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第二次世界大戦中に極秘裏に作られた巨大な地下壕「松代大本営」

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かつて第二次世界大戦の終戦直前、最後の本土決戦の準備のために、極秘裏で地下壕の建設がすすめられた場所がありました。その場所は長野県の松代町。目的は皇居、大本営、その他の重要な日本政府機関の移転のためでした。

現在では、象山、舞鶴山、皆神山の3箇所に掘られた地下坑道跡のうち、象山の一部(見学できるのは519メートル)のみが一般公開されていますが、それら3つの地下壕の長さは10kmにも及んでいます。長野県の松代町が大本営移転先とされた理由は6つほどあるそうです。

本州の陸地の最も幅の広いところにあり、近くに飛行場がある。
固い岩盤で掘削に適し、10t爆弾にも耐える。
山に囲まれていて、地下工事をするのに十分な面積を持ち、広い平野がある。
長野県は労働力が豊か。
長野県の人は心が純朴で秘密が守られる。
信州は神州に通じ、品格もある。

おそらく連合国軍が予定していたオリンピック作戦およびコロネット作戦に対応するために、当時の日本軍はこのような地下施設が戦後にかけてたくさん作ったのだと思います。実際に霞ヶ関の旧日本海軍関連の建物の地下には地下指令施設があり、その半分は撤去されて、現在の地下鉄霞ヶ関にもなっています。

本当に日本本土に上陸する作戦が連合国軍側で実行に移されていたら、今の日本は存在したのでしょうか?静かにたたずむ松代大本営は、かつてこういう時代が日本にそして、世界にあったことを、いまに伝えています。たまには日本再発見の旅、というのもいかがでしょうか?そして今の時代について再考する機会を持ってみてはいかがでしょうか?

▼入り口に地下壕の全体図がありました。広大な地下施設がここにあった事が分かります。

▼中に入るとひんやりとした冷気が体を包みます。

▼地下坑道には無数の削岩機の穴とロッドが残されていました。

▼こちらはトロッコ枕木の跡。壕内で削られた石屑はトロッコに載せて壕外に出されていたそうです。

▼こちらは測点跡。壕を精巧な碁盤の目のように採掘するために使われたそうです。暗くてよく見えないので、無料のライト(懐中電灯)アプリで照らして撮影しました。

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