実は結構スゴいことやってるんだよ(キリッ。クレジットカードで決済できるシステムまで提供して、完全にユーザー自身に運営を委ねるというのは、他の同人DL販売サイトではやっていない

飲み会参加のpixiv社員Iさん その仕様は僕が考えたんですけど、単純にそういう業界の常識を意識していなかったというのもあります。率直にルールはない方がいいなと。自由がいいなと(笑)。

片桐 pixivにしても、もともとその世界に詳しい人にしかわからないものにしたくなかったしね。同人業界がうんぬんじゃなくて、単純に、絵を描く人が一晩でスターになれるような場所にしたかった。

BOOTHをつくった理由のひとつとしては、例えば、あまりいい話じゃないけど、イラストレーターの仕事って、受託仕事ばかりになっちゃうことが多い。

そうじゃなくて、自分が主体として作品を描くことで、稼げるようにしたいと思った。正直、まだBOOTHはそこまでできているとは言えないんだけど、そのひとつの解決方法として考えている。

虎硬 片桐さんは「pixiv NIGHT」の頃からずっとそれを言ってますよね。だからBOOTHができた時も「変わってない!」と思いました。もちろん良い意味でですよ(笑)。

BOOTHに関して俺が期待しているのは、強烈に舵を取れる、自らサービスを使い倒していくユーザーの出現です。そんなファンタジスタが出てきたらこのサービスは化けると。

もしくはサービス自体がそういった人達に寄っていくというのがいいかもしれません。同人っていう文化はユーザーが学習して活用方法を見いだして、自身がルールをつくっていくのがいいと思うんです。運営はそれのお手伝いをすると。

※2010年6月に開催されたpixiv主催の初のライブイベント「pixiv NIGHT」

今だから実装できる機能

八田 これは素朴な疑問なんですけど、BOOTHの機能をpixiv本体のなかに組み込まなかったのはなぜなんですか?

のりお ……まあ、それも考えたんだけどね。正直、ビビってた部分がある。

片桐 思うんだけど、世の中の流れ的に「こういうのアリだよねっていう空気があるかどうか」って、意外と大事なんだよね。何の脈略もなしに突拍子もないことをしたら、それだけで叩かれて終わったりする。

新サービスをリリースするときも、そういう社会的な意識に合わせないといけない。ユーザー運営の自由なDL販売にしても、今だったら、GumroadとかBASEとかが既にあったというのもある。

例えば、今、pixivの投稿にgifとかの短い動画を対応させるかどうか検討しているんだけど、それも今だから検討できる。

初期にgifを許可していたら、せっかくイラストのギャラリーサイトとしての空気ができていたのに、棒人間が派手に動くようなgifであふれて、プラットフォームとしてめちゃくちゃになっていた可能性もある。昔から存在するアイデアでも、やっぱり出すタイミングがあると思うんだよね。

※6月25日に動くイラストが投稿できる新機能「うごイラ」を追加

AnitaSun それはわかります。もっとわかりやすい例だと、最近、「ニコニ立体」とかの3Dデータ投稿サイトが注目されはじめているじゃないですか。同じようなアイデアはかなり前からありますし、海外ではすでに沢山存在します。だけど、あえて今、あのサービスをつくることに意味があるわけですよね。

コミュニケーションを持ち込めるダイレクトな販売環境と店舗づくり

のりお BOOTHについて、僕個人が現状で改善したい部分を挙げると、売り手・買い手関係なしにユーザーの顔を見られるようにして、もっとコミュニケーションできるようにしたい。ユーザーが商品のお気に入りリストを作成して公開できるようにするとか。

それとBOOTHで売る・売らないに関係なく、今までにユーザーがつくったものをBOOTHに登録できるようにしてアーカイブとして見られるようしたい。そこでほしいモノがあれば「再販希望」できるとか。

AnitaSun コミュニケーション性を持ち込むのはすごくいいと思います。「作り手」と「受け手」がはっきりと別れていると、「場」としての魅力がないんですよね。

のりお 今のBOOTHはそうなってしまっているんだけど、これからは実際の売り場の魅力をもっとサービスに落とし込みたい。とくに同人即売会だと、買い手と売り手とのコミュニテーションで売り場が成立している。だから、BOOTHでものを買うときにコメントをつけて購入できる機能をつけようと思ってる。

AnitaSun PayPalはコメントできますよね。だからPayPalってすごく暖かいんですよね。

片桐 ジャパンネットバンクの振込もコメントできるよね(笑)。

虎硬 そういうのは俺もすごくわかりますね。今は同人から離れているけどコミティアに4年間参加してみて、やっぱり同人は対面でないと得られないカタルシスがあると思いました。個人的にはイラストを深く楽しむ方法として、即売会は最高だと思います。

単純に絵を見るっていう目的だったら、どこでもほぼ無料で見れるネットの方が快適だとは思います。でも、直接面と向き合いながらつくっていく「人間の環」ってお互いに深く影響してくる関係になると思います。今自分がやっている仕事でも間違いなく同人でやっていたことが下地として活きているし。ちょっと泥臭い話なんですけど、どこまでいってもそういうところで培った仲間意識みたいなものはついてくると思います。

AnitaSun バンドのCDの手売りって、すごく効果的なんですよ。握手会と一緒で、マンツーマンで本人から直接買うというのは、体験としての価値が高い。ライブが頻繁に開催されている海外では、ライブという体験をユーザーが十分に消費できてるんですけど、日本では土地の問題もあって、そもそもライブの数が少ないですよね。

すると、自分がアーティストに関わる体験としては、CDを買うことくらいしかできない。その点、やはり即売会は体験として価値が高いと言えると思います。

片桐 僕の好きな漫画に『マネーの拳』という作品があるんだけど、そこに「一番儲かるのは、自分でつくったものを自分で売ること」で、だから一番儲かるのは和菓子屋だっていう話がある。その理由は、単純に考えると「中抜きがいないから」と思いがちだけど、実際は「自分で商品をつくって、売り場に行って、買う相手の反応を見ながら直接売る」という、その工程すべてから得られることが多いんだよね。

客が何を求めているかわかるし、自分の商品以外の何が売れているかも直接見ることができるから、次は何をつくるべきか考えやすい。そう考えると、同人って実は商売としてめちゃくちゃわかりやすい。

AnitaSun これは私の持論ですが、コンテンツ産業も含めたダイレクトな物作りって1次産業だと思うんですよね。例えば多くの第三次産業って、会社で1日100通の電話やメールをこなすと、自動的に給料がもらえて、気が付いたら食卓に肉が並ぶ。その仕事とメシとの関連性については全く腑に落ちた実感がないまま、訳も分からずそれを食って生きているっていう状況じゃないですか。

一方、なにか物をつくってダイレクトに自分の手で売る。その金で肉を買って食うっていうのは、ハンティングに行って、獲物を狩ってくる感覚に近くないですか? 私はGumroadやBOOTHを見ていて、ネットを使ったWebコミケのようなことは実現できると思っています。

八田 つまりAnitaSunは、制作者が物をダイレクトに販売する環境は、すでに十分に整っているという立場なんでしょうか?

AnitaSun 商品が沢山あって、それを買うシステムもあるけど、店舗がないと私は思っています。こう言うと、BOOTHなりAmazonストアがあるから、売り場もあると思うかもしれませんが、それってレジだけ用意されているようなもので、商品を恣意的に選び、陳列するような店舗とは別だと思うんですよ。

もっと、「作り手」でも「買い手」でもない、その間にいる人たちのための場を用意することが大事だと思います。だから、BOOTHがお気に入りなりおすすめリストをつくれるようにするのは、とてもいいと思いますね。

イラストレーターという仕事

八田 では最後に、虎硬さんの主宰する「百化」のお話を。とはいえ、百化もそうですが、虎硬さん自身も、最近はあまり個人での活動はされてないとお聞きしています。それはどういう心境の変化なんでしょうか?

虎硬 単純に商業の仕事を受けすぎてしまって時間がなくなったというのが大きいです(笑)。ただ、(色々な意見があると思いますが)イラストレーターの受注仕事って、自分の感覚で言えば、自分の作品ではなく、クライアントの仕事の一端を請け負っているにすぎないですよね。

あくまで現在の俺の持論ですが、イラストレーターが作家性を得て独立するためには、単なる受注業者になってはだめなんです。受注仕事の場合、クライアントの脳みそを越えづらくて力を出しにくいこともあります。だから同人など個人のメディアを使って活動することは大いに意義があることだと今でも考えてます。

片桐 昔読んだグラフィック雑誌で、「CDジャケットは音楽よりもかっこよかったらだめ」と書いてあったんだけど、それに近い話だね。

虎硬 かなり近いと思います。今の自分は会社にいるのですが以前よりお金の不安が少なくなってます。こういう状態になってようやく受注仕事を無理に受ける必要がなくなる。だから「じゃあBOOTHで面白いことをしてみようかな」とか思えるわけですよ。

イラストレーターで単に絵を描く仕事をしていれば幸せだと思っている人もいるかもしれないけれど、俺個人の感覚だとそうとも言えない。もっと「自分の絵」「自分の仕事」をしたいと考える人もいると思う。

片桐 高橋ひでつうさんが言っていた面白い話があって、クリエイティブで食うためには、100点を取る必要はなくて、平均点以上を取ればいい。

ひでつうさんいわく、「つくる」「広める」「売る」の努力をそれぞれ33点ずつにわけて、そのうちの2つを組み合わせればわかりやすい。「つくって売って3分の2」は、無理してこびなくても、ニッチな層からの支持でそこそこ食える。「つくって広めて3分の2」は、売れなくてもそこそこ評価を得て、人生楽しい。最後に「広めて売って3分の2」は、才能がなくてもそこそこ食える。これはマーケティングさえできていれば、クソみたいなクリエティブでも売れるということ。で、全部合計しても99点で、1点足りない。その1点は「運」だって。

※高橋ひでつうさん(京都精華大学特任准教授)さんのFacebookアルバム「なんていったかなんて。もうおぼえてないよ。」より

一同 おおー(歓声)。

クリエイティブで食っていくためには

AnitaSun クリエイターがお金をもらうというシンプルな意味では、方法は三種類あると思います。自分でつくって自分で売るか、受注制作をして権利ごと売るか、雇われるか。イラストレーターさんだと、それを臨機応変に組み合わせたりしづらいんだと思います。

一方で、音楽のアーティストだと、意外とそれができたりする。ただ、全部自力でやるとなると、たしかにオーバーヘッドがなくていいですが、一人でPRから流通まで、全てできないといけない。これができない人、またはしたくない人のために、その部分を代行する人達がいて、チーム戦になるんですよね。

ただし同人音楽・インターネット以降は商売の仕組みが変わりすぎたので、最近はこの役割が果たせていない中間者が増えているようですが…。

虎硬 その中間の人っていう話にも通じると思うんですが、イラストの価格問題が散々言われたじゃないですか。「pixivができて安価で仕事を受ける人が増えたせいで、イラスト全体の単価が下がった〜」とか。

でもそれってたとえば新規参入の多いソシャゲ業界とか、仕事を受けたイラストレーターとかが、お互いに不慣れだったというか、市場として未成熟だったということが大きいと思うんです。しかしそれも徐々に成熟していっていると思うし、そもそも今みたいにソシャゲが沢山つくられてイラストの仕事が増えてくるようになった環境は、pixivがあってイラストレーターが露出しやすくなったおかげという一面もある。

八田 具体的に、イラストレーターさんがもっと自分の作品だけで食っていけるようにするには、どういう対策を講じればいいと思いますか?

AnitaSun イラストって、短歌の連作みたいな感じがするんですよね。短歌って、それ単体だと世界観が伝わりにくい表現で、同じシリーズを100作読んではじめて世界観が伝わるものです。オリジナルのイラストも、それ単体ではシナリオ性を提示するのが難しくても、連作にすることで世界観を提示できることがあると思うんですよ。

片桐 今のGoogle時代に何かを流行らせるためには、僕は言語化することがめちゃくちゃ大事だと思うな。言語化するということは、その言葉で検索できるようにするってことだから。ブランドとかも機能としては同じで、ヤフオクでオリジナルの服は売れないけど、そこにブランドがつくと売れる。これは「ブランド志向」という単純な話以前に、言語化できていないものはネット上で人目に触れないから。

二次創作が強いのも、まずそのオリジナルのタイトルで検索できるということが大きい。ただ、これはあくまでGoogle時代の話で、これからどうなるかはわからないけど。

のりお 共通言語化かパターン化しないとだめというのは、すごくよくわかる。それは音楽も絵も一緒だと思うし、モノづくりする人って、最終的にはそうすべきなんだと思う。シナリオがあるコンテンツが強いというのと同じこと。

片桐 ストーリーがあったほうが売れるっていう話はよく聞くけど、実際そうなのかなとも思う。キティちゃんとか。

虎硬 サンリオって、海外展開ですごく盛り上がっているらしいですね。それを考えると、一方でなるべくプリミティブな見せ方が海外ではうけるのかなとも思います。

片桐 海外の現代アートに、普通にキティちゃんがモチーフとして描かれてるの見てビビったもん(笑)。現代アートでは、「花」と「ドクロ」と「きのこ」というモチーフがかなり使われるらしくて、それぞれが「生きる」「死ぬ」「セックス」の象徴になってる。

みんながそのモチーフを描くんだけど、結局、ダミアン・ハーストがつくったドクロと、村上(隆)さんがつくったドクロは全然別もの。キティちゃんとか初音ミクって、もはやそういうのだと思うんだよね。みんなが初音ミクを描くけど、それぞれ作家性がちゃんと出ていて、普遍的なモチーフとして成立している。

虎硬 それを言えば、ルネサンス美術もそうですよね。知り合いのイラストレーターのTOKIYAさんが以前「ゲオルギウスと竜」というテーマでイラストを描いていたんだけど、そのテーマはルネサンス時代に沢山描かれていたものなんですよ。当時それを見て「あえて今これを描くのはかっこいいな〜」とか思ってました。話がそれましたがそういう共通のモチーフを現代に置き換えたとしたら、それが初音ミクなんじゃないかなと思います。

※TOKIYA:イラストレーター、ゲームクリエイター。デジタルイラストレーベル「SKILL UPPER」主催。pixiv以前のお絵描き掲示板全盛期からネット上で活動し、多くのフォロワーを生んだ。 http://www.abukas.com/

参加者コメント

八田 さて、そろそろ宴もたけなわですので、最後に、みなさんからひとことずつ、今後、活動していく上での意気込みなどをお聞きして、終わりにしたいと思います。では、それぞれお願いいたします。

片桐 個人的に面白かったのは、吉川さんの同人音楽の歴史と虎硬さんのネットイラスト史でした(笑)。

のりお 音楽やイラストなどの創作活動をもっともっと多くの人に楽しんでもらえるようにpixivとBOOTHをより良くするのはもちろん、新規サービスもどんどん開発していくのでご期待ください!!

AnitaSun 同人音楽超まとめは、現在色々と仕込み中でして、これから面白い展開をいろいろお見せできると思います! ぜひぜひご期待ください!

虎硬 今日は本当に面白いお話をありがとうございました! 俺自身知らないことばかりで凄く勉強になりました。自分の活動の話をすると、最近はネットで全然絵を出せてないので一応まだ絵描きやってますっていうのをどっかのタイミングでアピりたいですね(笑)!

あと毎週土曜日に『ラジオ絵学』っていう配信をニコ生でやっているので良ければ見てください、あ、あと宣伝ばかりですがKAI-YOUの連載もよろしくお願いします! ここ記事に載せといてくださいね(真顔)。

連載:ネットイラストを巡る冒険

「同人のこれから」を考える上で

「個人最強時代」などと言われて久しい昨今、同人販売をめぐる環境は日々進化しています。ただしそのスピードは、こと音楽やイラストの分野においては、「思っていたよりも早くない」というか、「なんだかアナログっぽい」という素朴な印象を私は受けました。

皆がIT界隈の方々であるにもかかわらず、「あのイラストレーターさんに自作を売ったことがある(キリッ」や、「となりのブースの人がパンクロッカーだった」など、オフラインでの実体験やハプニング話が飛び交っていました。

片桐さんは、pixivやBOOTHを「もともとその世界に詳しい人にしかわからないものにしたくなかった」とおっしゃっていましたが、その一方で、ご自身や開発メンバーの即売会での体験をもとに、BOOTHにコミュニケーション性を持たせたいともおっしゃっていました。

私自身、今回の会を通して、「同人のこれから」には、やはりその点が重要なポイントになるのかな、と思いました。

アナログの同人販売には、売り手と買い手にコミュニケーションが発生します。そしてその場は、売り手として虎硬さんの言葉を借りるならば、「イラストを深く楽しむ方法として最高」であり、買い手としてAnitaSunさんの言葉を借りるならば、「体験として価値が高い」場と言えるのかもしれません。

さらに私は、その場とコミュニーケーションは、のりおさんが言う「文脈を共有できるかどうか」ということの突破口にもなりうると思います。つまり、作者の顔を見て、話をして、旧作と新作を知り、人間関係を知ること。それは十分に「文脈」と呼べるものであり、コンテンツをより一層引き立てるコンテンツたりうると思うのです。

余談ですが、私が学生時代にお世話になった偉い先生が「科学であれ芸術であれ、その楽しみをつきつめようと思ったら、最後には抽象的なもの(思想や哲学)を求めるようになる」とおっしゃっていました。

つまり、乱暴にまとめるならば、コンテンツはコンテンツ自体の魅力に増して、それをとりまく環境にも魅力があるということで、これから(そしてこれまで)の同人販売を考えるうえでも、それがキーとなる要素だと思うのです。

今回は登壇者の皆さまのこともあり、ややネットに寄った総括になりましたが、今後、機会があれば、より技術的な(たとえば印刷など)話題も視野に入れた調査もおこなってみたいと思います。

長々と失礼いたしました。

八田モンキー

片桐孝憲 // カタギリ タカノリ

ピクシブ株式会社代表取締役社長

1982年静岡県生まれ。2005年Webシステム開発会社を創業。2007年イラスト・コミュニケーションサービス「pixiv」をリリース。2013年からコスプレコミュニティサイト「cure(キュア)」の開発・運営も手掛ける。

http://www.pixiv.net/片桐孝憲

のりお // ノリオ

ピクシブ株式会社開発マネージャー

UIおよびサービスデザインを担当。pixivで実験的に制作されたWebサービス「retime.me」のデザイン・開発を担当。「BOOTH」開発マネージャー。著書に『Rails of Ruby on Rails ~Case of LOCUSANDWONDERS.COM』がある。

http://twitter.com/norioのりお

AnitaSun // アニタサン

同人音楽サークルBitplane主催

2014年2月まで「初音ミク」の開発・販売で知られるクリプトン・フューチャーズ・メディアに勤務。2014年4月にWebサービス「同人音楽超まとめ」をリリースし、ネットで大きな話題を生む。

※この座談会が開催された時点では地元にて休養中につき、リモートで参加しました。

http://bitplane.info/

http://dm-matome.com/

連載:http://kai-you.net/series/44AnitaSun

虎硬 // トラコ

デザイナー・イラストレーター

1986年生まれ、東京都在住。フリーランスとして書籍、web、CDなどでイラスト、デザインやアートワークなどを手がける。同人サークル「project百化」主宰として、優れたアーティストたちを率いて世に送り出す。2010年、菊地信義賞受賞(講談社)。2012年、インターネットイラスト論を展開する『ネット絵学』を刊行。現在は会社にてイラストレーターとして勤務。

Twitter:@anofelus

配信:http://netegaku.tumblr.com/

連載:http://kai-you.net/series/32虎硬

八田モンキー // ハッタモンキー

プログラマー/ライター

2011年、のりおのもとでプログラミングを学ぶ。2012年、虎硬による企画『ネット絵学』に編集/ライターとして参加。2014年4月、AnitaSun企画によるWebサービス「同人音楽超まとめ」の開発を担当。2014年5月、ぽにきゃんBOOKSよりライトノベル『メイド喫茶ひろしま』を上梓。

Twitter:http://twitter.com/hattamon八田モンキー

引用元

BOOTH(pixiv)x同人音楽超まとめx百化 運営者たちが語る“同人”のこれから

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